ボロ負け


 こんなにぼろ負けしたのは久しぶりだ。


 ありとあらゆる攻撃が受け流され、何をやっても手も足も出ない。


 かつて師匠と戦った際に感じた無力感を、今になっても尚感じている。


 これが殺し合いじゃなくて良かった。逃げることは出来ただろうが、もしかしたら痛手を負っていたかもしれない。


 そして、世界は広いな。


 レベルが300を越え、人類最強と呼ばれても遜色がないほど強くなったはずなのに、未だこうしてボコられる。


 世界最強には程遠いとは思っていたが、これ程までに先が遠いとは思わなかった。


 レベル1000とかになれば、世界最強を名乗れるか?


「フハハハハ!!ボロ負けだな!!」

「強すぎだよ。魔術に干渉されたら何も出来ない。肉弾戦も当たり前のように強いから、余計に勝ち目がないよ。どうやって勝つのあれ」

「これに引き分けられた師匠のすごさが分かるわね。しかも、相手は当時本気だったのでしょう?」


 この雨にプラスして権能まで使っていたウル相手に引き分けられるだなんて、幾ら本の力があったとしても化け物じみている。


 マジで当時師匠に挑んでしまった俺達は馬鹿だ。そりゃ逃げられるわけもない。


「フハハ。さすがの私も死にかけたぞ?何せ、魔術とは異なる心理顕現とかいう力を使っていたからな。しかも、それに合わせて権能まで使われたら厄介なんて言葉では言い表せない程に強い。雨は弾丸となり、風も木の葉も土すらも奴の武器となる。自然そのものがウルの味方となるのだがら、はっきりいってズルだぞズル」

「私からすれば、それらに対処できるだけの魔術を持っているのがズルだと思うがな。その骨を壊しても当たり前のように再生される側の気持ちにもなってみろ。またこれか、という気持ちになるぞ」


 師匠とウルはそう言いながらも、お互いを認めるかのように顔を合わせる。


 ウルの頬は僅かに赤かった。


 この人、師匠の事好きすぎだろ。美女の師匠ですらアリなのか。


 まぁ、当時骸骨だった師匠に惚れた人だ。外見とか全く気にしてないんだろうな。


 なんなら、性別すら気にしてないだろう。師匠がどんな理由で断ったのか知らないが、師匠も鈍感ではない。


 恋する乙女の気持ちが変わってないことは、未だに分かっているはずだ。


 もしかしたら、百合の花が咲き誇るかもしれん。


「お二人が負けるところなんて初めて見ました........これが大公級悪魔ですか」

「失望したか?悪いな。俺達はまだまだ弱いんだ」

「ごめんなさいね」


 弟子の前では格好つけたがったが、そんな暇もなくボコられた。


 悪魔は強いやつが偉く、強いやつに憧れる。


 デモットを失望させてしまったかもしれない。自分を鍛えてくれていた人が、ここまでボコられるだなんて思ってもみなかっただろうから。


 そういう点では、師匠は俺たちと出会ってから1度も負けたことがないよな。


 ウルと一緒だったとは言えど、これよりもさらに強い王相手に引き分けてたんだし。


 デモットに合わせる顔がないと少し落ち込んでいると、デモットはキラキラとした目で俺とエレノアを見つめる。


 そして、若干興奮気味に声を大にした。


「いやいや全然失望なんてしてないですよ!!むしろ、あの大公級悪魔相手にここまでできるだけスゲーです!!だって、大公級悪魔って誰も殺せない存在に近いんですよ?そんな相手にここまで戦えている時点で、お二人はすごいんですよ!!」

「........そうか?結局勝たなきゃ意味が無いだろ」

「俺を見くびらないですさください。負けたからと言って、弟子を辞めたりするような覚悟でここに立っていませんから。俺は、例え王が命令を下したとしても二人の弟子として抗いますよ」


 ........俺は、俺達はデモットの事を舐めていたらしい。


 デモットは俺達が強いから弟子になった訳ではなく、俺達に教えて貰いたいから弟子になったのだ。


 本当に、本当に変わり者だな。


 悪魔は強いやつに従うんじゃなかったのか?大公級悪魔にぼろ負けし、手も足も出なかった俺達について行くと言っている辺り、本当に変わっているよ。


「デモットの事を甘くみていたわね。1人の人間として、悪魔の師として、まだまだだわ」

「そうだな。俺達ももっと成長しないとな。物理的にも精神的にも。俺達は、まだまだ弱いらしい」


 デモット、お前マジで良い奴だな。


 弟子がこんなにも健気で可愛いと、俺もなんだか嬉しくなるよ。


 そんなことを思っていると、師匠が青葉が復活したダンジョンを歩き始める。


「フハハハハ!!師は必ずしも弟子に教える立場とは限らん。私も最初はそういう立場にあったが、弟子に気付かされることも多い。共に成長すれば良いのだ。私が、孤独の無意味さを悟った時のようにな」

「やっぱり1人は寂しかった?」

「めっちゃ寂しかった。あれほど人肌が恋しくなるとは思ってもなかった!!だから、態々昔の自画像を探り出して魔術で再現したわけだしな。久々に人の街に降りて、何気ない会話をしたいと思ってしまったよ。全く、私の弟子は孤独という檻を壊して旅立つのだから厄介なものよ」

「........ここに来てくれても良かったのに」


 ボソッと、師匠には聞こえない声でウルが呟く。


 チラリと後ろを見れば、唇を尖らせて拗ねていた。


 何だこの人可愛すぎか?どんだけ師匠が好きなんだよ。


 ........あ、師匠が悪魔に魔術を教えていいと言っていたし、転移の魔術を教えてあげよう。そしたら、毎日師匠に会えるぞ。


 次いでにお袋にも可愛がってもらえる。


 また娘ができたと喜んで、その頭を撫で回すに違いない。


 幻術も覚えれば、人間の社会に紛れ込めそうだしな。悪魔の特徴は角と尻尾。それさえ隠せば普通の人間と何ら変わりない。


 中には肌の色が真っ黒な悪魔もいるらしいが、ウルの肌は人間と同じ色であった。


「転移魔術と幻影魔術、覚える?そしたら、毎日師匠の所に会いに行けるよ」

「........死ぬ気で覚える」


 シュンとしながらも、静かに首を縦に振るウル。


 師匠がウルのことをどう思っているのかは知らないが、少なくとも嫌ってはいない。


 それどころか、特別な存在だとすら思っているはずだ。


 俺は知っている。師匠が寂しさを紛らわすために作った闇狼の名前の中に“ウル”があったことを。


 友人以上の関係でなければ、そんな名前はつけないはずだ。希望は全然ある。


 頑張れウルちゃん。師匠は意外と押しに弱いから、アタックしまくればワンチャンどころかツーチャンぐらいあるぞ。


 そんなことを話していると、いつの間にか連れていかれたデモットが師匠との模擬戦を開始していた。


 天地がひっくり返ろうと勝てないだろうが、いい経験になる。頑張れデモット。応援してるぞ。


「押し倒して無理やりでも行けそうよね。師匠は、意外とそういうのに弱いわ」

「頑張れ。弟子はウルさんを応援してる」

「........ん、頑張─────ん?おい待て。なぜ君達は私がノアのことを........その、えっと、あれ、だと知っている?」


“好き”という言葉が素直に出てこないウル。


 何だこの悪魔。可愛すぎか?


 顔をさらに赤らめてあたふたとするウルを見て、思わずほっこりしてしまう。


「そんなに分かりやすい反応をしていたら誰でも察するよ。多分ナレちゃんでも気づく」

「分かりやす過ぎるわよ。むしろ、それで隠せていたと思っているのかしら?」

「う、うわぁぁぁぁぁ!!恥ずかしい!!恥ずかしい!!おい、ガレン!!お前が余計なことを吹き込んだんじゃないだろうな!!」

「えぇ........ここで私に来るんですか?」


 今までに見た事がないほど顔を真っ赤にしながら、手で顔を覆い隠すウル。


 しかし、耳までは隠せないのでその赤らみがよく見えた。


 この人面白いな。俺はそんなことを思いながら、師匠に稽古を付けられるデモットを応援するのだった。


 やっちまえ!!油断している師匠の顔面にパンチしてやれ!!

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