単発物語集

@naoyuki_sight

翼をください

子供の頃は空を飛ぶための翼が欲しい、と思っていた。

けど、こんなことになるなら「翼」なんて欲しくなかった。

そんなことを思いながら、私は自分の勤務先の屋上で佇んでいた。


「「翼持ち」が飛び降り自殺、か?」


2023/1/24、19:30。

後ろにいる男は無遠慮に私につぶやいた。

「翼持ち」。私の実家の近くに伝承として伝わっている、妖怪の一種……

だが、実際はただの人間として生まれ、中学校の頃から「自分にしか見えない」翼が生えてくることで自分が「翼持ち」だと理解する。


「だったら何よ。生憎だけど、私はもう生きていくつもりなんてない」


翼持ちの特徴は「幸運」であることだ。実際私は幸運な人生を歩んでいたのだろう。

生えてきた「翼」がうざったいこと、それを他人に話しても誰にも理解されないこと、

……好きになった人がパチンコで身を崩し、金を要求して暴力を振るうようなクズのまま、私のもとを去ったことを除いては。


「そんなことは望んでいない」

「なら、なんで私の邪魔をするの? 

 いくら「翼持ち」でも、ここから飛び降りればきっと死ねる」


家族には「辛かったね」と慰められ、友達には「あんな男別れて当然だったよ」と言われた。

けど、私にとっては唯一好きだと思えた人だった。

これは私の復讐だ。「翼」なんていらないものを与えた世界への復讐だ。


「……こっちを見ろ。そうすればきっと」

「無駄よ。本当は時間まであわせる予定だったけど、近づいてくるなら今すぐにでも飛び降りる」


2000/1/24 19:41。つまり、私の誕生日、誕生時間にここから飛び降りると決めた。

無関係な男が現れたことで決意をずらす、というのも情けない話だが、この男が私を止めるならそうするしかない。


「あんたが死んだところで世界は何も変わらない。

 これからも「翼持ち」は生まれるし、そいつらが不幸になることは止められない」

「「翼持ち」が不幸?」


いきなり何を言い出すんだこの男。

「翼持ち」は「幸運」である。その唯一の特徴が「不幸」だなんて信じられない。

その意図しなかった言葉に、私は思わず後ろを振り返ってしまう。


「……嘘」


その男には純白の、私と同じ大きな翼が生えていた。


「自分が異端だと自分一人が理解している。

 そして、同類に出会う確率は限りなく小さいという孤独。

 それを抱える「翼持ち」がどうして不幸でないと言える?」


なるほど。この男も「翼持ち」か。

これまで異端な幸運を抱え、私と同じように悩み、苦しんできたのだろう。

確かにこの男なら、私の気持ちを理解できる。

……だから、どうした。


「今更同類に出会ったからって何だって言うのよ?

 お互い傷のなめ合いをしながら生きていこうってでも言うつもり?」

「……そう取ってもらって構わない」


驚きに目を丸くする男に思わず拍子抜けしてしまう。

いや、あんたが孤独が不幸だって言うから乗っただけなんだけど。


「……私は高校時代からずっとあの人が好きだったの! 

 どんなに今がクズであろうと、思い出は消せないの!

 それを今更「あんな男はやめておけ」って引き離すなんて、そんなのおかしいでしょ!!」


思わず声を荒らげてしまう。

高校時代はサッカー部でかっこよかった。

私がマネージャーだった事もあってか、全国大会にも出られる部のキャプテンだった。

大学に入って、悪い先輩にさえ捕まらなければ、きっとあの人は……


「あんたはなぜ自分が幸運だと思っていた?」

「……はぁ?」

「お金に困らなかったからか? テストでヤマカンがあたったからか?

 かっこいい男に出会って結ばれたからか? 

 その全てが今を招いているというのに、どうしてそれを幸運と思えるんだ?」


……言われてみれば、確かにそうだ。

今不幸であるならば、これまでの過去の幸運にどれだけの意味がある?

そういう意味では今、ここで自殺しようとしている私は不幸なのだ。


「なら、このまま死ねば私は世界に「ざまあみろ」って言えるわけだ。

 ありがと。お陰で決意が固まった」


なんか、久々に笑った気がする。

そしてそれを見て顔を赤らめている男を見るのはなぜか気分がいい。

……が、それはそれ。これはこれ。

私が不幸であることは他でもないこの男によって証明された。


ビルの屋上から空を見下ろす。

うん。地上20階は寒いし風も強い。これなら確実に死ねるだろう。


「最後まで聞け! 

 俺たちの最大の不幸は、そうやって一度不幸に襲われただけですぐ折れてしまうことだ!」


ああもう、うるさいな。

風が強くなってきて、もうはっきり聞こえない。


「やめろって言ってるんだよ!!」


男が私の肩をつかみ、引き戻す。久々に感じる他人の体温……

いや、この男風邪引いてるんじゃない? 触れてる手がやけに熱いというか、なんというか。

違う。気にするべきは知らない男の体調なんかじゃない。

私はその手を外そうと力を込めるが、びくともしない。

というか、掴まれてる肩が熱かったり痛かったりするので、いい加減離せ。


「離してよ! 私はもうここで……」

「この23年間、ずっと「翼持ち」の同類を探していたんだ!

 せっかく見つけたのに、死なせてたまるか!」

「人の生き死にを勝手に決めるな!」


そんなことをしている間に、私のポケットのスマホが震える。

2023/01/24 19:41。つまり、私の計画していた時間が、今過ぎてしまったのだ。


「しまっ……」


それに気を取られ、男に抵抗する力が緩む。

当然あっちがそれを知る由もなく、男は私ごと後ろに倒れ込んだ。


「痛ってぇ……」

「……最悪」


どうやら男は頭を打ったのか、動きが緩慢だ。

計画は失敗したが、これで男の妨害が入ることはない。今のうちに急いで……


「あれ、19:40? じゃあ、さっきのバイブは……」


スマホを開いたときに目に入ったのは、私の好きだった元カレからのメール通知。

急いでそれを見た私は、その行動を心から後悔した。


『久しぶり! 今月ピンチだからまた金貸してくれない?🙏』


「……帰る」

「おい、一体、何がどうした……?」


いや、それはない。それはないでしょう。

勝手に消えて勝手に連絡して、挙げ句いきなり金貸してって?

こんな男のために私は自分の人生を終わらせようとしていたのかと思うと、馬鹿らしくなってきた。


「待て……」

「ねぇ、もしかしてあなた、風邪でも引いてる?」

「……ああ。薬買いに街に出て、見上げたら偶然「翼持ち」のあんたが居たから走ってきたんだよ。

 お陰で体は痛いし頭はフラつくし……」


ここでこの男を無視して行くのも良いのだが、考えてみれば彼は貴重な「翼持ち」。

同じ悩みの持ち主として、いっそ勢いで付き合ってみる、というのもありかもしれない。


「とりあえず、家まで送るから降りるよ。

 あ、タクシー代は後で出してね?」

「……わかったよ」


あっさりと次の方針を決めた私は、男に肩を貸し、ひいこらいいながら屋上を後にした。

さっきと言ってることが違いすぎるって?

……女心と秋の空ってやつよ。今冬だけど。

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