022 模倣者の登場

 その後も私たちのサトウキビジュース事業は絶好調だった。

 私たちは無理なく働き、お客さんは大喜びで飲んでくれる。


 週に3日しか販売しない点は賛否両論だ。

 もっと飲みたいとか、その日は来られないという声が聞こえる。

 一方、毎日は買えないということで価値が付いている点もあった。


 そして、商売開始から2週間ほど経ったある日。

 当初より懸念していたことが起きた。

 それはいつものように仕入れをしようとした時のこと。


「見ろよシャロン、あいつら!」


 森に向かって草原を進んでいると、クリストが前方の集団を指した。

 大の男が10人ほどいるのだが、揃いも揃って腕章を着けている。

 デザインが私たちが着けている物と瓜二つだ。


「ついに現れたわね」


 模倣者だ。

 私らが上手くいっているのを見て真似する気でいる。

 腕章を着ければ安全に作業できると思い込んでいるのだろう。


 否、そう思い込むように私が仕向けた。

 ジュースの販売中、よくこういうことを話していたのだ。


「今回は串焼き屋の時と違い、私が動けなくなっても問題ないんです。だから、もう少ししたら人を増やして事業規模を拡大しようかなぁって考えています」


 すると、客は決まって次の質問をする。


「どうしてシャロンちゃんがいなくても森の中で安全に作業できるの?」


「この腕章があるからです!」


 腕章が獣除けになっているのは事実だ。

 この腕章・・・・のしている人間を襲わないようにボブたちを躾けた。

 だからボブたちは、条件に合った腕章を着けている人間は襲わない。


「ようやく模倣者に対するボブたちの動きが見られるわね」


 私たちは距離をあけて、模倣者を尾行することにした。


 連中は一目散にサトウキビの自生地を目指している。

 私と同じ地図を持っているので迷うことはないのだろう。

 既にボブのテリトリーだ。


「なぁ、本当にこんな腕章だけで大丈夫なのかよ?」


「大丈夫だって。俺は客のフリしてシャロンから直接聞いたんだ。あの女、バカだから製法から何まで教えてくれたぜ。間違いねぇよ。クマの刺繍が施された腕章をつけてりゃ無事だ」


 どうやら私が話した客の中に模倣者がいたようだ。

 そうなることを期待して話したから何ら問題ない。


「あいつら……!」


 私を悪く言われてクリストとイアンが怒っている。

 今にも斬りかかりそうな二人を静かになだめた。


「グォ!」


「「「で、でた! ヒグマぁ!」」」


 模倣者の前方にボブたちが現れた。

 サトウキビと作業小屋を守る森の番人だ。


「だ、だだ、大丈夫だ、腕章をしてんだ、ヒグマは襲ってなんか――」


「グォオオオオオオオオオオオ!」


 ボブが思い切り吠える。

 他のヒグマたちが一斉に模倣者へ突っ込む。


「「「ひぃいいいいいいいいいいいい!」」」


「腕章なんも効果ねーじゃんかよぉおおおおおおお!」


「なんでだぁああああああああああ!」


 模倣者が逃げていく。

 そこでようやく私に気づいた。


「シャロン、お前ウソつきやがったな!」


「人のアイデアを盗もうとする愚か者がふざけたことを言うものね。ところで、私はウソなんかついていないわよ。あなたらの腕章があの子らの条件に合わなかっただけ」


「条件? たしかにクマの刺繍は……」


「それだけじゃないのよ」


 私ら三人は模倣者の一味に背を向けてヒグマの群れに近づく。

 ヒグマたちは腕章を見たあと、その場で鼻をヒクヒクさせた。


「もしかして、その腕章……!」


 どうやら気づいたようだ。


「そう、この子らの条件には香りも含まれているのよ」


 ヒグマの視力はそれほどよくない。

 腕章の存在は分かっても、細かいデザインまでは見分けられない。

 だから香りを判断材料に加えた。


 この腕章には専用の香りがついている。

 ラベンダーなどから抽出したエッセンシャルオイルを使ったものだ。

 私のオリジナルレシピで配合した香りなので、他の人には再現できない。


「なるほど香りを真似すればいいのか! そこまで話すとはやはりバカだな! 今度こそ真似してやるぜ!」


「絶対に無理だけどね」


「なんだと?」


「ヒグマの嗅覚は人間の比じゃない。それどころか犬の数倍とも言われている。数キロ先の匂いだって嗅ぎ分けられるのよ。私たちの鼻だと同じに感じる匂いでも、この子たちには全く違うの。それでどうやって真似するつもりかしら?」


 匂いによる絶対的な差別化。

 これがあるから、私はペラペラと話せた。

 レシピを言わない限り模倣は絶対に不可能だから。


「ぐっ、そこまで考えているとは……! ただの小娘と思っていたが大きな間違いだったぜぇ」


「分かったらさっさと帰りなさい。さもなければ……」


「「「グォオオオオオオオオオオオ!」」」


「「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!」」」


 模倣者たちが逃げていく。


「これでよしっと!」


 ボブの頭を撫でながら頷く。


「邪魔者も去ったことだし、今日の作業を始めましょ!」


「「おー!」」


 今後もしばらくの間は模倣者が現れるだろう。

 しかし、今回と同じようにエセ腕章がバレて痛い目に遭うだけだ。


 私たちの事業にはなんら問題はない。

 それどころか、模倣に失敗したという事実が売り文句になる。

 誰でも簡単に作れるのに他の人には真似できない、と。


「模倣者のおかげでますます価値が上がったわね」


 サトウキビの梢頭部をボブに食べさせながら、私は小さく笑った。

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