023 大事な話
サトウキビの商売を始めてから1ヶ月が経った。
かつて「謎のお魚クイーン」と呼ばれていた私は、今ではすっかり「ルーベンスのサトウキビクイーン」になっていた。
商売は相変わらず繁盛。
もっと言えば日に日に客が増えていた。
理由は二つ。
一つは、いよいよ夏が本格化したから。
毎日が猛暑なのでキンキンに冷えた飲み物は全体的に好調だ。
もう一つは、私の知名度が上がったから。
ローカル紙だけでなく全国紙にもしばしば取り上げられている。
近頃は遠方から貴族が出張ってくることも多々あった。
そこまで人気が高まると――。
「サトウキビジュースの事業を我々に売ってはいただけないでしょうか どこよりも良い条件で買わせていただきます!」
当然、事業を売ってくれという者が多く現れる。
大半が貴族だ。
とはいえ、爵位持ちの大貴族は一人もいない。
流石に大貴族ともなればプライドがあるのだろう。
「魅力的なご提案をありがとうございます。検討後、お返事のメールを送らせいただきます」
今日だけで10回は同じセリフを言った。
休日だというのに、この調子だと晩まで休めそうにない。
「ふぅ」
商談と商談の隙間時間、私は一人で町の中を散歩して過ごす。
クリストとイアンは休みだから隣町にでも行っているだろう。
「賑やかになったわね、ポンポコ」
ここに来た時に比べて明らかに活気が満ちていた。
他所の町から商人が集まってきているからだ。
私の人気にあやかろうという商魂の逞しい連中である。
その中には――。
「いたいた! やっほーおじさん!」
「おじさんじゃねぇ! ハンサムボーイだ!」
「そのセリフがもうおじさんなんだってば!」
トムだ。
私の良き商人仲間であり、先輩でもある。
今日も元気に露店を開いていた。
売っているのは老人用の服だ。
きっとどこかで安く仕入れてきたのだろう。
いつ見ても商品が違っていて面白い。
流石は自称「転売専門」の商人だ。
「売れ行きはどう?」
「悪くないぜ! 朝だけでほぼほぼ売れたからな!」
「さっすがトムさん!」
「ま、シャロンには敵わないけどな。串焼き屋を廃業した頃まではまだ手の届きそうな差があったのに、もはやどうやっても追いつけねぇ」
「トムさんがアドバイスしてくれたおかげだよ」
「あんなのアドバイスっていうより基礎の基礎だぞ。誰でも知っているようなネタだ。それでここまで成功するんだから、シャロンには才能があるってことだ。君のような人間が貴族まで上り詰めるのだろうな」
私は「かもね」と笑って流した。
「それよりトムさん、ちょっと話をしない? 前から言いたいことがあったの」
「言いたいことって?」
トムの顔から笑みが消える。
私が真剣な表情だからだろう。
「大事な話。立って話すようなことじゃないかな」
「おいおい、愛の告白でもしようってのか?」
「まぁそんなところかな」
「……マジ?」
固まるトム。
「愛の告白はしないけど、同じくらい大事な話。お店が終わったら連絡して。いつでもいいから」
「あ、ああ、分かったよ」
「待ってるからね」
新鮮な空気を吸えたことだし、私はボロボロの宿屋に戻った。
◇
トムからの連絡は夜に届いた。
合流して、一緒に酒場へ入る。
人目に付かない隅のテーブル席に座った。
「えらく待たせたじゃないの……とは言わないよ。私の商談が終わるまで待っていたんでしょ?」
「さぁな!」
「タイミングが良すぎてバレバレだよ。最後の相手が去った瞬間に連絡が来たんだもの」
「で、大事な話ってなんだ?」
いきなり本題に入るトム。
珍しく緊張している。
「トムさんにいい儲け話があるの」
「儲け話? 俺が娼婦よりも好きな数少ないことだ。聞かせてくれ」
私はニッと笑い、テーブルに置かれた牛乳を飲む。
お酒を飲める年齢ではあるが、お酒を飲むことは滅多にない。
「トムさんも知っていると思うけど、最近はひっきりなしにサトウキビジュースの事業を売ってくれという話が来ているわ」
「そうだな。だが、売る気はないんだろ?」
「彼らにはね」
「というと?」
「私はトムさんに売りたいの」
「ん? それって……」
「サトウキビジュースの商売、私から引き継がない? それが私の大事な話」
「なっ……!」
トムはつまもうとした唐揚げを床に落とし、しばらく固まっていた。
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