第31話 寝顔

 コンッ!とししおどしの音が静寂な空間に響き渡る。読者諸君、ここに来てようやく温泉回だ。あいにく俺は温泉などというものは生まれて初めてだ。マンガ喫茶で寝泊まりしていた時は簡易的なシャワーで済ましていたし、その前にアメリカにいた時なんて入浴の機会すら無かった。こんな俺へのささやかなご褒美と素直に受け取るべきなのか。


 あの東北の大震災での泥だらけの救出作業ののちに日本政府は俺たちに対して日本旅館を貸し切りにしてこのような慰安の場を設けてくれたというわけだ。滅多に島の外に出ない俺たち超人3名への粋な計らいなのかもしれないが俺として早く帰ってアニメを楽しみたいところではあるが。前にも述べていた通りいじくり上手の片井さんの第4期アニメ1回目も気になるところながらマイライブ!レインボードリームスの2期の続きも気になる。


 話があちこちに飛んですまない。とにかく俺は生まれて初めて露天風呂の温泉とやらにたった一人で浸かってる。空を見上げると夜空に星々が煌めいて見える。被災地ではひたすら泥水塗れで泥と自らの肉体が混じり合う錯覚を覚えたくらいだ。確かにあの地獄で身についた垢が洗い流されていくようではある。確かにたまにはこういうのも悪くないかもしれない。


「照美ちゃん結構おっぱい大きいのねー」


「ちょっと、恥ずかしい・・・」


 隣の女湯から韋駄天とアマテラスの声が聞こえてくる。クソ、何だか妙な気分になっちまう。気の利かない作者なりに読者サービスとして温泉回をぶっ込んできたのだろうけどアニメなどビジュアルで表現出来る媒体ならまだしも小説でこういうのは何とも微妙なものを感じてしまう。


 入浴を終えアホみたいな浴衣を着て浴場から出ると温泉宿あるあるの卓球台で韋駄天が同じく浴衣姿でひとりで卓球の試合をしていた。何を言ってるかわからないと思うが片方の台で球を打ってはもう片方の台に超高速で移動し打ち返す。そして再び超高速で反対側の台に移動し球を打ち返す。これを延々と繰り返していた。


「お取り込み中、申し訳ないがアマテラスは?」


「照美ちゃん?あの娘なら髪乾かしてるとこ。私と違って長いから時間かかるのよね」


 韋駄天は超高速ひとり卓球をこなしながら答える。


 部屋に通された俺たちに料理は振る舞われる。ジャンクフードばかり食ってきた安い舌の俺にはよくわからないがそれが上等なものであるということはわかる。基礎代謝が常人の何倍の韋駄天は数人前の料理をあっさりと平らげビールと日本酒を一気に空にしていく。


「まあ、今も被災者がいる状況でいささか不謹慎かもしれないけど私達は多くの命を救った。これくらいの見返りをもらったとしてもバチは当たらないでしょう」


 韋駄天は煙草の煙を吐き出し卓上の灰皿に灰を落としながら言う。クジラックスの鬼畜ロリ漫画でハイエースで連れ去られる幼女のようなルックスの合法ロリ女が目の前で飲酒喫煙してる光景は未だに慣れないものがある。


 一方でアマテラスはすっかり睡魔に襲われ韋駄天の膝枕の上で寝息をかいていた。


「ママ・・・」

 

 とアマテラスは寝言をつぶやく。よく見るとその目から涙が一筋流れている。韋駄天はその頭を優しく撫でながら言う。


「彼女の母親は彼女の目の前で実験中に亡くなってしまっててね。そりゃトラウマになるわよね」


 例の実験中の事故についてはうっすらではあるが聞いていた。


「韋駄天の父親だって・・・」


「ああ、父ね。科学に人生を捧げていたような人だったからむしろ本望な最後だったと思うわ」


 アマテラスは韋駄天に頭を撫でられながら眠り続けている。そういや、こいつのこんな無防備な姿を見るの初めてだったな。


「何をそんなに見つめてるのよ」


 韋駄天が俺に向かって笑みを浮かべてやや意地悪っぽく言う。


「何でもねえよ・・・ただ、こいつのこんな顔を見るの初めてだなって・・・」


 それを聞いて何かを察したのか韋駄天はクスクスと笑い出す。


「何を笑ってんだよ・・・」


「あんたってわかりやすいわね」


「何だよ・・・はっきり言えよ」


「いやいや、若いっていいわねえ」


「はあ・・・?」


 そんな俺たちのやり取りなどよそにアマテラスは寝息を立て続けていた。


 


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