第3話 空も飛べるはず

 その瞬間、俺の身体は空に吸い込まれるように飛翔していった。まるで重力が逆になったみたいだ。


「おーすっげー!!」


 俺の身体はどこまで夜空に吸い込まれていった。しかしだんだん不安になってきた。いつか落ちるんじゃないかって。いやいや。俺はどこまでだって飛べる!I CAN FLY!!


 面白いほどに俺の身体は空高く上昇していった。雲を突き抜けた先には美しく輝く月があった。それはしばし飛翔することを忘れてしまうほどの神秘的な美しさだった。姿勢を変えて今度が水平に高度を維持して飛ぶことを意識する。途中でちょうど飛行中の旅客機と遭遇する。夜中ということもあって乗客達はご就寝のようだ。窓からはアイマスクを着けた姿もチラホラと見受けられる。その中で小さな男の子が眠れないらしく窓の外を退屈気味に眺めていた。男の子はやがて空を飛ぶ俺の姿に気づいた。目をパチクリする彼に俺はイタズラ心で手を振ってみた。男の子はよくわからない表情のまま手を振り返してきた。


 そのまま都市部の上空まで俺は飛んだ。都会だけあってネオンや夜景が美しい。夢中になって元の田んぼだらけのダ埼玉に戻る頃にはすっかり日が昇り朝方になっていた。だが俺はこの上なく高揚していた。こんな自由な気分になれたのは生まれて初めてだ。


 空を飛ぶにも慣れてきた頃に俺はこう思い始めていた。この国はこの俺には狭いんじゃないかって。この地球上のどこかに俺の真の居場所があるんじゃないかって。


 その日、俺はリュックサックにありったけの荷物を詰め込んだ。時間帯は深夜。誰かに見られちゃ面倒だからな。場所はいつもの田んぼだらけの道だ。いつもの要領で屈む。俺の周囲の地表の砂や小石が浮遊するのを感じる。次の瞬間、俺は空高く吸い込まれていった。


 そんなわけで俺は自由の女神の頭上に腰掛けている。あの自由の女神だ。何度も見たことがあるだろう。ここからは下界のニューヨーク市民達の姿がよく見える。ここは自由の国。俺のような存在でも何とかなるかもしれない。


 とはいえ俺は早くもつまづいた。金が無い。いや日本円は多少は持ってきていたが無論ここじゃ使えない。


 壁に埋め込まれた機械に人々が群がっていく。いわゆるアメリカ版ATMってわけだ。GTAで見たぜ。俺は深夜になるまで待った。人々が寝静まった深夜。いよいよ作戦決行ってわけだ。俺はATMに向かって一直線に突っ込んだ。破裂音ともサイレンが鳴り響く。札束が宙に舞う。俺は路上で拾った汚ならしいバッグにありったけの札束を積め込んていく。強盗だって?轟音を聞きつけてやってきたホームレス達が一生懸命に地面に散らばったドル札を拾っている。これは恵まれないものへの富の再分配だ。


 そんなわけで俺は今、アメリカの深夜の道路上に立ってる。前から車が走ってくる。小ぢんまりとした小型のトラックだ。なかなか悪くない。トラックが俺の前で停まる。運転してるのが黒人の爺さんのようだ。俺はありったけの英語力を駆使してこう言った。


「ギブミー ユア カー」


「ホワッツ?」


 黒人の爺さんがすかさずこう返す。想定済みだぜ。こういう反応が返ってくるのは。俺はこう返す。


「ギブユー マネー」


 俺はポカンとしてる運転席の爺さんのところまで行きバッグから札束を渡す。爺さんは何だかわからず目を丸くしてる。


「足りない?もっと?」


 俺は爺さんにさらにもっと金を渡す。こうしてマイカーを手に入れた俺は札束を抱え呆然としてる爺さんを残しトラックを走らせた。


  

 


 

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