019 ヒグマのボブ

「ひぃぃぃぃ! 兄者、俺たちはおしまいだぁ!」


「大丈夫、シャロンなら、シャロンなら30頭のヒグマくらい余裕だ!」


「いや無理だから!」


 とはいえ、私は焦っていなかった。

 最初は面食らったが、ヒグマの目を見て安堵した。

 彼らに敵意はない。


「どうかしたの?」


 武器を構えずに近づく。

 先頭で二足立ちするリーダーと思しき個体に話しかけた。


「グォ! グォ! グォーン!」


 すると、その子は踊り始めた。

 体の向きを左右に動かしつつ、お尻を振り振りしている。


「「ヒグマが踊ってるだとぉ!?」」


「これは求愛ダンスね」


「求愛ダンス!? 俺たちのシャロンがヒグマをメロメロに!?」


 クリストの発言に笑ってしまう。


「メロメロというより同盟のお誘いみたいなものかな」


 要するに「危害を加えないから仲良くしてくれ」と言っているのだ。

 私をこの森の女王として認め、仕えたいということである。


「いいわよ、仲良くしましょ!」


 私はヒグマに抱きついた。

 そのまま腹部に頬ずりするが、チクチクとして痛い。

 早くも夏毛に生え替わっていた。


 クマに限らず、動物の毛は夏と冬で生え替わることが多い。

 おおむね夏はチクチク、冬はモフモフしているものだ。


「すごいなシャロン、ヒグマが怖くないのか……?」


「さすがは俺たちのボスだ……!」


 クリストたちは未だに怯えている。


「これだけ懐かれているのに怖いわけないじゃん!」


 ヒグマは私の頬をペロペロ舐めていた。

 他の個体も群がってきて舐めてくる。


「嬉しいけどむさ苦しいよ!」


 私はヒグマのリーダーを“ボブ”と名付け、頼んで伏せてもらった。

 ボブの背中にの跨がり、「ふぅ」と息を吐く。


「せっかくクマが仲間になったことだし、皆で甘い物でも飲みに行こっか!」


「蜂蜜の調達か!」


「それでもいいけど、蜂蜜だと私たちが飲めないでしょ」


 私は懐から地図を取り出して確認する。


「私の記憶が正しければたしかここからそう遠くないところに……お、あったあった!」


 目標の植物を発見。


「ボブ、ここへ向かってちょうだい!」


 地図を見せてボブに指示する。


「おいおいシャロン、ヒグマが地図を読めるわけ――」


「グォーン!」


 ボブは四肢を駆使して走り出した。

 しっかり目的地に向かっている。


「どうやらボブは地図が読めるようね、賢い子だわ」


「「「グォー!」」」


 ボブの後ろを他のヒグマが続く。


「おーい、待ってくれー!」


「俺たちはクマに乗っていないんだぞー!」


「ならはぐれないよう必死についてくることねー!」


 本日の気温は30度を超えている

 森の中は湿度が高いのでジメジメしていて不快だ。


 そんな環境下で二人を走らせる私って、ちょっぴり意地悪な女?


「いや、気のせいでしょう! 私は優しい女! 優しいのよー!」


 ボブが「グォー!」と同意した。

 流石はボブだ、私のことをよく分かっている。


 移動すること数分、目的地に到着した。

 背丈よりも高い植物がところ狭しと生えている。

 私が低身長ということもあって、目的の植物が余計に大きく見える。


「あなたたち、この植物が何か知っている?」


 全身を汗まみれにして今にも倒れそうな二人に問いかける。


「いいや」


 首を振るクリスト。

 イアンも知らないようで同様の反応を示していた。


「やっぱりルーベンスの人は知らないよね」


 作物の国レミントンでは有名な植物だ。

 ただ、ルーベンス王国には殆ど自生していない。


 その植物の名は――。

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