020 シャロンの閃き
「これはね、サトウキビっていうの」
砂糖の原材料、それがサトウキビだ。
「え、じゃあ、これから砂糖が作られるのか!?」
「そうよ」
「砂糖ぽさが全然ないぞ!」
「そりゃ加工する前だからね」
「こんな植物から砂糖を作っていたとは……流石は農作物の国レミントンだ」
「ま、サトウキビだけじゃないんだけどね、砂糖の原材料になる植物って」
「そうなのか?」
「てん菜って植物もあって、それからも精製されるの。サトウキビから作った砂糖は『甘しょ糖』、てん菜から作った砂糖を『てん菜糖』と呼んで区別するわよ」
「「へぇ!」」
感心する二人の傍で、ヒグマの家族も「グォ」と唸っていた。
「それよりもサトウキビジュースを作って飲みましょ。暑さと疲労でバテバテの体に最高の糖分を補給してくれるわよ」
「「了解!」」
「まずは下処理からね。ヒグマたちに働いてもらうわ――みんな、サトウキビの根元をへし折ってちょうだい!」
私はボブから下りて命令した。
「「「グォー!」」」
ヒグマたちが一斉に動き出し、サトウキビに右フックを食らわせる。
人力だと硬くて苦労する根っこの茎も、ヒグマにかかれば一瞬で折れた。
「次は私らの出番よ」
サトウキビの収穫方法を教えよう。
茎の切断が終わったら、まずは葉を全てカットする。
鎌を使うのが一般的だが、持っていないのでナイフを使う。
クリストとイアンは山賊の名残を感じる曲刀を振るった。
「葉っぱの切断完了だ!」
「流石は兄者! こっちは危うく指まで切断しかけたぜ!」
「この作業は難しいからな、慎重にいけよ弟!」
「おう!」
いや、そんなことはない。
サトウキビの葉っぱをカットする作業は非常に簡単だ。
レミントンの農家なら目を瞑ったままでも失敗しない。
イアンが不器用なりに頑張っているので、そのことは黙っておいた。
「イアンも終わったわね。次は
梢頭部とは、サトウキビの上にある青い部分のことだ。
「梢頭部は何かに使えないのか? 結構な長さなのに捨てるのはもったいない気がする」
「いいところに目を付けたわねクリスト」
「流石は兄者!」
「梢頭部は家畜の肥料として使えるの。なかでも牛は梢頭部を好む子が多いから、冬場のような牧草が育ちにくい時期は梢頭部を食べさせるのよ」
「「おー!」」
「といっても、ここには牛なんかいないから――」
私はヒグマの大家族に目を向けた。
「――あなたたちは食べる?」
「グォー」
リーダーのボブが恐る恐る梢頭部を食べ始めた。
その様子から察するに初めて食べるようだ。
ヒグマは雑食だが、好むのは草より肉である。
だから馴染みがなかったのだろう。
「グォー!」
一口食べた瞬間、ボブの食べるペースが加速した。
どうやら気に入ったようだ。
「あなたたちも食べていいわよ。でも梢頭部だけだからね」
「グォー!」
ヒグマの群れが一斉に梢頭部を頬張り始める。
まるで笹を食べるパンダのようだ。
この嬉しい誤算によって、梢頭部のカット作業が効率化された。
「あとは皮を剥いたら下処理終了よ」
皮剥きも葉っぱのカットと同じく簡単な作業だ。
ナイフでちょちょいとすれば終わった。
不器用なイアンも問題ない。
「いよいよサトウキビジュースの時間ね!」
サトウキビジュースの作り方は簡単だ。
下処理の済んだサトウキビを圧搾するだけでいい。
人力で行う場合は専用の道具や機械が必要だ。
残念ながらここにそんなものはない。
だがありがたいことにヒグマたちがいる。
私はボブにサトウキビを渡した。
「それを半分に折って、私の口の上で搾ってちょうだい!」
ボブに顔を向け、可能な限り口を大きく開ける。
「グォー!」
ボブは前肢を器用に使って私の指示を実行する。
ヒグマの驚異的な力によってサトウキビが搾られた。
圧搾機などなくてもドバドバと甘い液体が放出される。
「うげっ」
「グォ!?」
「大丈夫よ、私の指示が悪かっただけだから気にしないで」
私の顔面がサトウキビジュースでベトベトになってしまう。
ボブの力が強すぎて、搾り出される勢いが想像以上に激しかった。
「グォー」
ボブが顔をペロペロと舐めてくれる。
獣特有の臭さもあるが、それ以上に愛情が感じられた。
思わず私も「うへへ」とボブを舐め返す。
すると、ボブは照れたように「グォッホ」と表情を緩めた。
可愛い奴だ。
「みんな、イアンとクリストにも飲ませてあげて!」
「「グォー!」」
「ヒグマにジュースを飲ませてもらう日が来るとは……!」
「シャロンと一緒だと楽しいことばかりだな兄者!」
二人の顔もサトウキビジュースでベトベトになる。
それでも嬉しそうに笑っていた。
「甘い! なんだこの甘さ! 流石は砂糖だ!」
「美味しいぜぇ!」
「余談だけど、このサトウキビジュースを煮詰めて水分を飛ばしたものが黒砂糖よ」
「「なんだってー!」」
「白砂糖はそこからもう一手間加えて作るの」
「俺たちは黒砂糖の液体を飲んでいるわけか」
「そりゃ美味しいわけだぜ兄者!」
ボブや他のヒグマたちもサトウキビジュースを堪能する。
とても気に入ったようで、上機嫌でゴクゴク飲んでいた。
「そういえば、ここって誰が支配しているんだろ?」
ふと気になった。
「誰って、シャロンが狩った巨大イノシシだろ?」とクリスト。
「それは森の王であって縄張りの主じゃないでしょ」
例のイノシシは森全域をデカイ顔で練り歩くキングではあるが、1頭だけで広大な森を全て支配できるわけではない。
イノシシが縄張りにしていた川辺以外では、別の猛獣が実質的な支配者として君臨している。
「ならヒグマじゃないか? ボブはここへ向かうのに躊躇しなかったぞ。他所の縄張りならもう少し警戒するだろう」
「たしかに。どう? ここはあなたの縄張り?」
ボブに尋ねる。
「グォ!」
ボブはサトウキビのバガス――サトウキビの絞りカスのこと――をガジガジと囓りながら頷いた。
「なぁシャロン、このサトウキビジュース、すげごく美味いし普通に売れるんじゃないか?」
クリストが提案する。
「売れるよ。輸送中に腐りかねないからルーベンス王国では見かけないけど、そこらにサトウキビがある私の故郷レミントン王国だと普通に売っているもの」
そう答えた瞬間だった。
「もしかしたら……!」
全身に電流が走る。
このサトウキビジュースで商売ができるのではないか、と。
これから夏が本格化するし、キンキンに冷やすと大繁盛は間違いない。
次の問題は事業の持続性について。
ここで改めてトムの助言を思い出す。
持続的な事業とは――。
一つ、自分がいなくても回る事業であること。
一つ、他に真似されないよう差別化すること。
この両方を満さなくてはならない。
片方だけなら容易いが、両方となると難しい。
だから今まで悩んでも答えがでなかった。
この森で収穫するとなれば、どうしても私の存在が必要だ。
しかし、ボブたちの賢さならやりようはある。
「断言はできないけど、十中八九成功するわ! サトウキビジュースで稼ぎまくるわよ!」
「「おお!」」
まずは数日かけて準備だ。
ボブたちを調教し、ジュースの製造環境を整える。
ポイントになるのは調教のほうだ。
ただ単に人を襲わないようにするだけではいけない。
それだと同業者が私たちの苦労にタダで便乗してしまう。
私たちだけ襲われないようにしなくてはならない。
その方法は既に閃いていた。
上手くいけば他の事業――例えば川魚の串焼き屋でも応用できる。
廃業した串焼き屋を復活させて事業を売却することも夢ではない。
三日三晩かけて浮かばなかったアイデアが、一瞬の閃きで形になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。