vs武神1


 グランドマスターの後についてやって来たのは、だだっ広い訓練場だった。


 冒険者ギルド本部の裏に位置するこの訓練場の様な広場には、己の技を磨かんと努力する冒険者達が数多くいる。


 あるものは剣を振るい、あるものは魔術の鍛錬をする。訓練用の藁人形なども置いてあって、こうしてみると冒険者ギルド本部の設備がいかに充実しているのかがよく分かった。


 エドナスの冒険者ギルドの田舎ギルドには、藁人形すらないからな。あるのは適当に立てられた丸太だけだった気がする。


「あ、名乗り忘れたな。部屋に入った時のインパクトが強すぎた。俺はブラハム冒険者ギルドのグランドマスターにして、元アダマンタイト級冒険者だ」

「ジークです。よろしくお願いします」

「エレノアよ。テーブルを壊して悪かったわ」


 冷静さを取り戻したエレノアが少しバツが悪そうに謝ると、ブラハムは盛大に笑う。


「ハッハッハ!!何処ぞのオリハルコン級冒険者共と違って、ちゃんと謝れるとはいい子じゃないか。この馬鹿共はよほど怒られたりしない限り謝らないぞ」

「失礼ね。私が悪かったらちゃんと謝るわよ」

「儂も同じじゃの。儂が悪ければ謝るわい」

「ケッ、自分が悪いと中々認めないくせによく言う。日頃の行いを思い返せ。どれだけお前らオリハルコン級冒険者が冒険者ギルドに迷惑かけてると思ってんだ」


 ブラハムはそう言うと、オリハルコン級冒険者達にかけられた迷惑を思い出したのか苦い顔をする。


 少しの間だが、一緒に過ごしできた俺ですら“面倒だな”と思うことが多かったのだ。


 そんなオリハルコン級冒険者の相手を毎日されられているグランドマスターは、それはもう相当なストレスを抱えているに違いない。


 まだ髪の毛がしっかりと残っているのは、実は奇跡なのでは無いだろうか。


「いいか、間違ってもこんな奴らを参考にするなよ。オリハルコン級冒険者に憧れる冒険者は多いが、常識に関して言えばどうしようもない連中しか居ないからな」

「身をもって実感してるから大丈夫ですよ。反面教師にするので」

「是非ともそうしてくれ。もしオリハルコン級冒険者になれたとしても、俺の悩み事を増やさないでくれ。マジで」


 そう言いながらしばらく歩くと、余り冒険者のいない場所にやってくる。


 訓練場の奥に行けば、流石に鍛錬する冒険者の数も減っていた。


 それでもちらほら冒険者が見えるが。


「よし、ここら辺でいいだろ。早速試験を始めるとするか」

「アタシが実力を見てあげるわよん。周囲を巻き込まない程度に暴れて頂戴。あ、1人づつね」


 マリーにそう言われ、俺達はどちらが先にやるのか顔を見合わせる。


 俺はどちらでもいいので、エレノアの意見に従うとするか。


「ジーク、どっちがいい?」

「どちらでも。エレノアが決めていいよ」

「なら私が先に行くわ。正直、私もどっちでもいいけどね」


 エレノアはそう言いながら、トンファーを取り出してクルクルと回す。


 あまり見ない武器を取り出した為か、グランドマスターが物珍しそうにエレノアのトンファーを見ていた。


「ほぉ、中々に面白い武器を使うんだな。トンファーか」

「東洋の方ではそれなりに使われる武器ね。でも、扱いが難しいはずよ」


 そう言いながらゆっくりと構えを取るマリー。


 オネェ言葉を使う変人だが、こうして構えを取るとハッキリとその強さが見て取れる。


 拳は握らず左手を前に突き出し、右手を軽く腰より前に添える。


 一気に雰囲気が変わったな。剣聖が剣に手をかけた時と同じぐらいの圧を感じる。


 だが、遊び半分で俺達をあしらっている時の師匠ほどでは無い。


 やっぱり師匠はおかしいよ。俺達との手合わせで一度も本気を出したこともなければ、傷らしい傷も追った事がない。


 オリハルコンゴーレム君は相性の差で圧倒してしまったのでその強さがハッキリとは分からないが、多分師匠の方が強い。


 自分で“強さだけは破滅級魔物並”と言うだけはあるな。


 構えを取るマリーに対し、エレノアは両手をだらりと下げるだけ。


 そして、ぽつりと呟いた。


「別に完璧に扱えなくてもいいのよ。トンファーコレはあくまでも念の為。私のメインは魔術よ」


 エレノアはそう言うと、無詠唱で第五級炎魔術を放つ。


 ここでいきなり第七級炎魔術を放たないのは、間違って武神を殺さないようにするためだろう。


 第七級炎魔術を放たれても対応出来そうではあるが、万が一殺してしまっては問題となる。


 正直、思いっきり舐めプだったが、武神の実力が分からない以上やり過ぎない事は重要だ。


「第五級魔術を無詠唱か。その若さでその領域にいるのは凄いな」

「ほっほっほ。手を抜いておるのぉ」


 感心した声を上げるグランドマスターと、エレノアの実力を知っている為これが手抜きだと見抜いている剣聖。


 俺は何も言わずに武神の出方を見ていた。


「あら、熱いアプローチね。でも、この程度でオリハルコン級冒険者を名乗るのは難しいわよん?」


 刹那、武神の拳が突き出された。


 あまりにも早すぎた正拳突きは、ゴゥ!!と音を立て炎を掻き消す。


 幾らエレノアが手を抜いているとはいえ、たった正拳突き1つで魔術を掻き消すとは驚きだ。


「もう少し出力を上げても大丈夫そうね」

「そんな余裕があるかしらん?」


 武神が問題なく対応したことを楽しそうに見るエレノアと、次はこちらが攻撃する番だと言わんばかりに距離を詰める武神。


 その筋骨隆々な肉体からは想像もつかない程の素早さでエレノアに近づいた武神は、エレノアの腹に向かって正拳突きを放った。


 まともに喰らえば、エレノアと言えどタダでは済まない。


 だが、エレノアは自称破滅級魔物の強さを持つ師に鍛え上げられてきた魔導師だ。


 この程度の攻撃を喰らうほどエレノアも弱くない。


「甘いわよ」


 正拳突きを半歩左足を引くことで躱したエレノアは、カウンターを武神の顔面に叩き込もうとする。


 しかし、武神もオリハルコン級冒険者。反撃の拳が当たる前に体を引いて避けた。


「魔導師にしてはいい反応ね。下手な冒険者よりも近接技術がありそうだわん」

「それはどうも。それじゃ、もう少しギアをあげるわよ」


 そう言って、第六級炎魔術を無詠唱で放つエレノア。


 第五級炎魔術は軽くあしらわれたので、今度は少し火力を上げてみようと言う精神で魔術を放っている。


 広範囲攻撃を仕掛けないのは、周囲を巻き込まないようにしているからだろう。


 オリハルコン級冒険者2人とグランドマスターが居るという事で、訓練をやめて野次馬している冒険者を巻き込まないように気を使っている。


 エレノアの十八番は広範囲高火力の魔術だから、こういう時使いづらいよな。


 一応、狭い場所でも使える魔術も数多く持っているが、エレノアの好みでは無いのだ。


「フン!!」


 先程よりも強い正拳突きで炎を掻き消す武神。


 魔術を弾いた際にパン!!と言う破裂音が響く。


 こいつ、本当に人間か?エレノアの魔術を拳1つで消し去る奴とか聞いた事ねぇよ。


「ほっほっほ。今のは少しマジの一振じゃのぉ」

「これを連発されるとキツイかもな。エレノアも動けるから、捕まえるのは大変そうだし」


 冷静に現状を分析する剣聖とブラハム。


 俺は“エレノアが切り札を使ったら瞬殺なんだろうなー”と呑気なことを考えながら、心の中でエレノアを応援していた。


「まだまだ大丈夫そうね。もっと行くわよ」


 少し楽しくなってきたエレノアは、容赦なしに第七級炎魔術を放つ。


 流石にこれは掻き消せないと判断したのか、武神が初めてエレノアの攻撃を避けた。


「ちょっと──────────」

「次」


 武神が何かを言いかけたが、エレノアの猛攻は止まらない。


 レベルが上がったことにより膨れ上がった魔力と、師匠との修行で得た複数の魔術行使を組み合わせて次々と攻撃を武神に仕掛ける。


 最初こそ上手く立ち回っていた武神だが、徐々に押され始めて最後にはまともに第五級炎魔術を喰らってしまった。


「まだまだ──────────」

「そこまでだエレノア君。これは試験であって、殺し合いじゃないぞ」

「そう。残念だわ」


 さらに追撃を加えようとしたエレノアにグランドマスターが声をかける。


 エレノアは少し消化不良だったのか不満そうにしていたが、大人しくグランドマスターの言う事に従った。


「大丈夫か?」

「久々に一撃貰ったわん。私も本気じゃなかったけど、向こうも本気じゃなかったみたいだから言い訳にもならないわね」

「へぇ、お前がそういうとか、中々だな。新たなオリハルコン級冒険者が生まれるかもしれん」

「そうね。この後もう1人相手するとか、ちょっと嫌になりそうよん」


 そんなこと言ってるけど、おたく、エレノアの魔術を食らってほぼ無傷じゃん........


 俺は、武神の耐久力に驚きつつも“勝ったから褒めて”と言わんばかりにドヤ顔するエレノアを褒めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る