短編「絵に描いたたぬき」

らと

絵に描いたたぬき

僕はしがない画家だ。

もう何年も描いてる。

とは言っても1大学生なんで、まぁ当たり前かなんて、思ってた。

そして、気がつけば絵はほとんど書かなくなったある日。

テレビを見てた。

そして、あることに見入っていた。

それは……


《たぬき、貴金属業者から金を盗む!》


という、馬鹿げた内容だった。

その鍵は、金でできている鍵のような物だそうだ。

それはネックレスで、とても精巧な作りだったそうだ。

なぜ、こんなことがニュースになっているかと言うと。

それが、とある死んだ世界的に有名な画家のものだからだそうだ。

そして、その画家はたぬきを飼っていたそうだ。

では、なんでバカバカしいと思いつつもリモコンを握りしめてまでこの番組を見続けているか教えてあげよう。

そのネックレスが有名な画家のものだからでもあるが、そのネックレスを持ったたぬきが僕の目の前にいるからだ。


「……は?」


驚きつつ1歩後ろに下がった。

たぬきは目の前のガラス作りのテーブルに乗って、そっとネックレスを僕の前に置いた。


「え…え?え?……いやいやいや、そんな訳ない。なんでたぬきなんかがネックレスを持ってうちに来るんだよ。きっと幻覚かなにかだ。」


1度目をつぶってから、深呼吸をして、もう一度目を開ける。

やっぱりいる。


「はぁ、なんなんだよ。鍵は閉めてただろ?」


空いてる……

閉め忘れてたんだ。

僕はおかしくなったのか混乱してからなのか、たぬきに話しかける。


「なぁ、お前はあいつのペットか?」


と、テレビに映っている人を指さす。

しかし、反応はなく、じっとこっちを見つめている。

だけど、本当は分かっていた。

あの人が主人だと。

このたぬきがつけてる首輪。

あの画家のたぬきと同じだ。

その時、ふと気が付く。

首輪に紙が結び付けられている。


「何だこれ……」


それを解いて手に取る。

広げると、その文章に僕は絶句した。


「お前は、覚えてるか?

お前が小さい頃よくお前に会ってたんだ。

お前はよく絵が描きたいと言ってただろ?

実はな、ちょっとした仕掛けを作ったんだ。

そこで、俺からの最後のプレゼントだ。

お前が最初に絵を買ってくれた客で最後に絵を買う客にしたいんだ。

俺が使っていた道具を全てやるよ。

俺の最後の作品もな。

売っても飾ってもいい。

それと、本当は全てお前への感謝の絵だったんだよな。

お前は気づいていないだろうが。」


思い出した。

小さい頃、小綺麗な青年がよく家に遊びに来てた。

それは、母親の友人であり、売れない画家であり、僕の友人であった。

とても手先が器用で、よくカラクリを作ってくれてた。

それに、作り方もいくつか教えてくれた。

なんで忘れていたかは分からない。

けど、昔と姿がかけ離れていたから気が付かなかったのだろう。

そして、そんな衝撃の事実を明かされたのに僕はと言うと、至って冷静であった。

何故かは、その青年だったはずの死んだ画家はそんなことをしそうな人だったからだ。


「はぁ、つまりは最後に俺の絵を見てくれって事だろ?」


仕方がない。

僕がやりたかったこの道に進めたのもあいつのおかげだ。

全然売れてないけど……

最後の願いぐらい聞いてあげないとな。

そう思って、荷物をカバンに詰め始めた。

そして、家を出て車に乗り込む。

たぬきは足の間をすり抜けて入り込んできた。




「ここが、あいつの家か……」


車で数十分走った、ところにあった。

車を近くの駐車場に止めて目の前まで歩く。

さすが、世界的に有名なだけあってデカい。

この家に入るのは、気が引ける。

幸い警備員も何も居ないようだ。


「不用心だな……誰でも簡単に入っていけそうだ。」


フェンスは3メートル程度高く、謎にデザインのあるネズミ返しが着いていた。

でも、これぐらいならと。

そう思いフェンスに手をかける。


「バチッ」


「いって!」


電流が流れてた。

ちゃんと入れない。

なんか登ろうとした人を煽ってるみたいだ。


「ムカつく。」


たしかに、無謀だったな。

3メートルはと謎に納得した。

僕が後ろを振り向くと、あのたぬきがいた。

そして、たぬきが門の前まで行き。

1つの正方形のタイルの上で止まった。

すると、


「ガコンッ」


とひとつのタイルが沈みこんだ。

たぬきはじっとしている。

しばらくして、


「キー」


っと、嫌な音を立てて門がが開いた。


「おぉ〜……」


と、感心してか、それ以上声が出ない。

恐る恐る、門を潜り、屋敷の前まで行く。

誰か居ないかとチャイムを鳴らすも、誰も出てこない。


「そりゃそうか……」


なんて思いつつ、戸を開こうとする。

もちろん鍵がかかっていた。

そこで、この鍵の出番ってわけか。

鍵を奥まで差し込み、そのまま時計回りに回せば、


「カチリ」


と小気味よい音がした。

その音を合図に僕は扉を押し開けた。

中は、様々な装飾品で満ちている。

ふと、後ろを振り向けばたぬきが着いてきている。

しかもちゃんと門を閉じて。

その後僕の後ろに来て、屋敷の扉も閉じた。

なんて躾られているたぬきなんでしょう。

こんなたぬきが世にいるなんて不思議だなぁ。

そんなことは、置いとこう。

ホールのど真ん中のテーブルの上に、箱があった。

それを開くと中に文字が書かれてた。


「Welcome to my house!

私の仕掛けは中央階段の裏だよ!」


なんだか、また馬鹿にされた気がする。

仕方がない。

今度天国で会うことがあったら1発殴ろう。

そう思って階段の裏に行く。

階段の裏には鍵がピッタリ収まりそうな穴が空いている。

そこに鍵をはめ込もうとしたが、何か嫌な感じがした。


「待てよ?この箱…」


僕は、なにかに気がついたんだ。


「あいつは、こうも簡単に家宝とも言える道具を渡さないよな。」


でも、一応はめ込んでみる。


「ブッブー」


と、不正解の効果音がなった。

やはり、馬鹿にされた気がする。

箱はもちろん開かない。

じゃぁ、どこにあるんだ?

その時、真っ白なキャンバスが1つポツン遠いてあった。

確か、このキャンバスは……

あった。

僕の名前だ。

このキャンバスをくれた時、こう言ってたな。


「このキャンバスは、お前にやろう。でも、絵を描くのはまだ先だ。いつか、お前が本当にこの道に進みたいと思うようなら。これに、絵を描きに来い。」


そうだ、まだこのキャンバスは絵を描かれるのを待ってたんだ。

僕は、装飾品の中にあった、豪華な道具たちを使って絵を描いた。

まるで、曲を奏でるように、詩を連ねるように。

少なくとも、僕はそうしたつもりだ。


「できた!」


我ながらいい出来だ……

なんだか、いつもより上手にかけた気がする。

僕は、このキャンバスを手に取ってみた。

なんだか、懐かしい感じがする。

どこか彼の片割を見ているようだ。

ふと、外を見てみる。

真っ暗だ。

いつの間にか夜になっていたようだ。


その日は家に帰った。

そして、今日の日を振り返りながら、湯船につかった。

家にたどり着いたものの、あのキャンパス以外の成果はなかった。

他にも仕掛けがあるのだろうが、一階にはもう何もないのだろうか?

あいつはなぜ死んだのか。

なぜたぬきなんか飼っていたのか。

そんなことを考えていると、湯は既に水とかしていた。

もう上がろうと、バスタブに手をかけると、磨りガラス越しにたぬきが見えた。


「着いてきてたの?」


ドアを開けると、何かを置いて1歩下がった。

そっと手に取ると、たぬきは一礼して去っていった。

気のせいじゃないかって?

確かに一礼したんだ。

それとも、僕が寝ぼけてるのかな?

明日は、月曜日。

学校に行かなければならない。

明日なんの教科があったかな?

なんて思うよりも先に、手に持っている何かが気になった。

よく見ると、それは木の葉だった。

その表面には絵が書いてある。


「細かい……」


これも、あの人が描いたものなんだろうか。

その絵は、風景画だった。

0.2ミリ程の細かい筆跡は、この為だけに書かれた物には見えなかった。

僕は、それをベット脇の小さいランプの置いてある横に置いてしばらく眺めてた。

気がつくと、そのまま深く眠りについた。




「ふぁー……」


カーテンから差し込む光が、部屋を照らしている。

眩しい……

目を擦って、時計を見る。


「8:10」


「8:10か……」


まだ8:10か……?

8:10!?


「やばい、電車乗り遅れる!」


急いで、支度をする。

適当な菓子パンを取って、玄関を飛び出る。

僕は、今もあなたを追いかけています。

……


「待っ、待って!……」


無事、電車に乗り遅れる。

駅前に来た時にはもう電車が動き出していた。

まだ自転車を止めてないので、乗り捨てればギリ間に合うかもしれない……

いや無理だ……

絶対に間に合わない。

ここは、割と緑もコンクリも多いところ。

ただ、電車はあまり走ってない。

これを逃すと絶対に遅れる。

坂を駆け下りて、駅へ向かう。

多分60キロほど出てたと思う。

気がつけば、空を飛んでいた。

そうか、これも夢だったんだ。


次目が覚めたら、ベージュとグレーを合わせて明るくしたような天井が見えた。

横を見ると花が添えてある。

なんだっけ、この花……

どこかで見たような?

あっ、そうだ。

シロツメグサだ。

誰かが積んできたのだろうか?

それに、少し時期が早い。


「コンコンコン」


誰かがノックをしたようだ。


「失礼します。鈴さん採血をしたいのですが、今よろしいでしょうか?」


「あっ、お願いします。」


ガラガラと扉が開く。


「では、血を抜いていきますね。少しチクッとしますよ。」


注射器が腕に刺さる。

血は、注射器に吸い込まれるように溜まっていく。

ある程度溜まったところで、注射器を引き抜かれ、コットンなのかガーゼなのかよく分からないもので抑えられる。


「はーい、ありがとうございます。しばらく抑えといたら、血は止まるので、抑えといてくださいね。」


「はい。」


あっという間だった。

あれ?

なんで今ここにいるんだろう。

なんだかずっと眠ってたみたいだ。

そうだった、確か自転車のブレーキが壊れてて……

そのまま縁石に……

ゾッと恐怖を覚えながらも、体中を見回す。

腕には包帯、腹にも包帯、足にはギプス。

ん〜、絶対死んだと思ったんだけどな……

その後医者の説明によると、太ももからお腹にかけてフェンスが刺さっていて、脛骨を開放骨折。

手術は成功だけど、後遺症が残るかも。

まぁ、何とかなるだろう。

……

あ〜、入院か〜。

ご飯美味しくないって聞くしなー……

それよりも、お金は……

はぁ、大丈夫だろうな。

貯金崩すかぁ……

それに、あのお金も……


その後、体拭かれたり、食事したりした。

めっちゃまずい。味気なさすぎる。

とりあえず今日は寝るか。



目が覚めても、あの変な色の天井。

やっぱり夢じゃなかったか。

確か昨日聞いた話やと4〜6週程動けん。

つまらない、飯もまずい。

暇すぎて死にそ〜……

採血も慣れてきた。

そんなもん慣れたくもなかった。

なんで入院してんやろ……

事故ったからか。

ちゃんと整備出しとったのにな……

あのチャリ屋訴えるか。

それとも誰かが切ったとか?

いやそんな訳ないしな。

だって僕、恨まれる訳ないもん!

はぁ、何してんだろ。


「コンコンコン」


どうせ飯か採血だろ?

もういいよ。

勝手にしな?



そして、そんな日が5週間程続いた。

あ〜、ほんとにもう死にそう……

まだ治らんの?

なんで人間の体ってこんなにも弱いん?


「コンコンコン」


「どぉぞ〜」


「失礼します、今少しお話したい事ございます。よろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。」


どうやら、リハビリについてだそうだ。

もう既に、春休み突入してるから早く退院したい。

そして、今日は見舞いに来てくれた人が居るんだ。

たぬき1と人3人

2人は友達で、もう1人は知らない人。

いや、どこかで見た気がする。

2人は心配してくれた。

だけど、もう1人は何も言わずに花瓶の水を変えていた。

そして、またシロツメグサだ。

もうしばらく2人と話してたらその人は消えてしまった。


「あれ?もう1人は?」


「帰ったんじゃない?」


「なんでだろ?」


「前、優秀賞取れなかったのが悔しいんじゃない?」


あっ、そうだった。

あの時、私が絵画コンクールで最優秀賞を初めて取れた時。

優秀賞の賞を握りしめて悔しそうな顔をしてた人だ。

4人しか選ばれないのになんで悔しい顔をしているのか分からなかった。

それに、全く知らない人なのに、なぜ恨まれないといけないのかも。


「あっ、そろそろバイトだ」


「え?まじ?」


「あ〜すまね、先帰るわ」


「あっ、またね。」


「行っちゃった。」


「そういえばさ、足大丈夫そ?」


「あ〜、やばいかも」


「そうかー……」


ちょっと気まずい。

最近全然会ってなかったから。


「時間大丈夫?」


「たぶん……予定とかなかったはず」


……

めっちゃ静かだ。


「やっぱり、帰るね……」


「あっ、うん。」


「早く良くなって、また遊びに行こうね」


「分かった。」


行っちゃった。

また暇だ。

あ〜、動きたい。



そのまましばらく夕日を眺めてた。

気がつけば、窓に小さな影が。


「たぬきだ……」


なんでここが分かったんだろう。

窓は閉まっている。

たぬきは、僕が気づいたのを見た後。

そっと去っていった。


そして、何日か日がすぎた頃。

ようやく歩けるようになっていた。


「疲れた……身体中が痛い。主に足が。」


そりゃそうだ。

奇跡的に後遺症ひとつ残さずに治りかけてるが、でかい怪我をしたのには変わりないのだから。


「あ〜、外の空気吸いてぇ……」


今日は、あの人だけが来た。

また、シロツメグサの花束を持って。

私は、枯れかけの花を変えている少女に話しかけた。


「ねぇ。なんで、いつも花だけ変えていくの?それに、なんでシロツメグサ?」


「……花言葉」


「花言葉?あっ、待って!」


少女は出ていってしまった。

追いかけようにもまだ上手く歩けさえしない足じゃ追いつけない。

今度来た時に問いただそう。


でも、いくら待っても少女は来なかった。


そして、ついに退院の日。

ようやっと家に帰れる……

家までは遠いので友達に送って貰うことにした。


「ただいま。」


何もいないのに、そう言った。

そして、何日か立って。


「ピンポンッ」


とチャイムがなった。

外に出てみると、警察だ。

あの事故についての話かな?


「あの、お聞きしたいことがあってきました。」


「はい。」


今世紀初めて警察と喋った……

緊張する。


「約一ヶ月前に事故がありましたね?」


「はい。」


その後色々聞かれた。

そして、ひとつ分かったことがある。

ブレーキワイヤーは意図的に切り離された痕跡があったようだ。

あれは、事故ではなく、事件の可能性もあると。

なんでそんなこと……

しばらく、聞かれた後。

その後、開放された。


「あ〜、疲れた。」


ベットに倒れ込んで天井を眺めていると音が聞こえてきた。


「カリカリ」


窓を見てみると、また、たぬきだ。

窓を開けてやると、また、何かを持ってきた。

また木の葉だった。

それにも細かく絵が描いてある。


これは……

前の絵と同じ場所だ。

ただ、違うところと言えば、その街が津波に飲み込まれている絵だということ。

そういえば、この風景を見たことがある気がする。

昔、あの青年に連れていってもらった場所。

そして、以前ニュースで見た、あの地震のこと。

思い出した。

まだ母親が生きていた時。

あの青年が津波で死んだことを聞かされた。

まるで、父親のような存在だった彼が死んだことが信じられなかった。

あぁ、なんで忘れてしまったのだろう。


今日は、何故か裏側にも凸凹があった。

裏を見てみると、名前が描いてある。


「鈴木 鈴奈」


スズキ リンナ?

あれ?

聞き覚えがある。

あっ、あの少女の名前だ。

でも、なんで?

……

今度会いに行こう。

気がつけば、たぬきは居なくなっていた。

冷たい風だけが吹き抜ける。

僕は、そっと窓を閉じた。

でも、鍵が壊れてしまった。



いつも通りの朝を迎えた。

変わらない初めての朝。

メールで、友達に少女の住所を聞いてみた。

そして、久しぶりに屋敷へ来た。

門は閉じていたが、前のようにたぬきが開けてくれた。

首に提げた金の鍵を差し込み開ける。

絵はまだ残っている。

今日は2階を探索した。

収穫は、金の鍵を使って開ける引き出しの中に、同じ形をした銀の鍵があった。

1階に戻り。

もしかしたら、と銀の鍵を階段裏の溝にはめ込む。

すると後ろの本棚から音がした。


「ガタン」


本が1本だけ落ちかけている。

なんだろう、とそれを取ってみた。

開いてみるとそれは本ではなく箱だった。

中には、紙が入っていた。


「君はまだ真っ白のキャンバスだ。

だから、筆を探しなさい。」


筆?

なんの事だ?

本棚の奥を覗いてみると、穴があった。

なるほど、その筆をここに差し込めということか。

その辺に落ちていた、貝や金やらで装飾された筆を差し込んでみる。

しかし、全く何も起きない。

その日も日が暮れたので、帰ることにした。

家に帰ってきて、メールが来ていることに気がつく。

あっ、送ってくれた。

承諾も得ずに住所送ってるみたいだけど……

大丈夫かな?

その日は、とりあえず寝ることにした。



まだ、変わらない朝日が差し込んでくる。

今日は、彼女の家へ行った。

たぬきは屋敷へ行くと思ったのか着いてきた。

チャイムを鳴らすと、彼女は出てきてくれたが、すぐにドアを閉めようとした。

しかし、たぬきを見た瞬間、ドアを閉めるのを止めた。


「なんで……」


彼女はポケットから筆を取り出した。

なるほど、そういう事か。

……どういう事だ?

よくその筆を見てみるとたぬきの首輪と同じ模様が描かれている。

つまり、あの青年とこの子は何らかの繋がりがあったのだろう。

さっきの反応で分かった気がする。

確かに、僕の顔を見た瞬間怯えてた。

たぶん、彼女が犯人だ。

自転車のワイヤーを切った。

もしかしたら今、本当に殺されるかもしれない。

でも、僕はこう言ったんだ。


「一緒に来てくれない?」


彼女を車に乗せて、屋敷へ向かう。


「……どうして、私を連れていくの?」


その質問に、僕は答えなかった。

怒りからなのか、恐怖からなのか、それは僕にも分からない。


「どうせ、分かってるんでしょ?私が君を殺そうとしたこと。」


当たってた。


「……」


その後、互いに何も話さなかった。

そして、屋敷へ着いた。

僕が車を降りると、彼女は黙って着いてきた。

たぬきはいつも通り門を開けたが、彼女はなんの反応も示さない。

そして、本棚の前まで来た。


「筆を貸してくれない?」


「……ごめんなさい。」


彼女は筆を渡したがらない。

ギュッと握りしめて離さない。

僕はその筆を見つめる。

その時、あることに気がついた。


「その筆、後ろのとこ。」


彼女は筆の後ろを見る。

そして、彼女も気がついたようだ。

小さい隙間の中にネジが切ってあるのが見えた。

それを回してみると、中から紙が出てきた。

それには、こう書いてあったことに驚いた。


「私の名前だ……」


彼女は知っていたようだ。

その後、ゆっくりと筆を渡してくれた。


「やっぱり、本当はあなたが持ってなきゃいけない見たい」


「……」


僕はそれに答える術を持ち合わせてなかった。

だから、何も言えなかった。

彼女が見ている中。

筆を差し込む。

すると、本棚がゆっくりと横にずれていった。


「うそ……」


彼女は絶句している。

筆を彼女に返し、現れた下へ続く階段を降りていく。

1番下へたどり着いた。

そこには、2つ部屋が用意されていた。

それぞれ、名前が刻んである。

ひとつは彼女のもうひとつは僕の。

2人は、それぞれの部屋へと入っていく。

そこには、絵が置いてあった。

その下には手紙が添えてある。

「すまんな。これを見てるってことは、俺は多分死んでる。何が原因なのかは知らないが、俺は死んでしまった。あのたぬきがここへ導いてくれたのだろ?それと、あの少女も居る。それは、たぶん俺の友が導いてくれたからだろう。実はな、俺は馬鹿なことに癌になってしまった。まだ、症状が出てすぐだったら治せたんだが、身体中あちこちに転移するまで絵に没頭してよ。すまんな。それはいいとして、俺が使ってた道具は、全部箱の中に入っている。」


……癌で死んでない。

津波に飲み込まれてる。

短い命なのに、あの時点で死が決まってたのに。

それなのに、自然に殺された。

どうして、彼がこんな目に遭わなければいけなかったんだろう。

箱に絵を入れて。

その箱を持って外に出た時、彼女もまた箱を持っていた。

しばらく何も話さなかったが、彼女が口を開いた。


「全部、あいつのせいだと思ってた。あいつが憎んで、津波に飲み込ませたんだと思ってた。私に恨みでもあるんじゃないかと。だから私の目の前で彼を殺したんだと。でも、彼の友達だった。あいつは、私の分まで用意してた。」


……

何も言えない空間が広がる。

彼の友達は、彼女の前で津波に飲み込まれたらしい。

その時、彼も一緒にいた。

そうだ、彼は今はもうない情景を残したかったんだ。

あそこは、彼の故郷だった。

彼は、あそこが好きだった。

でも、今はもうない。


その後の記憶はもうない。

何も言わずに彼女を家まで届け、私は家に帰った。

最後に、彼女は言った。


「ごめんなさい。明日、自首しに行くよ。」


そんな事しなくていい。

と言いたかった。

でも、いえなかった。


それから、約10年。

大学を卒業してから、絵の道へ進んだ。

最初は全然売れなかったが、少しずつ売れるようになってきた。

いずれは、彼のようになれたらいいな……

そんな思いを胸に抱えて今日も絵を描く。

もちろんあの道具たちで。

彼女は今何をしているのだろうか。

いつか、彼らと同じように絵を描けたらどんなに嬉しいことか。

いつか出来るかもしれない。

でもそれは、僕には分からない。




1人、暗い部屋でテレビを見ている。

それは、彼女だった。

リモコンを握りしめて、泣きそうな顔をしている。

彼女がみているのは、彼の友達の骨の1部が沖で見つかったニュースだ。

それと、金のペンダントが見つかったようだ。

それには、彼女と僕と彼と彼の友達が写っている写真が入っていた。

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短編「絵に描いたたぬき」 らと @hitorino96

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