33話 恐れていたこと
<七下 秋>
5限目の休み時間。僕は頬杖を突きながら窓の外を眺めていた。
「おい、あいつやっぱり……」
「前もなんか変だったよな~噂のこと聞かれても違うとも言わなかったし」
「七下君、そんな人だったんだ……」
「でも、義理の兄弟だから別にいいんじゃない?私はそこまで気にすることかなって感じだけど」
「いやいや、相手があの七下莉玖でしょ?ほら、あの真っ赤な目の」
「ああ~~~なるほど」
…………疲れた。
彫刻刀で精神が削られて行くみたいな感覚だった。裏でとやかく言われるのはこんなにも疲れるのか。莉玖は、ずっとこんな経験をしてきたのか。
前からもちょくちょく話題になっていた僕と莉玖の関係は、今日になって本格的に全校に広まったらしく、誰もが僕に好奇の視線を送っていた。
今さらながら、莉玖がどれだけ校内で存在感を持っているかを思い知った。まさかここまで盛り上がるなんて……。
「……………………」
「……………………」
そんな中、ちょうど僕の斜め前の席に座っている江藤さんはずっと気まずそうに俯いているだけだった。友達と話をしていても、どこか上の空になっているように見える。
……噂の源は、間違いなく江藤さんなのだろう。ちょうど、僕が江藤さんを拒絶した来日からこんな事態が起きたんだから。
恨めしい気持ちがないわけでもないが、江藤さんの気持ちを考えたら仕方ないとも思う。たぶん、江藤さんと前のように話を交えることはもう二度とないだろう。
そうやってすべてを達観していた際に、ギギギと教室の前の戸が引かれた。
「お~~い。秋!呼び出しだぞ」
「は?」
声の主は、一翔だった。
クラスメイト達の視線を一気に浴びながらも、ヤツは訳知らん顔で僕に近づいてくる。
「ほら、大山先生がよ」
「……大山先生って、一年の?」
「そうだよ、俺らの担任だった先生。職員室に行った時に連れて来いって頼まれてな」
僕が知る限り、今年の大山先生は莉玖の担任を務めているはずだ。なのに、わざわざ僕を呼び出す理由って……まさか。
「分かった、ありがとうな」
「おう」
僕は、すぐさま席から立ち上がって教室を出て行く。もうすぐ授業が始まると言うのに呼び出されたのだ。嫌な予感しかしない。
ほぼ駆け足で職員室に向かおうとしたところ、ちょうど背中で一翔の声が響いた。
「おい、秋!」
「うん?」
「大丈夫か?」
若干呆れたようにも見える苦笑交じりの顔を見て。
僕はぷふっと噴き出しながら、何度も首を振った。
「いや、全然」
「だろうな」
「……一翔」
「んだよ」
「お前、もう僕とは絡まない方がいいんじゃない?」
みんなの評判を考えたらな、と付け足そうとしたところで、一翔は肩を竦める。
「さて、何言ってんだか分かんねーな」
「………………一翔」
「早く行け」
「………………………」
本当に、ありがたいとしか言いようがない。
「サンキュー」
「おう」
応援を後にして、僕は速足で職員室に向かった。授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る頃には、なんとか職員室にたどり着くことができた。
さっそく中に入って、僕は大山先生の方へ足を向ける。
「ああ、来たか。七下君」
「お久しぶりです、先生………って」
そして、目の前に広がった光景に、僕はつい息を呑んでしまった。
大山先生の後ろに並んで座っている、名前も知らない女の子と莉玖。
そのギャルっぽい女の子は下の唇を噛みながら悔しそうに息巻いていて、莉玖はそれとは逆に物凄く落ち着いているように見えるけど……いや、違う。あれは落ち着いているのではない。
あれは、罪悪感に苛まれているのだ。罪人のように首を垂れて、僕が来たことを知っていながらも莉玖は顔を上げようともしなかった。
「ここで話すのもアレだし、ちょっと場所を移そうか。武田先生、少しの間あの二人を見ていてください」
「はい」
いくら莉玖に目を向けても、莉玖は視線を合わせてくれなかった。
もどかしさで弾けそうになった胸を抱えて、僕は大山先生に倣って職員室の隅に置いてある相談室に入る。お互い椅子に座って向き合うと同時に、大山先生は話を切り出した。
「さて、突然呼び出して申し訳ないけど………実はね。君の妹が、人を殴ったんだよ」
「……………………………………………………はい?」
文字通り、頭が真っ白になった。
言葉に追いつけずにぼうっとしていたら、間抜けが声が漏れてしまっていた。理解ができなかった。
莉玖が、殴った?人を…………?あの莉玖が?
「ちょっとした喧嘩が起きたんだよ。どうやら、莉玖君が先に
「…………………………………」
「君の両親……つまり、莉玖君の両親にも既に連絡はしておいたよ。お互い激しく騒ぎを起こしたのだから、さすがにこっちも連絡せずにはいられなくてね。で、ここからが本番だが」
「…………………………」
「莉玖君が、どうしても理由を教えてくれないんだよ」
先生はふうとため息をつきながら、困った顔でそう言ってくる。
「僕がどれだけ聞いても、莉玖君は一言も喋ってはくれないんだ。口を噤むことで立場が不利になるのは莉玖君なのにね」
「………………………………」
「だから情けないが、ぜひとも君に協力して欲しいんだよ。莉玖君を上手く宥めて、自分から理由を述べるよう仕向けてくれないかね。莉玖君は成績も優秀で礼儀正しく、他の生徒たちの模範となる生徒だ。莉玖君が何の理由もなしに手を出したとはとても思えん」
……………理由、か。
莉玖が、他の人に手を出した理由なんて……そんなの、決まっているじゃないか。
僕が罵られたか、池田が罵られたかのどっちかだ。
「莉玖君がこのまま口を噤んでいたら……さすがに退学までは行かないと思うが、停学処分は免れないだろう」
「………停学、ですか」
「ああ、僕は3日くらいの停学処分を予想している。来週の週明けには期末テストもあるし」
「………そうですか。ちなみに、ウチの両親はなんて言ってたのか教えていただけますか?」
「仕事を早めに切り上げて、学校に来ると仰っていたな。たぶん、緒方君の両親と話し合いをすることになるだろう」
……………ヤバい。思ってた以上に事態が深刻なのかもしれない。
莉玖を宥めること自体は、容易いことだった。莉玖はとにかく僕の言うことだけはちゃんと聞いてくれるから、あのままずっと口を割らないことはないだろう。
でも、問題は両親に報告が入ったという事実だ。
もし、両親に僕たちの関係を勘ぐられたりでもしたら……最悪な状況になるかもしれない。莉玖に好意を寄せていた時からずっと恐れていた、最悪な事態が目の前に、迫ってくるかもしれない。
「……分かりました。やってみます」
でも、ここでのんびりしているわけにもいかない。
莉玖と一緒にいると決めたんだ。莉玖があんな風になったのは、間違いなく僕のせいだ。
辛い思いをしている妹に、僕は何かを与えなければならない。
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