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加持蒼介

Field 1

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 第一次仮想空間大戦から四十年後──旧新宿跡地にて。


 深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。

 心臓の音がメトロノームのように正確なリズムを刻んでいる。

 スコープ越しには敵影が四体。黒い戦闘服に身を包み、互いに背を合わせ四方をキョロキョロと警戒している。その内の一体に照準を定め、直角に交差した十字型の中心に相手の頭部を重ねる。


「ユイ──敵までの距離は1,058メートル、風速は5ノット」


 低い男の声がインカムを通して聞こえてくる。


「了解です」


 短い返事を返し、距離と風速を脳内でリピートする。この距離と風速なら影響は数ミリ単位。考慮しなくても問題はない。


「タイミングはお前に任せる──」


「ラジャー」


 再度深く息を吸い込んで止める。心臓が三回目の鼓動を刻んだと同時にトリガーを素早く引いた。

 ヒュンという鋭い音と共にターゲットの頭が吹き飛ぶ。その身体が崩れ去るのを確認する前に、素早く左上のもう一体をスコープで捉える。こちらに背を向けている標的は味方がやられたことに気づいていない。間髪いれずに二度目のトリガーを引いた──。

 

「上出来だユイ」

 

 沈みゆく夕焼けを背に、オレンジ色の背景が一瞬歪む。光学迷彩を解いた長身の男が目の前に現れた。

 望月カガリ──私の上官にして隊長。隊長といってもツーマンセルが基本の解放軍において、私の他に隊員はいない。


「隊長のほうこそお見事です」


 こちらも光学迷彩を解いて決して世辞ではない返事を返す。敵は四体いた──その内、右側の二体を自分が仕留め、時間差で望月隊長が残りの二体を仕留めている。

 狙撃では最初のターゲットを仕留めてから間が開くほど、次のターゲットへの狙いが難しくなる。理由は幾つかあるが、一番は相手が狙撃に気付いて動き出すこと。動く的に弾を当てるのは安易ではない。現に最後の四体目が仲間に駆け寄ろうとするのが、二体目を仕留めた時点で視界の隅に入った。それを彼は三体目を処理した後で、いとも簡単にヘッドショットを決めている。さすがは解放軍きってのスナイパーと呼ばれているだけのことはある。


「たまたま角度が良かっただけだ。ユイ──狙撃が失敗した場合、次に取るべき行動は?」


 色素の薄い灰色の瞳がヘッドギアのバイザー越しにこちらを見据える。


「──狙撃が失敗した場合、相手にこちらの位置を把握される可能性が高いため、即座に後退して体制を立て直します。後退が難しい、もしくはターゲットの射殺が最優先事項である場合、ツーマンセルを想定した作戦では、ひとりが狙撃を続行し敵を撹乱、片方は中距離戦闘装備に切り替え、敵の後方に回り込み背後から強襲。状況に応じてスタングレネード、敵が密集している場合は手榴弾が有効な手段となります」


「その通りだ。お前がおれを追い越す日も近いなユイ」


 隊長は目を細めると少年のような笑顔ではにかんだ。


「──いえ、そんなことは……」


 心臓が一瞬キュッとなる。それが、彼の言葉によるものなのか、似つかない笑顔によるものなのかは分からない。ただ、この感情はあまり好きではない。心を乱される。戦場においてそれはあまりにも危険だった。

 そんな自分の感情などつゆ知らず、隊長は敵がいた広場にじっと視線を向けている。端正な横顔が夕日に照らされて影を作り出す。彼はそのまま耳元のインカムに手を当てると、本部との交信を開始した。

 

「本部──こちらウルフワン。敵を制圧した。これより任務を続行する。オーバー」


「──本部よりウルフワン。敵の沈黙を確認。周囲に敵影なし。任務の続行を許可する。オーバー」


 短いノイズを挟み、司令官の淡々とした声が自分のインカムにも届いた。隊長は了解の返事を返すと通信を切った。

 

「下に移動してヘッドギアを回収する。いくぞ──」


 私は軽く頷いて合図を返した。隊長が手元の狙撃銃を肩に掛けていたアサルトライフルと交換した。私も同様に銃を切り替える。

 万が一の敵との遭遇に警戒しつつ、非常階段を伝って素早く地上に出た。陽が沈み、辺りは薄暗く闇が広がりつつある。


「こっちだ──」


 隊長が足早に敵がいた広場の中心へと移動する。後方を警戒しつつ、その背中を追いかける。

 仕留めた敵の死体はそこには無かった。当たり前だと分かっていてもつい確認してしまう。に実体などない。つまり死体は残らない。その代わりに、広場の中央には兵士の死体が二体転がっていた。こちらは確認するまでもなく解放軍の兵士だ──そして本任務のメインターゲットでもある。


「ユイ──周囲を警戒しろ」


「了解──」


 望月隊長が無造作に横たわる兵士の遺体を調べている間、私は周囲を警戒した。視界は既に暗示モードに切り替えてある。レーダーに反応は無いが、油断はできない。自分の目と感覚だけが頼りだ。


「よし──回収した」


 隊長の手にはふたつのデバイス=ヘッドギアが握られていた。ヘッドギアにはローマ字で『Paradigm shift』と書かれている──私たちのヘッドギアにも同様のロゴが入っている。これらで間違いないようだ。


「本部──こちらウルフワン。目標を回収した。なお、死者は二名、エコー隊のものと思われる。焼却班の派遣を要請する。オーバー」


「──本部よりウルフワン。了解した。只ちに焼却班を手配する。そちらはそのまま待機し、場所の安全を確保してくれ。焼却班と合流後は速やかに帰還されたし。オーバー」


「本部──了解した。通信を終了する」


 私は周囲を警戒しつつ会話に耳を立てていた。エコー隊は本間隊長の隊だ。必然的に胸が締め付けられる。本間隊長とツーマンセルを組んでいたのは名倉トモカ。同期で唯一の親友だった。彼女のあどけない笑顔が脳裏をよぎる。

 作戦の内容はヘッドギアの回収とだけ伝えられていたので、望月隊長も遺体を確認するまでは知らなかったのだろう。彼は本部との通信を切ったあと、私の肩にそっと手を添えた。


「ユイ──残念だ……」


 私は下唇を噛み締める。酸味を帯びた鉄の味が口の中いっぱいに広がった。


「……大丈夫です」


 任務中はいかなる時でも冷静でいなければならない。そんなことは訓練生のときに嫌というほど叩き込まれた。今までだって、何人も死んだ。顔も思い出せないくらい何人も何人も……。ただ、トモカは──トモカだけには死んでほしくなかった。私の唯一の願いすら聞き入れられないクソみたいな世界。

 ほんとになにもかもクソだ!! 

 ちくしょう……。


 隊長は私の気持ちを察してか、無言のまま周囲を警戒している。

 自分だって幾度となく死にそうになっている。望月隊長──彼の隊でなれば私もきっと死んでいただろう。トモカも隊長の下だったら死ななかったのだろうか……答えのない疑念が頭の中をループする。


「ユイ──辛いだろうが今は気持ちを整えろ。作戦はまだ終わっていない」


 隊長の言葉に私は拳を握りしめる。


「──わかってます。すみません……」


 深く息を吸い込んで星の無い空を見上げる。トモカ……この仇は必ずとってあげるから、少しだけそっちで待っててよ。私は返事の来ない闇を睨みつけた。



 暫くして二名の焼却班が到着した。銀色の防炎装備に身を包んだ彼らは、さながら宇宙飛行士のようだ。背中に背負った大きなガスボンベとそこから伸びたチューブに繋がれた火炎放射器。蒼白い小さな炎を揺らめかせながらこちらに近づいてくる。

 焼却班は兵士の遺体処理を専門とした班であり、遺体を焼却することが任務である。遺体を燃やすことはウィルスや疫病の蔓延を防ぐためと、埋葬の手間を省くのが主な理由だった。


「──お待たせしました」


 焼却班の隊長が望月隊長に敬礼する。

「望月隊隊長、望月カガリだ──」隊長はそう告げて敬礼を返すと、本間隊長とトモカの遺体へと顔を向けた。


「彼らを送ってやってくれ」


 焼却班の隊長は頷くと、隣の相方に合図を送る。

 

「危険なので少し下がっていてください」


 私たちが数歩下がると、焼却班は手際よくボンベのバルブを回し、手元の火炎放射器を遺体のほうに向けた。

 ボッという音と共に目が眩むほどの炎が本間隊長とトモカの身体を包み込む。

 望月隊長が静かに敬礼した。私はチリチリと音を立てる熱風を肌で感じながら、隊長に倣い敬礼する。

 ふたりの遺体は炎に包まれ、やがて黒い灰となり、ビル風に吹かれて消えていった。

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