剣聖vs男爵級悪魔
ドワーフの国ドルンにあるフルベンの街。
かつて魔の渓谷にオリハルコンゴーレムと呼ばれた魔王が出現したその渓谷には、剣聖の姿があった。
マリーが悪魔と対峙した時と同刻。剣聖も突如として現れた邪悪なる気配に気づき、この地へとやってきたのである。
「ヒック。折角酒盛りをして楽しんでおったと言うのに........オリハルコン級冒険者と言う立場はこういう時邪魔になるのぉ。緊急時はいの一番に動かなければならん」
「あん?何だこのジジィは。うわっ、酒癖ぇ!!」
「ホッホッホ。酒は万物に効くぞ。お主も飲んでみるか?」
「悪いけど、俺はまだ成人してないんでね。お酒は飲めない」
酔っ払っている剣聖だが、その足取りは確かなもの。
相手が文献の中にあった悪魔であることを見抜くと、“悪魔にも成人とかあるんだな”と思いつつ剣を抜く。
剣聖も知っているのだ。悪魔は人の言葉を話、会話をすることは出来るが分かり合うことは不可能と。
かつて人々が多くの血を流して得た教訓であり、先日であった意外と話しが分かるジーク達の師とはまるで違う。
「儂らを殺しに来たんじゃろう?そうはさせぬよ。美味い酒が飲めなくなる」
「老いぼれたジジィがよく吠える。その鉄の塊で俺を切るつもりなら、試してみるといいさ!!」
「オリハルコン級冒険者“剣聖”」
「男爵級悪魔リロイゼン。その名を刻んで地獄へ落ちな!!」
悪魔はそう言いながら、パチンと指を鳴らす。
すると、闇の球体が現れてゆっくりと剣聖へと落ちてきた。
剣聖はこれを躱そうと考えたが、長年の経験から追尾してくるタイプの攻撃だと察すると剣を上段に構えて愚直に振り下ろす。
「フッ!!」
何百年と積み上げてきた努力の一振は、闇の玉をいとも容易く切り裂いた。
剣を振るった事によって生み出された斬撃。その一撃は例え件の射程外からでも容易にものを斬り裂く。
が、球は切れただけでは止まらない。
二つ二分裂した球体は、そのまま合わさることなく剣聖へと向かって行った。
「ふむ。一度切っただけでは止まらぬか」
「俺の攻撃を切るなんてやるじゃないか!!ほら、まだ残ってるぞ!!切ってみろよ!!」
「ホッホッホ。では、どこまで細かくすれば消えるのか試してみるとしようかの」
剣聖は悪魔の傲慢さに思わず笑ってしまいながらも、目で追うことのできない速さで全てを斬り裂いて行く。
斬撃は凄まじい速度で放たれ、気付けば闇の玉は木っ端微塵に切り裂かれてしまっていた。
切ってもダメなら、消滅するまで切ればいい。
そんな脳筋思考なのが、剣聖と言う御仁なのである。
「まさか本当に切るとは思わなかったぜ。人族にしてはやるな」
「ホッホッホ。褒め言葉として受け取っておこう」
「これなら俺も少しは本気が出せそうだ。いくぞジジィ!!死ぬ気で耐えてみろよ!!」
悪魔はそう言うと、次は自らが弾丸となって剣聖へと突撃していく。
剣聖は剣を再び上段へと構えると、悪魔の脳天を叩き切るつもりで剣を振り下ろした。
ただの鉄剣でミスリルすらも切り裂く剣聖の一刀。しかし、悪魔の体は信じられないほどに硬かった。
ガキン!!と、まるでオリハルコンを斬ったかのような硬さが剣聖を襲う。
「........頑丈な身体じゃの」
「ただの鉄剣で切れると思うなよ?俺はこの力で男爵級にまでのし上がったんだからな!!」
悪魔は誇らしげにそう言うと、剣聖に向かって猛攻を繰り出す。
防御の事など一つも考えず、ただ我武者羅に拳を振るう。
そこに美しさはないが、剣聖はこの攻撃だけでこの悪魔がどのような人生を歩んできたのか何となく察した。
悪魔にとって力が全て、何度も何度も辛酸を舐め続け、そしてようやくこの場所にまで辿り着いたのだ。
死にかけたこともあっただろう。無茶苦茶な殴り方だが、拳に宿るその意思は“絶対に負けない”と言う強いものを感じた。
そして、その意思が剣聖の剣を折る。
「ほ?」
「よし!!」
できる限り剣に負担が掛からないようにしながら防御をしていた剣聖だが、それでも所詮は道具に過ぎないただの剣に、悪魔の猛攻を耐え切れるだけの頑丈さはなかった。
根元からポッキリとへし折れたその剣を見て、剣聖はほんの一瞬動きが固まる。
その隙を付かれた。
悪魔は渾身の一振を剣聖の腹に叩き込むと、勝利を確信する。
今のは完璧に入っただろうと。
吹き飛ばされる剣聖。十数メートルも吹き飛んだ剣聖だったが、彼は地面に倒れ込むことなく平然と着地した。
「ん?」
「ホッホッホ。明確な隙に攻撃を叩き込んだだけで喜びすぎじゃろうて。ものを殴ったのか、人を殴ったのかも区別もつかないほどに喜んでおったのか?」
「........やるなジジィ。鞘で俺の一撃を守ったのか」
「剣が折れるなんてしょっちゅうじゃからの。お陰で鞘を使う戦いも慣れたわい」
「だが、ジジィの武器はこれで無くなった。ここから勝つ方法なんてないぞ」
悪魔の攻撃を間一髪で防いだ剣聖。
しかし、彼の武器である剣は根元から折れてしまっている。
剣士は剣がなければただの人。
それを理解している悪魔は自分が有利だと確信していた。
が、それは単なる剣士の話。相手は剣聖であり、剣は常に持っている。
「ホッホッホ!!儂の剣は折れてなどおらぬわい。剣は常に
「あ?」
剣聖はそう言うと、静かに腰を落として折れた剣を鞘にしまう。
そして、静かに目を閉じて魂に宿る剣を呼び出した。
「極みへの道は未だ遠く、その地に立つのは遥か先。我が身が滅び、死するその時まで歩みを続けるが、届くことはつい叶わず。なれどその一端には触れ、魂の剣は顕現す」
「........っ!!」
それは、剣聖が至った悟り。
剣聖と呼ばれ、この大陸で最も強い剣士として名を馳せたとしても、剣への頂きに立つのは不可能。
自分も未だに道半ばであり、それでいながら少しでも歩むことこそが剣の道と見たり。
例えその山の頂上に立たずとも、亀のごとき遅さで山を登れば、見える景色はマシになる。
剣聖が元々持っていたスキル“魂剣”。
そして、己が開いた悟りによって、剣聖は剣が何たるかを知ったのだ。
その剣は万物を切り裂き、それでいながら不完全。
急速に膨れ上がった気配を感じ本能的に不味いと悟った悪魔は、剣聖との間合いを詰めて拳を振り上げる。
ここで仕留めなければ、死するは自分。
生と死の戦いを続けてきた悪魔は、それを感じ取って剣聖を殺そうとする。
が、一足遅かった。
魂の剣が顕現し、剣聖の一刀は放たれる。
「魂剣“
鞘から抜き放たれたのは、折れたはずの剣。
暗闇を照らす一筋の光の如く煌めくその剣は、悟りによって得た聖剣。
神速の抜刀と万物を斬り裂くその剣は、僅か一振で悪魔の身体を両断する。
「........は?」
「中々に楽しかったぞリロイゼン。儂の未熟さを、改めて感じられた」
斜めに真っ二つに切り裂かれた悪魔は、その拳が剣聖に届く前に塵となって消えていく。
剣聖はその姿を見ながら静かに納刀をすると、身体をふらつかせながらゆっくりと歩き始めた。
「ホッホッホ。やはりこれを使うと身体が耐えられんのぉ。この歳の老体にはキツすぎるじゃろうて。身の丈に合わぬ力じゃが、使わんと死ぬしのぉ」
剣聖はそう言いながら、腰に下げていた酒入れの容器を手に取って喉を湿す。
が、これは飲料水として持っているものであり、全く酔える代物ではなかった。
「酔いも覚めてしまったわい。もう一度飲み直すかの。
剣聖は折れた剣を見ながら、暗闇の魔の渓谷を歩くのであった。
後書き。
おじいちゃん、スキル持ち。伏線は置いておいたはず。
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