匂いの権能
俺とエレノアが悪魔ではないと見抜いた悪魔を始末しようとしたら、デモットが中々にえげつないことを考えていた。
口には出てないが、要は“殺すにしてももっと利益のある殺し方をした方がいい”とデモットは言っているのだ。
家に行けば、間違いなく金がある。家の場所を特定した上で殺しましょうと言うのが、デモットのやり方であった。
俺達よりやばいことを考えてんなこの弟子は。
流石は1人で50年生きていただけだけの事はある。こういう時の頭の回転が早いから、デモットは今日まで生き残れたのだろう。
生存という点においては、もしかしたら俺達よりも優れているのかもしれないな。
出会った頃も上手く立ち回って自分が始末されないようにしていたし。
「ここが私の家だ。何気に客人を招くのは初めてだから、ちょっと緊張するな。あ、部屋が汚いけど気にしないでくれよ。今日はちょっと片付けが出来なかっただけだから」
よくある家が汚い時の言い訳をしながら、丸メガネをかけた悪魔は俺たちを家にあげてくれる。
警戒心がないのか、それとも警戒心以上に好奇心が勝っているのか。
どちらにせよ、今の彼女は無防備すぎる。
俺達が悪魔では無いと分かっているなら、少しは警戒しそうなものなんだけどな。
「お邪魔します」
「お邪魔するわ........その、足の踏み場もないぐらいに散らかってるわね」
「ハッハッハ。昨日から研究をしててね。片付けができてないんだよ。普段はもっと綺麗なんだよ。いやほんとほんと」
いや、このゴミの山は一日二日で散らかる量のゴミじゃないだろ。
何年、何十年と積み上げられたゴミの山だ。塵も積もれば山となるというのを、本当にゴミでやっているレベルだよこれは。
ただ、部屋の一角だけはとても綺麗に片付いている。おそらく、あそこが彼女の普段の生活スペースなのだろう。
その他はゴミ箱とでも思ってるのかな?
ちょっと恥ずかしそうに笑いながらも、彼女はゴミの山をせかせかと押しのけて、ちょっとしたスペースを作ると、そこに椅子を置いてくれる。
椅子は普段から使っているのか、どれもそこそこ綺麗なものであった。
「とりあえずそこに座ってくれ。茶は........うん。出せないや」
「いいよ。気にしてないから」
「そう?なら、このまま自己紹介に入ろうか。私はポートネス。しがない研究者さ。薬草から効力の高い回復薬を作る研究をしたり、誰でも使えるような権能の研究をしたり。とにかく幅広い研究をしている者だ。君たちは?」
「ジークだ。ポートネスの言った通り、悪魔じゃない」
「私はエレノアよ。よろしく」
「お二人の弟子デモットです」
名前を名乗ったポートネス。研究者と言われたら、確かに彼女は研究者らしい格好をしている。
丸メガネはもちろん、白衣も着ているしな。
優しそうなタレ目の下にワンポイントのホクロ。髪がボッサボサだったりあまりにだらしない格好が全てを台無しにしているが、ちゃんと着飾ればかなりの美人に生まれ変わるであろう素質がある。
スタイルも滅茶苦茶良く、身長もエレノアよりも高かった。
でも、お袋の所の1番上のお姉さんには敵わないかな。あれで40代とか言われても信じられねぇんだけど。普通に20代前半に見えるからな。
「そうそう。君達は悪魔じゃないんだよね。悪魔じゃないなら、何者?」
「人間さ。知ってるか?」
「人間!!」
俺が自分の種族を答えると、彼女は目をキラキラとさせて俺に迫ってくる。
近い近い。すっごい近い。
「悪魔の匂いがしないから何者なのかなと思っていたけど、これが人間かー!!あれ?人間も角と尻尾があるんだね」
「いや、これは作り物だ。本来は角も尻尾も無いよ」
「おぉ、本で読んだとおりというわけか。てっきり人間について記述のあった本が嘘っぱちを書いているのかと思ったよ」
ポートネスはそう言うと、俺の匂いをクンクンと嗅いでその後にエレノアの匂いをクンクンと嗅ぐ。
そして再び首を傾げた。
「んー?匂いが違うな。ジークを人間とするなら、エレノアは人間と別の匂いが混じってるね」
「........よく分かるわね。私は人間とエルフの血が入っているのよ」
「エルフ?........あぁ、確か耳の長い種族だとかなんだとか書いてあったっけ。へぇ。これがエルフの匂いかー。クンクン。この匂いはちゃんと覚えておかないと」
犬みたいに俺とエレノアの匂いを嗅ぎ続けるポートネス。
俺はエレノアに毎日抱き枕代わりとして抱きつかれ、匂いを嗅がれているから気にならないが、エレノアは少しだけ落ち着かないようであった。
と言うか、匂いで種族を判別できるって凄くねぇか。
特技なのか、それとも権能なのかは分からないが、少なくとも滅茶苦茶鼻がいいということだけは分かる。
こういう悪魔もいるんだな。
「んー大体覚えたかな。この匂いがしたら人間だね。んで、この匂いがしたらエルフと言うわけだ。なるほどなるほど」
「........その匂いとやらは権能なのか?」
「そうだよ。私の権能だね。属性の宿る権能と言うよりかは、肉体を補助する権能に近いかな。正直、戦闘では全く使えないから腕力こそ正義と言われるこの悪魔の街ではかなり生きずらいね」
「そんな権能もあるのね。私の知っている弱い権能と言えば、単純に出力が劣る権能ばかりだったわ」
補助型の権能なんかもあるんだな。逃げてきた悪魔たちの中にもう補助性能の権能を持った悪魔はいなかったから、おそらくかなり貴重な権能を持っているのだろう。
希少性で言えば、ほかの権能に比べて圧倒的なはずだ。
残念ながら、強さを絶対とする悪魔の社会においては宝の持ち腐れになってしまうが。
「補助型の権能はものすごく珍しいですね。おじいさんから聞いた話では、伯爵級悪魔の街に一人いるかいないかのレベルらしいですよ。強力な補助性能を持った権能はそれだけで一生安泰とまで言われてます」
「例えば?」
「仲間な強さを底上げできる権能とかですかね。ポートネスさんの権能も、使い方次第では重宝されていたと思いますよ。ほら、獲物を探す時に匂いで探せるとか出来れば、狩りの効率がグンと上がりますから。重宝されると言うだけであって、立場が偉くなるとは思いませんがね」
世知辛い世の中である。
どれだけ利便性に長けた権能を持っていても、悪魔の社会で偉くなるためには強さが必要。
悪魔は本能的に強いやつが偉いと感じる部分があるらしいので、仕方がないと言えば仕方が無いけどな。
そう考えると、人間の社会はかなり融通が効くだろう。
強い弱いよりも才能があるかないか、努力したかしてないかで立場が変わる。
もちろん、一掴みの運もいるだろうが、強さだけのシンプルな世界よりは成り上がる手段が多いわけだ。
「それにしても、二人とも奇妙な匂いをしているね。嗅いだことの無い匂いだよ」
「........俺、そんなに臭うか?」
「大丈夫よジーク。別に臭い訳では無いわ。むしろ、とっても落ち着くいい匂いよ」
「そうですよジークさん。ジークさんの匂いは優しいですから」
奇妙な匂いと言われ、自分をクンクンと嗅いでみるが、やはり何も感じない。
自分の匂いは分かりづらいから仕方が無いが、奇妙な匂いと言われるとちょっと不安になってしまう。
エレノアが毎日のように嗅いでくるから、かなり気をつけているつもりだ。エレノアに不快な思いをさせたくないから、毎日体を綺麗にしてちょっとお高めの石鹸すら使ってるんだぞこっちは。
「あ、ごめん。別に臭いのかそういうのじゃないから気にしないでくれ。私が嗅いだことの無い匂いと言うだけだ」
「わかってる。わかってるよ」
内心ちょっと焦ってしまった俺は、心の底からほっとするのであった。
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