第2話 きっかけ

幼少期から 今まで歩んできた話を

目の前に座っている精神科の先生に話し終えた。


話す内容全てを紙に書き留めていた手が止まり 先生が目を合わす。


何処か哀れんだ そんな空気をかもしだしていた。


「よくここまで 生きてこれましたね。凄いですよ。本当に頑張ってこられた」


先生の顔が歪む。


いや 視界全てが歪んだ。


とっさにティッシュを渡され 涙で視界が歪んでいた事に気づいた。


「わ 私は…。私はもう 辛いです。私と関わる全ての人達が不幸になるなら いっそ死んでしまった方が 皆幸せになります。なのに 死ぬ勇気すらなくて。もうどうしていいのか」


わぁぁと 年甲斐もなく声を大にして泣き叫んだ。


聞こえてくる。


お前が悪いと。


お前が生きていると 全ての人達が迷惑だと。


頭にこだまする。


もうやめて‥‥私が悪いのはわかってる。


私が全て悪い


「私が悪い」


「いいえ」


鋭い声が聞こえた。


ハッと顔を上げると 優しく微笑む先生が首を横に振り


「貴女は 何も悪くありません」


と はっきりした口調で答えた。


両手を握り 前かがみになると 私の顔を覗き込み


「過去に経験した事を 無理に忘れるのではなく 少しづつ整理していきましょう。そうすると 貴女がこれまで経験してきた事は 貴女のせいではないと わかってきます」


確信を持った口調に


私は どう返事をしたら良いのかわからず


鼻をすすった。


「貴女は ずーっと洗脳されて生きてきたんですよ。だから けして貴女は悪くない」


「洗脳?私が?」


当時は 信じられなかった洗脳と言う言葉。


今思い返せば 確かにと腑に落ちる事がいくつもある。


なぜ 今まで気がつかなかったんだろう。


なんで 親の全てが正しいと思ってきたんだろうか。


先生は


「比べる家庭がなかったから それが当たり前になってしまったんだと思います」


確かに 友達の家庭もけして良かったと言える環境ではなかった。


似た物同士が惹かれ合う。


これが今言う 引き寄せの法則と言うものなのだろうか。


だから 私の家族は普通なんだと思っていた。


だから あえて自分の家族の話 家でおこった出来事を友達に話す事もなく


友達もまた 家族の話はしなかった。


きっとここで お互い家の話をしていたら


何かしら変わっていたのだろうか?


いいや 変わってないと思う。


だって私は もう親に洗脳されていたんだから。


きっと家族を否定されたら


家族を守る言葉を 友達に投げかけていたと思う。


それぐらい


私にとって 家族はこれが当たり前だとすりこまれていたのだ。


しかし 今は違う。


違うからこそ 何かに書き留め


残しておきたい。


これを見た誰かが もしかしたら自分も洗脳かもしれないと きっかけになってくれたら嬉しい。


普通なんて言葉は この世には存在しない。


なら 今の普通の生活も 普通の家族も


全て 自分の価値の普通であって


周りの普通とは違うと 


そして その周りの普通の感覚も


それぞれ自分達の価値の中だけの物だと気づいた時


何かに あれ? と気付かされる事があるかもしれない。


私と先生が出会ったように。

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