1話 2ーB「千鶴 恵莉」
多加良将に好意を抱いている前提のなかで距離が近ければ近いほど病み度が上がっていくとして、この話には原点がいるわけだ。
それを被害者と呼ぶには、結果彼にかかる負担が重すぎて心苦しいが、一応は第一被害者であることに違いない。
当然、コスパの良い彼に一定の需要が生まれたのは高校入学後に限ったことではない。小学、中学時代も同様に輝く存在はいた。光があるということはそこに陰も生まれる。
そうして、いつもその陰に位置づけされてきたのだ。そのなかで上位にいた彼に近付く者はそれなりにいた。いたはずなのだが…………。
「
「将くん、さっきの授業寝てたでしょ? ほらっ、お弁当作ってきたから食べて元気だして」
「将くん、一緒に帰ろ♪」
「恵莉、近いよ」
多加良と腕を絡めるのではと思うほど身体を寄せる女、
小学1年時に彼と同クラスになり、恋を知ったときには既に彼しか見えていなかった。
俗に言う幼なじみである。
PTA会長の母を持っていた小、中と9年連続同クラス。もはや運命レベルの繋がり、そして他人に付け入る隙を与えない威嚇に似たアピール。
そのせいで高校に入学するまで皆、距離を縮める間もなく去っていく。
多加良には千鶴がいるから、と。
「恵莉の手料理、バリエーション豊富なの凄いね。勉強したの?」
「うん。将くんが鶏肉が好きって言ってたから、それをベースに栄養考えてレシピ探してるんだよ」
「ありがとう。こんな美味しいの食べ続けてたら、もう他のもの受け付けられないかも」
それでいて、多加良がこんな調子だからなおのこと、2人だけの世界が形成されていった。
ただ、ここまでは健全な付き合いのひとつと言ってもいい具合だ。イチャつきすぎな面と独占欲の強さはあるにしろ、束縛カップルだと思えばまだ良し。
だが、すこし鬱陶しさを感じてしまうその振る舞いが中学3年のある日、崩れた。
「そういえば、恵莉に言わなきゃならないことがあってさ」
「ど、どうしたの?」
いつものように2人で帰っていたときだった。
多加良が足を止め、真剣な眼差しでそんなことを言い始めるものだから、千鶴の脳内は「好き」に埋め尽くされる。
いや、既に一面に恋の花が咲いているのだが。
勝手に次に出る言葉は愛の証明だと決めつけ、顔を作ったそのとき。
「高校の進路の話なんだけど」
想定外の話題にそれは崩れ去る。
なぜなら──
「
それは千鶴のなかで確定している情報だからだ。
何度も確認して、自分も合格が出来る範囲で彼の受験先になる高校を絞ってきた。
彼女が言ったように、両親にあまり負担を掛けたくないと考えている彼にアドバイスしていくなかで、平均的な偏差値の公立高校をオススメした。
私が隣にいて、将くんを誘惑する悪い虫を排除しないと。そうすれば、ご両親も安心だよね。
そんな考えを持ちながら。
「うん、それは本当に有難かったよ。いろいろ資料用意してくれて助かった」
「じゃ、じゃあ、何がダメだったの?」
「ううん、あの高校がダメだったわけじゃないよ。ただやっぱり、僕さ、行きたい私立校があるんだよね。だから、親にお願いしたんだ」
そんなの知らない。
どうして教えてくれなかったの?
「そしたら、子供の将来を支えるのが私たちの何よりの仕事だから、気を使わないで受験しなさいって言ってくれてね」
じゃあ、将くんとはここでお別れなの?
そんなの嘘でしょ? 信じられない。将くんがいない生活なんて有り得ない!
「そ、そっか……。優しい家族だね」
「うん」
そうは思っていても、口には出さない。
千鶴にとって何よりも辛いのは多加良に嫌われること。
だから、ここでは一旦退く。
「ちなみにさ、どこ受けるの? 少し先だけど、もう少しで出願だったでしょ? 私も将くんが頑張れるように応援したいから」
「ありがとう。恵莉ならそう言ってくれると思ってた。えっとね、六条学園って言うんだけど」
情報収集を忘れずに。
これまで手伝ってくれていた千鶴のことも気にかけていた彼は、無事伝えられたことに安堵する。
これで何も気負うことなく、将来を歩むことが出来る。ここからは少し遠いところで周りは知らない人ばかりだろうけど、受かって新鮮な高校生活に乗り出そうと。
そうして日は経ち、受験日。
あの日以降、一緒に帰ってもすぐに別れ、全く時間が取れなくなった千鶴のことが気になっていたけど、今はそれよりも目の前のことに集中しないと。
受付で渡された受験票に割り振られていた教室の前で深呼吸する。静かな空間で、自分の呼吸がよく聞こえてきた。
すこし早く来てしまったけど、ギリギリに到着し、焦りを残したまま受けるよりかは幾分もマシだと思い、扉を引いた。
「…………」
まだ他に誰も来ていない。
あまりの静けさにそう思っていたはずの彼は、なかで待っていた一人の人物に開いた口が塞がらない。
「将くん、おはよう。今日は一緒に頑張ろうね!」
笑顔満開で、当然のようにそこにいる彼女に。
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