帝国のダンジョン

ジュラール帝国、ブッセルの街


 冒険者ギルド本部エグゼの街を旅立ってから三ヶ月後、俺達はジュラール帝国の一番大きなダンジョンがある街“ブッセル”を視界に捉えていた。


 三ヶ月と言う長旅もようやく終わりが見えてきたということもあり、エレノアのテンションは少し高い。


 俺も遂にレベル上げが再開出来る事が嬉しく、少しテンションが高かった。


「ようやく見えてきたわね。アレがブッセルの街よ」

「流石にエグゼ程デカくは無いが、それで大きな街だな。レルベンの時と同じように、街の中にダンジョンがありそうだ」


 黒鳥クロウの背中から見える景色は圧巻で、綺麗に交通整備がされた街道に多くの人々が行き交っているのが分かる。


 大国でありその大国の中でも大きな街であるブッセルでは、俺たちの想像もつかないほどの物流があるのだろう。


 空から見えるだけでも、冒険者や商人がわんさかと街に入ろうと城壁に並んでいた。


 これは街に入るのにかなりの時間が掛かりそうだな。オリハルコン級冒険者としての特権は、初めて訪れた街では役に立たない。


「平穏な旅もこれでおしまいね。特にトラブルが起きたりしなくて良かったわ」

「俺達がオリハルコン級冒険者だと言う事を毎度疑われる事を除けば、平穏だったな。多分、この街でも疑われる事になると思うぞ」

「新たなオリハルコン級冒険者が生まれたことは既に伝わっているでしょうけどね。私達がオリハルコン級冒険者だとは知らないけど」


 晴れてオリハルコン級冒険者となった俺達だが、二つ名だけが独り歩きして俺達がその冒険者だと知っている人は少ない。


 訪れた街々では、街にはいる度に疑いの目を向けられたものだ。


 高圧的な兵士が、グランドマスター直筆の手紙とギルドカードが本物だと分かるともみ手をしながらペコペコと頭を下げている姿はあまりにも滑稽すぎる。


 コレが手のひら返しかと、思わず感心してしまう程だった。


「途中から街に入るのが面倒で野宿ばかりだったわね。毎度疑われるのも面倒だわ」

「仕方がないと言えば仕方がないけどな。俺達は新人のオリハルコン級冒険者だし、顔も知られてないんだから」

「まぁ、その分私達が本物だと分かると至れり尽くせりだったのは良かったけど........」

「宿とかも向こうが手配してくれたしな。オリハルコン級冒険者様々だ」


 エレノアはそう言うと、研究していた魔術の紙束を影の中に仕舞う。


 今回も移動中は様々な魔術の開発に勤しんでいた。


 ロマン全ブッパの頭の悪い魔術や、利便性を追求した超便利魔術(戦闘に限る)等を開発したので、ダンジョン内で少し実験するのもありだな。


「さて、人気のない所に降りるとするか。新たな狩場が待ってるぞ」

「多分止められるだろうけどね」

「それだけは面倒なんだよな........」


 そんなことを言いながらも、ワクワクが抑えきれない俺達はブッセルの街に向かうのだった。



【ジュラール帝国】

 2000年以上も前から存在する国であり、大国に数えられる。国の力はもちろん、文化や芸術に置いても最先端を走っており、他国の流行は帝国から流れてくると言っても過言では無い。なお、この国には差別など無く完全な実力主義の為、力さえあれば誰でも成り上がれる。しかし、逆を言えば弱者は食い物にされるだけの厳しい国だ。



 人目の付かない場所に降り立ち、ブッセルの検問を受けたのは既に日が暮れ始めた頃だった。


 完全に日が暮れるとその日の検問は終わってしまうため、俺達はギリギリのラインで滑り込めたと言えるだろう。


 この後宿を取らなければならないことを考えると少し遅いが、これだけ大きな街なら宿はあまり余っているはずである。


「見栄をはりたいのは分かるが、流石にやりすぎだぜ坊主」

「そうそう。これは立派な犯罪だぞ?」

「........またこれか」

「さっさとして欲しいわね」


 そんな訳で検問を受けている俺達だが、案の定門番に止められていた。


 理由は明白で、鈍く金色に輝くこのギルドカードが原因だろう。


 銀級冒険者の頃の方がこういうことろでは面倒が無かったな。


 身長が小さく、まだ俺を子供だと思っている門番達は見栄を張りたいお年頃なんだなとか勝手に思っているが、そのギルドカードは本物である。


 さっさと休みたい俺達は、門番に嫌そうな顔をしながらも慣れた口調で言った。


「本物かどうかはすぐに分かるから、さっさと調べてくれ。あとコレ、グランドマスター直筆の証明書ね」

「ははは!!手の込んだイタズラだな!!グランドマスターの手紙を騙るまで犯すとは、重罪になるぞ坊主」

「今なら黙っててやるから、本物のギルドカードを出しな。俺達も若き目を摘みたくはないんだ」


 ここで即捕まえずに優しく諭すこの2人のオッサンは良い奴なのだろう。


 本来、ギルドカードの偽装は重罪中の重罪。


 死刑以外に選択肢がないほどには重い犯罪である。


 それを見逃そうとしてくれている彼らももちろん罪となり、このやり取りがバレれば共犯者として死刑になり得るのだ。


 門番としては失格だが、人としては良い奴である。子供の過ちを、優しく諭して見逃してくれるんだからな。


 もしかしたらこの2人にも子供がいるかもなと思いつつも、若干イラついているエレノアが爆発しない内に誤解を解くとしよう。


「いいから早く調べてくれ。あるんだろ?冒険者ギルドから貸し出されたギルドカードを確認する魔道具が」

「........坊主、悪いことは言わんから正直になれ。今ならまだ見なかったことにできる」

「そうだぞ。ギルドカードを調べるのはギルド職員だ。俺達ば笑って見逃せるが、奴らは違うんだぞ」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと調べなさいよ。ジークから時間を奪わないで頂戴」

「いや、だから──────────」

「強い言葉で言わないと分からない?さっさと調べろつってんのよ。焼くわよ?」


 殺気ダダ漏れで門番のおっちゃん達を脅すエレノア。


 どうも、エレノアは我慢できなかったらしい。


 既に検問に四時間近くは待たされてるからな。早く街に入って休みたいのだろう。


 門番のおっちゃん達もオリハルコン級冒険者の殺気は恐ろしかったようで、“どうなっても知らねぇぞ”と言ってギルド職員の居る部屋まで案内する。


 そこには、如何にも“ギルド職員です”と言わんばかりの丸メガネをかけたお兄さんが居た。


「どうかされました?」

「おう、この2人のギルドカードを調べて欲しい」

「分かりました。ギルドカードをお願いします」


 お兄さんの指示に従い、ギルドカードを出す俺とエレノア。


 鈍く金色に輝くギルドカードを見て、お兄さんは目を見開くが何も言わずにギルドカードを受け取ると、そのまま魔道具にかざした。


「........青い光、本物ですね」

「........は?本物?」

「えぇ、このお二人は間違いなくオリハルコン級冒険者様です。恐らく、新たにオリハルコン級冒険者となった“炎魔”様と“天魔”様かと........」


 冷や汗をかきながら丸メガネを抑えるお兄さんと、口をあんぐり開けて固まる2人のおっちゃん。


 気持ちはわからなくも無い。相手の実力を測れない彼らにとって、俺とエレノアは少年少女にしか見えないのだから。


 俺も逆の立場なら同じことを思っただろう。同情はするよ。


 固まる三人を見ていると、エレノアがギルドカードを回収する。


「これで私達の身分も証明されたわね?街に入ってもいいかしら?」

「え、あ、はい。大変失礼な態度をとって申し訳ありませんでした........」

「次からは気をつける事ね。余計な事を言うと死ぬわよ」


 エレノアは少し機嫌よく俺の手を握ると、そのまま街の中に入る。


 あの三人は暫く動けそうに無いな。


「エレノアにしては優しいじゃないか。おっさん達に忠告してあげるなんて」

「悪い人ではなかったからね。アレが屑ならチクってたわよ」


 偽装を隠蔽しようとしていた事だな。


 もし俺達がチクっていたら、死刑とまではならずとも何かしらの罰を受けて居ただろう。


 そうなれば、彼らは職を失うこととなる。


 エレノアは、それを忠告したのだ。半端な優しさは身を滅ぼすと。


 本人に通じているかどうかは分からないが。


「私って良い奴でしょ?」

「その一言が無ければ最高だったな」


 俺はそう言いながら、指を絡めてくるエレノアと一緒に宿を探すのだった。

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