夕日に写る君
虹のゆきに咲く
第1部 波音が君を呼ぶ
第1話 夕日が姉妹を包む
大平洋戦争も終わり、戦後の日本も再生に向けて走り始めていた。
その中に彼女達がいた、それは繊細の中に存在した。
彼女達とは仲の良い二人姉妹、二人がこれから体験していく事とは?
そして、歩んでいく道とは何だろうか?
なにやら、一人の少女が呟きながら女学校から家路へと帰っていた。
今日は夕日がきれいだな。
あそこの野原に横になろう。
ああ、今日も試験の結果が悪くて先生から怒られたな。
私って頭が悪いのかな?昨日、あれだけ勉強したのにね。
まあ、いいか、よし、頭の休憩、休憩。
そこに一人の若き青年が現れ少女に話しかけた。
「どうしたの?さっきから、独り言を言って。」
突然話しかけられた少女は驚きを隠せなかった。
「ええ、聞いていたのですか?」
「ああ、鳥のさえずりが聞こえてね。」
「どのような、さえずりでしたか?」
「君みたいな、可愛らしいさえずりかな。」
「私を鳥だと思っていらしゃったのですか。」
「君も可愛いね。」
「じゃあ、私が鳥なら、あなたの肩にとまっていいですか?そこからなら、夕日がもっときれいに見えます。」
男は困る様子もなく、少女の可愛らしい要求に答えた。
「じゃあ、ほら、僕の肩に乗せるよ。」
「駄目です……」
「どうして?」
「恥ずかしいですし、私は重いですよ。」
「だって、君が僕の肩にとまりたいと言っただろう。」
そこに、別の男性がやってきて青年に声をかけた。
「おい、川崎、そろそろ行くぞ。」
「わかりました。それじゃね。」
「はい。」
少女は自宅に帰ると、息もとまらない勢いで姉と思われる女性に話しかけた。
「お姉さん、お姉さん。」
「どうしたの?琴音。」
「学校からの帰り道に野原があるでしょ。」
「うん。」
「そこに、カッコいい人がいて、私のことを可愛いって言ってくれたの。」
「本当かな?からかわれたんじゃない?」
「ちがうわよ。だって、私を肩の上に乗せようとしてくれたの。川崎さんという人だったの。とてもカッコいい人だったな。今日は学校の先生に怒られたけど、いい日だったな。」
「もしかして、琴音はその人に一目惚れかな?」
「うん。」
「いいな、私も好きな人ができたらな。」
「そうよ、水江、あなたもいい年頃だから、早くいい人をみつけなさい。」
「そうね、お母さん。」
水江は自宅の近くにある小さな工場で働いており、中年の上司から注意されていたのだった。
「水江さん、もう少し早く仕事を終わらせないと駄目じゃないか。」
「申し訳ありません。」
「もう、この仕事も2年経つじゃないか。そろそろ、一人前にならないと困るよ。」
それは、ある日のことだった。工場長が新入社員を紹介するために工場に訪れた。
「みんな、紹介する。今日から、新しく働くことになった、渡辺君だ。よろしく頼む。」
「はい、工場長。」
「彼女は我が工場の唯一の花である、桑山水江さんだ。間違っても手を出さないようにな。」
「はい。」
ははははは
「そういえば、渡辺君の歳はいくつかね?」
「24歳です。」
「水江さんが20歳か、年も近いから、交際でもすればどうかね?」
「工場長、さっき、手を出さないようにと言ったのに。」
「冗談だよ。渡辺君、君もまだ若いな。」
ははははは
工場内では賑やかな笑い声が響き、周囲の同僚は二人に気を使ったようだ。
「よろしくね、水江さん。」
「はい、渡辺さん。」
「工場長もああ言っていたからな、おじさん連中は先に帰るとするか。」
「そうだな。」
水江は恥ずかしかった。
「もう、からかわないでください。」
「おじさん達の優しさだと思え。」
「ごめんなさい。渡辺さん、気にしないでくださいね。」
「大丈夫だよ、水江さんはここで働き始めて長いのかな?」
「いえ、まだ、二年ほどの経験です。でも、仕事にミスが多くて班長からいつも叱られてばかりです。」
「大丈夫だよ。何事も経験だよ。水江さんは何か趣味があるのかな?」
「趣味ではありませんが、海を見に行くのが好きです」
「じゃあ、今度、一緒に行こうか?」
「はい。楽しみです」
「班長達が帰ったら、僕達も帰ろう。」
「はい。」
仕事が終わり、水江と渡辺はどうやら意気投合したようだ。
水江と渡辺は一緒に帰ろうとしていた時のことだった。工場は老朽化していた。
「渡辺さん、階段がありますから、足元に気をつけてくださ・・・あ・・・」
水江は階段から転び落ちそうになったのだった。
「大丈夫、水江さん。」
「痛い。」
「少し、足を見せて。足を捻挫したかもしれない。歩けるかな?」
「痛いです。」
渡辺は転んだ水江の事が心配でたまらなかった。
「じゃあ、僕の肩に寄り添って。」
「ごめんなさい。」
水江は恥ずかしかったが一人では歩けなかったので、渡辺の好意に甘える事にしたのだった。
「大丈夫だよ。家まで送っていくから。」
「ありがとうございます。」
二人は肩を組みながら、水江の家へ向かったが何かが二人を待ち受けていた。
「渡辺さん、疲れないですか?」
「そうだね、水江さんも疲れただろうから、そこの野原で休もう。」
「ごめんなさい。」
「大丈夫、気にしなくてもいいよ。」
「それより、夕日がきれいだね。」
野原の向こうには大きな夕日が美しく輝いていた。そして、二人を優しく包んでいた。
「本当ですね。そういえば、妹の話ですが、ここで素敵な男性と話をしたと言っていました。」
「そうなんだね。僕は素敵な男性ではないのかな?」
「いえ、渡辺さんが夕日に覆われています。」
「じゃあ、僕の顔がはっきり見えないじゃないか。」
「いえ、私にははっきりと見えます。」
「ハンサムかな?」
「それは秘密です。」
「そうか、それじゃ家まで一緒に帰ろう。」
水江は恥ずかしくてたまらなかった。それは渡辺も同様だったかもしれない。
「ありがとうございます。」
「家はここかな?」
「はい。今日はありがとうございました。」
「気にしなくていいよ。それじゃ。」
水江は自宅に帰り着いた。渡辺から送ってもらえて嬉しかったのである。
「ただいま。あ、痛い。」
「おかえり、お姉さん。どこか怪我したの?」
「工場の階段から落ちて捻挫したみたい。でもね、素敵な方が肩を組んで家まで送ってくれたのよ。新しく工場で働くことになった人なの。」
「わあ、いいな。お姉さん。」
「確か、琴音も野原でカッコいい人とお話をしたのよね。」
「私も、その方と野原でしばらく休んで話をしたの。」
「琴音が話しをしたのは確か、川崎さんという方だったよね。」
「そうよ。」
琴音は突然に家にオルガンがあった事を思い出し、水江に気になることを相談したのだ。
「お姉さん、そういえば私の家にはオルガンがあるでしょ。私はオルガンが弾きたくて。」
「そうね、お父さんが高いのにせっかく買ってくれたからね。」
「うん。」
「お姉さん、誰か教えてくれる人がいないかな?」
「学校の先生が教えてくれるでしょ。」
「私はあの先生は大っ嫌いなの。」
「そうなの?」
「うん、いやらしい目で私の事をみるの。」
「それじゃ、上達しないし、一人で練習はできないでしょ。」
「う~ん、でもオルガンを弾きたいな。」
「誰か教えてくれる人がいればいいのにね。」
「うん。」
澄み渡る姉妹の瞳に夕日はどのように写っていたのだろうか。
二人を静かに夕日は包んでいたのだった。
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