栞を挟んで
湖都
第1話 目覚める
カーテンから漏れた朝日が寝不足の目にしみる。遠くからは小学生のはしゃいだ声と通り過ぎる電車の音がかすかに聞こえた。ゴミ収集車から聞こえる「赤とんぼ」が響いて二重に聞こえる。いたっていつもどおりの朝。
二度寝の危険さを知っているので布団に引きずり込まれる前に身体を起こすと、身体の節々が悲鳴をあげた。ソファーで寝たのなんていつぶりだろうか、と寝ぼけた頭で記憶をたどる。よく思い出せなくて諦める。
「んーっ、」
伸びのお供に大あくび。きっとみっともない顔をしているのだろう。人間、これくらい適当な方がよく見えるもんだ。よし、さっさとご飯にしてしまおう。
「ん?あれ?」
伸びの中途半端な体制のまま、はたと止まる。いったいなぜ寝室で寝ていないのだろう。律儀に布団まで持ってきて、寝落ちにしては準備が万端すぎる。見たかったドラマや映画も特にないので、そこまでしてソファーで寝る理由も思い当たらない。理由もなくソファーで寝る趣味もない。
混乱する頭で居間を見渡すと、来客用のマグカップと市販の頭痛薬の外箱が乗った盆が目に入った。
「え、あ...。」
思わず情けない声をだす。
一気に目が覚め、さっと血の気が引いた。思い出した。昨日男の子を拾ったことを。
いや、夢かもしれない。変なところで寝たのでうまく寝付けなかったのだろう。うん。きっとそうだ。そうに違いない。
一応、念の為、もしかしたらがあるので寝室を確認する。
「失礼しまーす...」
自室の扉を開けるのに恐る恐る、というのもおかしな話だが、音をたてないように気をつける。
するとそこには、来客用の布団と毛布を首までかけて大きな身体を丸め、規則正しい寝息をたてる一人の成人男性の姿があった。紛れもない証拠だ。
「ん...」
タイミング良く、まだ眠そうな声を上げながらその人は目を開いた。
「ん〜っ」
グーンと音がしそうな伸びと大あくびをしながら身体を起こす。長いまつ毛がかかる目はしょぼつかせながら私を捉え、しばし時が止まる。
「え、あ、その」
元彼でさえ部屋に入れてこなかったのに、名前も知らない青年が寝室にいることへの戸惑いと、断りもなく寝ているところを覗いてしまったという申し訳無さが混ぜ合わさって言葉が出てこない。むしろ、叫びださなかった自分を褒めたい。
「あ、おはようございます。」
ベッドの上で座ったまま、ペコリと軽く頭を下げる彼。動揺しまくった私とは正反対で落ち着いているところがなぜだか悔しい。確実に年下なのに。
「あ、なるみやことはです。あ、あの...大丈夫ですか、?」
「いちのせゆうとです。お陰様で少し落ち着きました。」
「よかった...。と、とりあえず朝ごはんにしましょうか。詳しいことはその時に...。」
こうして青年との一回目の朝を迎えた。何から何まで健全で潔白な朝である。
***
「美味しい...」
「ありあわせのものしかなくてすいません。」
どうやら、いちのせくんは私の味噌汁がお気に召したらしい。母直伝の味噌汁はいつだって人を元気にする。昨日出会った人にご飯をだすことなんて無いので少し心配したが、本当に美味しそうに飲んでくれるのでこちらとしてもありがたい。
「いちのせさんってどういう字書くんですか?」
「漢数字の一に瀬戸の瀬で
「成金の成に宮廷の宮で
一瀬夕燈くんか。きれいな名前。
「一瀬くんのこと聞いてもいいですか?あ、いや、言いたくないことは言わなくても全然大丈夫なんで!」
「いえ、大丈夫ですよ。」
よく考えたら職務質問のような、誘拐犯のような質問をいきなり浴びせてしまい、一人で焦った。毎度まいど、彼の落ち着きようには驚かされる。
「んー、年齢と職業は?」
「22ですけど、休学中の大学2年生です。」
未成年じゃなくて良かった...。しかし一つ問題が起こる。もしかして22歳からしたら25歳の私って、アラサー、?先に年齢いえばよかった、と激しく後悔。余計に言い出しにくい。
「それで、一瀬くんって昨日のこと、」
「そうですね、詩葉さんには話します。でも、迷惑になりませんか?」
「それは聞いてから考えます。」
さらっと年齢から話を逸らすことに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます