第2話 契約内容をご確認下さい

 大陸の南に位置するトアル王国の王都に、極上の美女、美少女のみを扱うと評判の奴隷商人がいる。大通りの一等地にそびえる大型商業施設の裏手に、ひっそりと立つ五階建てのビルの入り口には「ゼゲンスキー商会」のプレートが掛かっている。


「ようこそいらっしゃいました。私が当商会の主ゼゲンスキーでございます」


 応接室のソファーに座る今回の客はイグニスという王国の貴族で、爵位は子爵という壮年の男だ。金回りが良いという評判の反面、先祖の財産を食いつぶす放蕩者との悪評もある人物で、美食に肥えた肉体と脂ぎった顔面が悪評の方を裏付けている。


「こちらの奴隷は美女揃いとか。ひとつ見せていただけますかな?」

「もちろんです」


 ゼゲンスキーが白手袋の指を鳴らすと、扉を開いて五人の美女が入室してくる。いずれも身体のラインが透けて見える薄布のドレスを纏い、右から順に「金髪」「赤毛」「ピンク髪」「青髪」「黒髪」と並び、髪型は「ポニテ」「ツインテ」「ツインテ」「ショートボブ」「ポニテ」となっている。


 勝ち気な笑みを浮かべる者、オドオドと恥じらう者、淑やかに目を伏せる者、上目遣いに睨む者、またある者は妖艶な微笑みを浮かべていた。


「これは聞きしに勝る美女揃いですな。大した品揃えだ」

「恐縮です」


 女たちを眺めて好色な笑みを隠そうともしないイグニスに、軽い会釈を返すゼゲンスキー。女たちは一言も発さずに商談の行方を見守っている。


「彼女たちをお求めであれば、一人につき金貨二百枚。契約内容をご了承頂ければ、本日のお持ち帰りも可能です」

「これだけの女だ。決して高い買い物ではない。して契約内容とは?」


 奴隷商人は分厚い紙束を取り出してその一枚を指で摘むと、イグニスの目前に運んだ。


「週の労働は四日までとし、二日以上の連続勤務は不可。一日の仕事は八時間までとし、合間に九十分の休憩を与えて下さい。残業や休日出勤は奴隷当人の了承が必要で強要は出来ません。雇用主の立場を利用した了承の強要はこれを禁じ、これと並んで夜伽の強要は禁止…」


 つらつらとそらんじられる契約内容を聞く内に、色に蕩けていたイグニスの表情が強張っていく。奴隷と言えば酷使するモノという固定観念に凝り固まった貴族のボンボンにとって、労働条件などという概念は寝耳に水だった。


 しかもその中にはサラリと「夜伽禁止」の項目がある。これでは美女を求める意味など無い。


「条件が少々煩雑はんざつに過ぎませんかな…」


 しかし愛玩目的に買い求めると告白するのは貴族の体面が許さない。この様な事はわば「暗黙のルール」として扱われるべきなのだ。


「これは異なことを仰る。当商会の商品たるこれらの女は、身元も確かで高度な教育を修めた才媛揃い。身体的にも健康でご覧の通りの容姿の持ち主です。それを金貨の二百程度で所有できるとお思いか?」

「ど、奴隷とはそういうものでは…」


 早口でまくし立てる迫力にイグニスが仰け反ると、ゼゲンスキーは右目を見開き左目をすがめ、口が裂けたような笑みを浮かべる。ちなみに金貨二百枚は郊外に屋敷が一軒立つ金額だ。


「これで終わりではありませんよ。食事は日に三回、栄養バランスとカロリーを考慮した献立で与える事。奴隷は所有物ゆえ給料は必要ありませんが、月に金貨十枚程度の小遣いを支給…」

「ちょ、待っ…」

「年に三度は十日間程の休暇を与え…」

「も、もう結構だっ!」


 この男は自分に奴隷を売る気がないのだ。だから常識外れの無理難題を押し付けて追い払おうとしている。イグニスの苛立ちは、そうでなくても少ない許容量の限界まで達していた。


「しかしっ!!!」


 ソファーから腰を浮かした放蕩貴族を、ゼゲンスキーの左手が制止する。


「もしこれらの女が主人たるイグニス様に粗相を働いた時には…」

「時には…?」

「『折檻オシオキ』の権利は、契約にて保証されております」

「何と…!」


 それだ、そういう事だ。やはり名うての奴隷商と言うだけはある。この男はやはり「分かって」いる!イグニスのたるんだ顔に脂汗がドッと吹き出すと、同じく脂汗を浮かべたゼゲンスキーがグイと顔を寄せてきた。


「し、放題ですぞ?」

「し、放題とな?」


 興奮した顧客が熱い吐息を放ち始めると、すんと真顔に戻ったゼゲンスキーが女たちを振り返る。それに釣られたイグニスが血走った目を向けると、女たちが銘々に浮かべていた個性的な表情は消え失せていた。


「そうだな?お前たち」


 主に促された五人の女たちは、すんとした真顔で声を揃える。


「「「はい。でも私、失敗しませんので」」」


 イグニスは無言で商会を後にした。

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