元声優志望の声優事務所マネージャーは、鏡が怖い声優少女の声に焦がれる。

@sinotarosu

第1話


「ねえ、マネージャー。私、自分の顔が嫌いになっちゃった」

 事務所内、ボクらだけの空間。両手で顔を隠しながら、彼女————ハルカはボクにそう言った。

 ハルカ————長い黒髪に低身長。先程写真集に載せる為の撮影を終えたばかりだから、衣装ドレスを纏っている。


 ボクは今、24歳だ。新卒でこの声優事務所に入社して、丁度1年。

 ハルカは、ボクが入社するよりずっと前から人気を博している有名声優。

 若干13歳でデビューしてから、現在17歳の……まだ高校生。

 どんなに有名と言っても、人気女性声優の中には、彼女のような未成年の少女が多い。

 昨今の声優は演技だけでなく、ラジオ番組の出演や握手会、キャラクターソングの歌唱等、アイドルのような仕事をこなす事も要求される。

 声だけでは食べていけない時代に突入したのだ。

 女の子の声優ならば、男性声優以上に、ルックスも重視されるだろう。

 マネージャーとしてのボクの仕事には、そんな精神的に不安定な時期の少女達のメンタルサポートも含まれている。


「どうした、ハルカ?」

「これ……見て?」

 ボクに携帯の画面を見せるハルカ。某SNSのつぶやきだ。

 そこに書かれていたのは————、


「あの子、笑顔がいつも作り物臭いんだよなぁ。ラジオも何か喋り方ぎこちないし」「声はカワイイけど、それだけって感じ」「ていうか、ハルカの顔ってぶっちゃけブスだよねwww」


 似たようなつぶやきが、画面をスクロールする度に表示される。今スクロールしただけで、軽く100のつぶやきは超えているだろう。

 だが、それらより問題なのは————、

 検索履歴の方だ。「ハルカ 顔」「ハルカ ブス」「ハルカ 見た目」「ハルカ 評判」……。

 ハルカは、自ら自分がネガティブになるような情報を拾いに行っている。

 ————おそらくだが、こうやってエゴサをかける事で、お客さんに自分の欠点を指摘して貰い、治そうと試みているのだろう。

 それは、彼女がストイックであるというプラスな側面でもある。

 しかし、過剰過ぎるストイックさは時に自分のメンタルを破壊する原因となる。

「マネージャー……私、整形したい」

「バカ言うな。お前の顔のどこにメスを入れる必要のある箇所があるってんだ?」

 過酷だな、若い女性声優というモノは。

 彼女と同じくらいの年齢で人気を博している声優は、昨今多い。

 10代の女性声優同士で人気の奪い合いをする場合、トップクラスともなれば声のレベルは同じとなる。

 となると、容姿や表情といった要素が勝敗を分ける事になるのだ。

「私、ランキング7位まで下がっちゃったんだよ? これじゃ、新しく入ってくる子達に追い抜かれちゃう……」

 机の上に、開かれた雑誌が置いてある。

 そのページの見出しは「10代女性声優人気ランキング」。

 ハルカはデビュー当時こそ1位だったが、この4年間で7位まで転落した。

 ハルカより高いランクにいる子達の中には数名、彼女より若い年齢の少女もいる。

「……」

 ボクは、彼女になんて声をかけてやれば良いのだろう?

「ずっと一位でいられる人間なんて、この世にはいない」「こんなランキングは、出版社の編集者達が勝手に操作しているだけのランキングだ」「SNSでお前を誹謗中傷しているヤツなんて、お前のファンの中の一握りだけだ」————これら、どの言葉でも彼女を救える気がしない。

 ……とはいえ、ボクもこの事務所に入社するまでは、彼女の表面しか知らなかった。

 正直、ボクは彼女にお近づきになりたくて、この事務所のマネージャーになったのだ。

 下心だった。大学生時代は彼女の事を、「誰にでも笑顔を振りまく天使」だと思っていた。

 がしかし……仕事をしていく内に、何度も彼女の内面に触れた。

 天使のような外面を持つハルカは、張りボテだったのだ。

 内側は……4年かけて、既にグチャグチャ。

 机の上に置かれた雑誌の隣には、彼女が医者から貰っている内服薬が置いてある。

「ゲホッ、ゲホッ……」————咳き込むハルカ。

 彼女の体を蝕んでいるのは、社会なのだろうか? 彼女自身なのだろうか?

 

「ハルカさんは、おそらく醜形恐怖症に罹っていますね」

 病院にて、ハルカの罹りつけ医に、ボクはそう言われた。

 

 ハルカは、若干13歳にして、女性声優の頂点に昇りつめてしまったのだ。

 一度頂点を極めてしまえば、後は下がるか、維持するしかない。

 そのプレッシャーが、4年かけてハルカの心と体を蝕んでいったのだ。


「私……鏡が……写真が……怖いよ……」

 ボクの袖を握る彼女。助けを求めてきている。

 ボクは……彼女に何をしてあげれば良いのだろうか?

 ————ボクは、ボクの今までの人生を振り返る。

 小、中、高とフツーに勉強してきて、それなりに良い大学を卒業した。

 ボクは冒険を、一度もせずに人生を送ってきたのだ。

 ……いいや、一度だけ————、

 一度だけ今までの人生で冒険した事があるとすれば————、

 ————冒険し、失敗に終わった事があるとすれば————、

 その失敗経験を使って、今の彼女を救えるかもしれない————。


「ハルカ、今から街に出よう!」

「……え?」

「台本は持って行けよ」

「……台本?」


 駅の広場。行き交う人々。

 雑踏の中で、ボクとハルカは、「台本を手に持って」向かい合う。

 ちなみにハルカの方は赤いロングヘアのウィッグを付けている。服装は当然、私服で。身バレ防止の為だ。

 ————————始める。

「ジャンヌ、お前が俺達の裏切りモノだったとはな!」

「フフフ……見抜くのが遅いわよ、ジョナサン。私は既に『宝石』の在り処を突き止めた」

「それをどうやって!?」


 掛け合い練習だ。

 普段スタジオ内で、こんな練習はしない。素人のボクとの練習なんか、相手になるワケがないのだ。

 ましてや、駅の広場での練習だなんて……。 


 当然、声を張り上げていると嫌でも————、

「うお、演技の練習だぜ」「右の子、超上手くない?」「左が下手過ぎるんだろ?」「右の子が上手いだけだってば!」

 素通りするカップルの声が聞こえる。

 

 20分して、一息つく。

「マネージャー……一体何でこんな事するんですか……」

 息を切らすハルカ。かく言うボクの方も既に息切れ状態だ。

「ボクさ……こう見えて実は、高校までは声優志望だったんだ」 

「……え?」

「でも途中で断念して、専門学校じゃなくて大学に行く事にした。ボクには、あからさまに才能が無かったんだ。今の掛け合いで、よく分かっただろ?」

「…………ハイ」

「手厳しい返答だな。まあ、事実だから言い返せないけど。でも、声優業に携わる夢を、どこか諦め切れずにいた。大学生時代、アニメでハルカの声を聴いて、一発で魅了されたよ。高校生の頃からそれなりに声優オタクだったから、上手い下手はある程度分かっていたし。ボクはね、君の容姿や表情が好きだからこの事務所に入ったんじゃない。君の声が大好きだから入ったんだ」

「…………」

「気持ち悪くて、ごめんな? けれど本当にそう思って入社したし、今でもそうだ。君の声がボクにとっては、この世で一番素敵な声なんだ。君の容姿を見る前から、アニメで君が演じたキャラを追っていくうちに、君と結婚したいと思うようになっていたくらいだ」

「ど、どさくさに紛れてとんでもない告白しないで下さいッッッ」

「もしハルカが、まだ自分の見た目を気にしているならば、いっそ見た目を気にしたままだって良いよ。君には、君の見た目レベルなんて帳消しにしてしまうくらいの、美しい声があるんだから」

「……そんな事言っても……」

 とその時、通りすがった高校生男子の集団が————、

「あの人、超可愛くね? 声も良かったし!」「隣のヤツ彼氏? 不釣り合い過ぎだわー」「俺もあんな彼女ほしーわー!」

 

「ハルカ……君は間違いなく、見た目も『カワイイ』よ。これからも、定期的にこの広場に来よう。落ち込んだら、その度にボクと一緒にここで掛け合いすれば良い。それを繰り返していけば必ず、君は自信を取り戻す事が出来る」

 ————俺の声優としての才能の無さを使って、お前を引き立ててやる————。

 それは心の中だけで思い、口にしなかった。


 彼女は上目遣いで俺を見つめたまま————、

「うん、約束だよ。これからも、私と一緒にここに来てね」

 彼女の表情には、僅かだが綻びが出ていた。


 一ヶ月後、彼女は声優ランキング6位に。

 もう一ヶ月後、ランキング5位に。

 更に一ヶ月後、3位に。

 そして————一ヶ月後————1位へと————返り咲いた。 

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