第2話 空から落ちてきた赤子
俺は小さな子供の頃から周囲に馴染めなかった。いや馴染めるわけがない。早い段階で俺は普通の人間と違う事に気づいていた。とにかくだ。うるさくて仕方ない。遠い範囲の音声まで俺の耳にはクリアに聞こえた。これで良いことなんか無い。「何、あの子。まるで周囲に溶け込もうとしないし薄気味悪い」と聞きたくもねえ悪口を聞いちまう。
俺は親のいない子供達を育てる施設であるひかりの家で育った。施設長は子供たちからマザーと呼ばれていた。マザーは顔に皺が刻まれた中年女性であったが若い頃はきっと可愛い美少女だったんだろうなと思う容姿をしていた。彼女は敬虔なクリスチャンで恵まれぬ子供たちに奉仕することを自らの使命としていた。
「力人君、とあなたが他の子とは違うことはよく知ってるわ」マザーは俺にこう言った。俺の名前は力人(リキト)。マザーによって名付けられた。売れないホストみたい名前だが。
「あの日のことは忘れない。子供たちと食材やら何やら買出しに出かけた時だった。世間はクリスマスでイルミネーションにそして雪が降りしきっていた。いわゆるホワイトクリスマスというやつね。子供たちが空を指指してそれが異様な色に変わっていることを私に教えた。みんなが興奮気味に流れ星だ!と叫んだ。そしてあなたが天が落ちてきた。普通に考えれば赤ちゃんが空から降ってくるなんてありえない。恐る恐る近づくと赤ん坊のあなたはえぐれた地面の中心で泣きじゃくっていた。あなたが遙か宇宙からやってきたのかそれは私にもわからない」
とはいえだ俺に近づく人間はもはやいなかった。そりゃそうだ。俺より身体の大きい男子が絡んできた時ちょっと小突くだけで数メートルは吹っ飛んじまう。大きな石を拳で菓子みたく粉砕しちまう。こんなバケモンに誰が近づきたいものか。いつの間にか俺の周りには誰も近づかないようになってしまった。小さなガキの頃、野良猫を追いかけてたらトラックに衝突したが大破したのはトラックの方だった。トラックの運転手は大慌てで出て来たが大破したトラックを見て目を丸くしていた。俺は何だか面倒そうなのでトラックの運転手があたふたしているうちにその場を去った。
「力人君、もっとみんなと遊びなよ」と友美は言う。こいつは俺より年長だからって姐御ぶるのが気に入らない。マザーから俺の世話をするように言い伝えられてるらしいが。いや遊ぶってドッジボールでもやるのか?俺の球を受けたら肉体が四散して吹き飛ぶんだぜ。
ある時、俺は深夜の森林の中にいた。自分の力を試したくてな。辺り一帯はスギの木の一群。今から全国の花粉症患者がやりたかった悲願を達成してやる。意識を両眼に集中する。たちまち両眼が電子レンジみたく発熱するのを感じた。俺の両眼から溢れ出た過剰なエネルギーは放出され凄まじい勢いで射出された。それは紅い熱戦であり高出力のビーム熱戦だった。俺はそのまま360度回転し続けた。
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
俺は無我夢中で叫び続けた。スギの木達は俺の発した熱線により次々となぎ倒されていった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
やっとスギ花粉症患者の宿敵であるスギを討伐することが出来た。と同時に俺の目からは涙がボロボロと零れ落ちた。
「畜生・・・こんなん・・・バケモンじゃねえか・・・」
こんな俺であるが中学高校には入学出来た。どっちも公立ではあるが。とはいえ高校では柄の悪い連中に絡まれたりしたものだ。
「お前、態度悪くねえ?」
「ああ、その舐めた態度、気に食わねえ」
いわゆるパイセンというやつだ。どうでもいい自らの権威を誇示したがる。こんな狭い箱で威張り腐って何が楽しいのかね。俺には理解しがたいが。
面倒臭くなって俺は言った。
「ああ、どうぞどうぞ。気に入らないんでしたら好きなだけ殴っていいっすよー。どうぞご好きにー」
「こいつ舐めてやがるな」
「ああ、ここはひとつ思い知らせてやんねえと」
アホ面引っさげたチンピラが俺の顔面に拳を叩き込む。だが折れるのは奴の拳の方だ。
「うわああ!!痛えよ!!」
チンピラが拳を手で押さえながらジタバタしやがる。もう一匹のチンピラが「てめえ!この野郎!」と俺にキックを叩き込む。ここでもへし折れたのは奴の足の方だ。クソ情けねえ悲鳴を出して奴は足を押さえながら泣きわめいた。俺は何もしていない。奴らが勝手に自爆しただけだ。
何とか高校を卒業したものの。どうしたらいいものか。大学に行ける頭も無ければ余裕も無い。結局、俺はバイト暮らしのフリーターになった。
結局のところ就いたのはしがない引越しのバイトだ。
「おい、てめええ!人の話聞いてんのか!」ここでもパイセンって奴に絡まれる。「人の話聞いてんのか、てめえ!協調性もクソもねえ!」
「あ、はい。さーせん」
「さーせんじゃねえよ。人に話しかけられても上の空だし舐めてんのか。てめえ」
「だからー、謝ってるじゃないですか」
「謝ってるじゃねえよ。てめえ、その舐めた態度が気に入らねえ。ぶっ飛ばされてえのか。てめえ」
「ぶっ飛ばす?面白いこと言いますね」
俺はちょうどそこに置いてあったデカい冷蔵庫を片手でヒョイと持ち上げてみせた。
「重そうな演技しながら持つのもなかなかめんどいんですよ。こんなん指ひとつでオーケーなのに」
人差し指で容量500リットル以上の大型冷蔵庫を軽々と持ち上げる俺を見てパイセンは目を丸くしていた。「よっ」と冷蔵庫を指で軽く飛ばしてパイセンの足元に落とす。パイセンは大破した冷蔵庫を見て腰を抜かした。
「あーだりー」
俺はパイセンを残して帰ることにした。
バイトをクビになった俺は暇を持て余した。我がダ埼玉は深夜にもなると静まり返り人の行き来も無い。ここをたまにストレス解消にジャンプして飛び回るのが俺の日課だ。ノミは自分の体の100倍ジャンプ出来るという。俺もダッシュしてジャンプすると空高く飛翔することが出来た。そうやってピョンピョンと飛んでいると俺の脳裏にある閃きが訪れた。俺、その気になれば飛べんじゃね?
星空を眺めながらそれに両手を伸ばしてみる。屈伸して地面を思い切り蹴る。星空が近づいてくる。カッコつけて手を伸ばしてポーズを取るも失速して地面に落ちてしまう。これを何度か繰り返す羽目に。よく考えろ。なぜ落ちる?なぜ飛べない?落ちると思ってるからだ。飛べないと思ってるからだ。自分を解放しろ。既成概念を捨てろ。俺は飛べる飛べる飛べる飛べる飛べる飛べる飛べる飛べる!!
膝を落とし星空の一点を見つめる。意識を集中する。いつの間にか俺の周囲の砂や小石が空中に浮遊しはじめた。全力、全意識を込めて俺は地面を思い切り蹴った。
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