雪解け

口羽龍

1

 年が明けて間もない北海道。この時期はどこもかしこも雪が積もっている。厳しい環境の中、ここに住む人々は、雪が解けて春が来ることを今か今かと待っている。


 北海道は明治時代から開拓が開始され、そして多くの市町村が開かれた。厳しい環境の中、そこに住む人々は農業などを営み、生活してきた。だが、高度経済成長の頃から若い人々は豊かさを求めて札幌などの都会に出て行き、農村は過疎化が進んでいった。そして、消滅する集落や、合併した市町村も出てきた。


 また、北海道は炭鉱も栄えてきた。北海道のあちこち、特に夕張には多くの炭鉱ができ、多くの労働者が働いた。だが、高度経済成長と並行するように起こったエネルギー革命によって炭鉱は閉山していき、今では全てなくなった。そして、炭鉱のあった場所は元の自然に帰りつつあるところも少なくない。


 北海道には網の目のように鉄道が敷かれていて、また多くの路線の計画もあった。だが、過疎化や炭鉱の閉山が原因で多くの鉄道は廃止されていき、計画されていた鉄道の多くは頓挫してしまった。消滅した集落は元の自然に帰ろうとしている。


 幌鞠(ほろまり)は北海道のほぼ中央にある小さな村。かつては鉄道が走っていたそうだが、今では廃止された。ここは北海道でも最も寒いと言われている場所で、冬は氷点下30度が当たり前と言われている。かつては数百人が暮らしていたが、今では50人ぐらいになってしまった。ここの厳しい環境を捨て、都会に移り住んだからだ。


 雪の壁が左右にある一直線の道を、1台のミニバンが走っていく。ここを走るのは、バスがほとんだ。ここを車が走るのは珍しい。だが、幌鞠に住む人々にとっては重要な道路だ。


 ミニバンの一番後ろには、1人の男の子が座っている。谷川達也(たにがわたつや)だ。達也は辺り一面の銀世界に驚いている。これが北海道なのか。図鑑でしか見た事がない。寒いけど、それを忘れるぐらい美しい。


「ここが幌鞠?」

「うん」


 運転をしているのは、幌成健太郎(ほろなりけんたろう)。幌鞠でパン屋『キマロキ』と、簡易宿泊所『ホワイトアロー』を営んでいる。


 キマロキは蒸気機関車を使った雪かき編成の愛称から取った。ここの作るパンは無添加でおいしい。店での売り上げは決して良くなく、口コミでやって来た人ばかりだ。だが、そのパンのおいしさは知られていて、インターネットでの注文が大きな収入源となっている。


 達也は東京23区の出身だ。東京には滅多に雪が降らない。降っても10センチ積もるぐらいだ。雪はすぐに解けてしまう。雪が降ったら、学校では雪合戦をするのが定番だ。みんな楽しそうに遊んでいて、達也も楽しく遊んだ。


 達也は今日から幌鞠に住む予定だ。東京から北海道の幌鞠に移り住んだのは、両親が交通事故で死んだからだ。そのため、母の妹、さくらの住んでいる幌鞠に引っ越す事になった。だが、達也は思っていた。大きくなったら、また東京に帰るんだ。こんな寒くて厳しい環境の幌鞠になんか、住みたくない。


「こんなに積もってるなんて」

「毎年これが当たり前だよ」


 健太郎はこれだけの雪に全く驚いていない。この時期はこれだけ降るのが普通だ。これでも少ない方だ。


「そうなんだ」


 達也は下を向いた。こんな厳しい所で、生きていけるんだろうか? 東京にいた方がいいんじゃないだろうか?


 しばらく走っていると、1軒の家が見えてきた。雪に埋もれた看板には『石窯パン』と書いてある。ここが健太郎の家だ。


 ミニバンは家の前に停まった。辺りに車は停まっていない。パン屋の横には家がある。そこが健太郎の家のようだ。


「着いたよ」


 健太郎に続いて、達也は出てきた。達也は家を見上げた。東京ではマンションに住んでいたが、今日から1件家だ。どんな生活になるんだろう。


 達也はパン屋を見た。パン屋は古い木造で、入口には『キマロキ』と書かれている。キマロキとは、どういう意味だろう。達也は首をかしげた。


「ここが『キマロキ』?」


「うん。かつてこの地を走っていた塩鞠(しおまり)線で走っていた雪かき車の名前から取ったんだ」


 このパン屋は、かつてここを走っていた塩鞠線の幌鞠駅の職員詰所をリフォームしたものだ。この辺りは豪雪地帯で、冬になると早朝によくキマロキが走り、鉄路の安全を守っていたという。


「ふーん」


 達也は鉄道に興味はあったものの、そこまで好きではない。だが、SLを見ると興奮してしまう。力強くて、魅力的なのがいい。


 家から1人の少女が出てきた。健太郎の長女、瑞穂(みずほ)だ。達也が来るのを待っていたようだ。


「ここのパンって、とってもおいしいの。こんな不便な所にあるけど、インターネットの通信販売で人気なの」

「そうなんだ」


 インターネットの事はよく知らないが、ここのパンはとても有名なのか。テレビでも見た事がない。ひょっとしたら、テレビに映る日もあるかな?


 3人は家に入った。家はつい最近建てられたような新しい鉄筋コンクリートで、中は暖かい。


「ただいまー」


 その声に気付いて、健太郎の妻、さくらがやって来た。さくらは健太郎と2人でパン屋を切り盛りしているが、たまに長女の瑞穂や長男の宗也(そうや)が手伝う事もあるという。


「おかえり。あら、たっちゃん、初めまして」


 さくらは笑顔を見せた。達也と暮らすのが楽しみなようだ。


「今日からよろしくお願いします」


 達也はお辞儀をした。だが、少し複雑だ。やはり東京がいい。豊かで便利で、色んな物が手に入る。ここにはない魅力がある。


 と、健太郎はすぐにパン屋に向かった。達也はその様子を見た。健太郎はパン作りで忙しいようだ。


「あれっ、行っちゃった」


 もっと一緒にいたかったのに。きっと忙しいんだ。


「パパ、パン作りで忙しいの」

「ふーん」


 達也は靴を脱ぎ、自分の部屋に向かった。その部屋は1階にある。ここは去年亡くなった健太郎の母が使っていた部屋だ。瑞穂と宗也の部屋は2階にある。

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