英雄に憧れた少年


 ついに始まった混沌たる帝カオスエンペラー幹部たちとの戦闘。


 先手を取ったのは混沌たる帝幹部達であった。


 社会不適合者たちの集まりではあるものの、彼らはその道のプロ。部下達を連れての戦いであればいざ知らず、この様な少数戦では多少の連携を取ってくる。


「ケヒヒヒヒ!!死ね!!裏切り者め!!」


 狂信者はそう言うと、第二級黒魔術“闇弾ダークバレット”を展開。


 普通の闇弾ではあるもののその威力はかなりの物であり、一般的な魔術師よりも数倍は威力が高かった。


 が、しかし。アーラン達は人類の中でも頂点に近い力を持つ魔術師を知っている。


 第二級魔術の癖して、上級魔物程度なら軽々と殺してしまいそうな一撃を放てる化け物を相手に戦ったこともあるのだ。


「リーシャには触れさせないよ」


 アーランはそう言うと、迫り来る闇弾を蜘蛛の糸で弾き飛ばす。


 十数個放たれた闇弾は途中で起動を変えると、あちこちの壁に突き刺さった。


「先生達の方が断然強いね。比べ物にもならないや」

「ケヒヒヒヒ!!舐めたことを言うんじゃねぇ!!このガキが!!この私の本気がこの程度だと思ってるのか?発明家!!上手く合わせろ!!」

「ほいはいはい!!」


 そう言いつつ、再び魔術を行使する狂信者。狂信者に呼ばれた発明家は、魔道具を取り出すとそれを地面に設置する。


 すると、狂信者の力が目に見えて増した。


 一体どんな魔道具なのかは分からないが、少なくともこちらには振りに働く魔道具だとアーランは判断すると、先に魔道具の破壊を試みる。


「ケヒッ!!させぬわ!!」


 魔道具を破壊しようとしてくる糸に対し、狂信者は魔道具を守るようち第三級黒魔術“闇壁ダークウォール”を展開。


 魔道具を守るように箱型の壁となった闇は、アーランの糸を弾いた。


「面倒だね。もう少し出力を上げないと壊せ無さそうだ」

「ケヒヒヒヒ!!余裕ぶっこいてる状況か?死ね!!偉大なるお方に仇なす虫けら共め!!」


 狂信者はそう言うと、第三級黒魔術“闇槍ダークランス”を行使。


 魔道具の力で更に威力の上がった闇の槍は、一撃で全てを終わらさんとアーランとリーシャに迫り来る。


 が、アーランも昔のようにオーガにビビり、死を待つだけの弱き者では無い。


 糸を操作し、闇の槍に糸を巻き付けると、強引に軌道を変えて闇槍を狂信者達にお返しする。


「こんな魔術は要らないよ。返品させてもらおう」

「ケヒッ?!」

「ヤベッ!!」


 まさか自分の魔術が返されると思ってなかった狂信者と発明家は、慌ててその場から離れると自分の放った闇槍が着弾する。


 ドゴォン!!と、大きな音が鳴り響くと共に、闇の壁に守られた魔道具が壊れる。


「あぁぁぁぁぁぁ!!私の可愛い魔道具ちゃんがぁぁぁぁぁぁ!!」

「喚くな発明家!!サッサと次の魔道具を出せ!!おい、薬屋!!お前も手伝え!!」

「ふむ。人体実験用のモルモットが足りなくなっていたところだし、あれほどの素体なら実験も捗るかもしれん。おい、狂信者。生け捕りにするぞ」

「ケヒッ?!貴様馬鹿なのか?!あれ相手に生け捕りは無理だろうが!!実験は死体相手にやっておけ!!」


 生け捕りにしたいと言い始めた“薬屋”に“こいつマジかよ”とキレる狂信者。


 最低限の連携は取れると言えど、我があまりにも強すぎる彼らは自分達のことを優先する。


 こうした綻びはよく見られる光景ではあるものの、今回は目を離していい相手ではない。


「戦いの途中で目を離すなんていい度胸してるね」


 アーランは自分から目が離れた瞬間に一気に距離を詰めると、握りこぶしを作って“薬屋”に拳を振り下ろす。


 アーランは本能的に、この“薬屋”と呼ばれた男が厄介だと感じとっていた。


 事実、薬屋はかなり面倒な相手である。様々な毒を使い、少しでも当たれば勝ちの戦いを強いて来るので、できる限り早めに相手を動かさず仕留めるのが最善である。


 昔のアーランならば狂信者を狙っていただろうが、この二年間の旅がアーランを成長させていた。


「っ!!」


 拳を避ける薬屋。しかし、パンチはフェイクだ。


 アーランの武器は糸であり、糸を使って相手を殺す。


 パンチはワザと相手が避けられる程度の力で行い、相手に“避けた”と思わせた一瞬の隙を突く為のもの。


 アーランの糸は素早く薬屋に絡みつくと、動きを止めさせる。


「捕まえた」

「........なっ!!」


 そして、一度絡んだ糸は獲物を逃がさない。


 魔力が流れる蜘蛛の糸は匠が作った剣の様に鋭く、一切の抵抗もなく薬屋の身体をバラバラに切り刻む。


 撒き散らされる鮮血と地面に落ちる臓物。


 人間の輪切りを完成させたアーランは、返り血に染まりながらもニッと笑う。


「フハッ‼︎」


 その笑顔は、明らかにこの状況を楽しんでいるやつの笑顔であった。


「ケヒッ........イカれてやがる」

「........」


 その瞬間、狂信者達は理解した。


 人を殺して笑えるコイツは、自分達と同じ側の頭のネジが外れてる人間なんだと。


 英雄に憧れた少年は、真の悪を滅する事に快楽を覚える正真正銘のイカれた存在。


 かつて、ジークとエレノアに助けられ。真なる英雄を見た彼は、悪を滅っし、人々を助けることに快楽を覚える変態へと成り上がったのだ。


 リーシャの様に更生の余地があるなら説得を。目の前にいる同種イカレ野郎には制裁を。


 アーランの中の正義はジークとエレノアによって歪められ、その正義を執行する時に彼は笑う。


 正に異端者。ジークやエレノアとはまた違ったベクトルの狂気に染ったアーランは、英雄だけを志す。


 英雄に魅入られた狂気の少年。


 それが、今のアーランである。


「まず、一人。薔薇って人とハゲの人はリーシャが戦ってるし、僕は続けて2人を相手しようかな」

「ケヒヒ........コイツ、笑ってるぞ。頭のネジがぶっ飛んでやがる」

「我々と同じ人種。それが世間に馴染めるかどうかの違いがあるだけで、本質は変わらない。かなり面倒な相手ですな」

「........お前、マトモに話せたんか」

「酷くないですか?流石にこの状況で“発明!!発明!!”とは言ってられないですよ」

「えぇ........」


 急に正気に戻った発明家に軽く引きつつ、狂信者はアーランの迎撃を試みる。


 あの糸はあまりにも危険すぎる。


 少しでも絡まったら最後。全身を絡め取られて、最後は骨の髄まで喰われて死ぬ事となるだろう。


 できる限り距離を取りつつ、糸を避けて迎撃。


 相手を殺すことはできなくはない。だが、それには相応の対価が必要となる。


 それに、混沌たる帝の最高戦力がまだ健在だ。


 オリハルコン級冒険者レベルの強さを持つと言われている“堅牢”が、リーシャを殺すまでの辛抱。


 いくらこの頭の狂った少年が相手だろうと、堅牢が相手であれば敗北は確定事項。


 今はリーシャが呼び出した魔物と戦っているが、まず負けることは無いだろう。


 そう考えた狂信者は、発明家と共に狂気に立ち向かう。


「ケヒッ!!発明家。出し惜しみは無しだ。魔道具はあとからいくらでも作れるが、命は作れないだろう?」

は使わないのか?」

「ケヒヒっ!!使ってもいいが、今じゃない。堅牢までもが敗れたその時、使わせてもらうさ」

「ふむ。ならば私も全てのものを使って戦うとしよう」

「お話は終わった?」

「ケヒヒヒヒヒ!!随分と悠長に待ってくれるじゃないか!!育ちがいいとお行儀もいいんだな!!」

「いや、ここで殴り込みに行ったらかっこ悪いじゃん。それに、先生たちもきっと待ってくれただろうね。僕は、ちゃんと空気が読めるからね」


 その“先生”が誰も言っているのか狂信者達には分からなかったが、少なくともこの頭のイカれた少年を導いた頭のイカれた奴なのだろう。


 その先生とヤラの顔が見ていたいものだと思いつつ、狂信者と発明家は時間稼ぎに入るのだった。

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