鉱石の魔王討伐


 魔王とのプライドバトルが始まってから1ヶ月後。魔の渓谷の深層に出てくる魔物の殆どは駆逐され、素材へと姿を変えてしまった。


 毎日のように頑張ってくれる闇狼のお陰で、このプライドバトルは完全なる勝利を収めている。


 そもそも、作ると壊すでは“壊す”方が圧倒的に簡単なのだ。


 建造物然り、人間関係然り。


 それはもちろん生命にも及び、命を摘み取ることは簡単でも育むことは難しいのである。


 料理とか分かりやすい例だな。作るよりも、食べる方が圧倒的に簡単だ。


 大量のミスリルゴーレムを創り出すオリハルコンゴーレムと、闇狼でミスリルゴーレムを壊すのとでは圧倒的にこちらが優勢だった。


「本当にお主らはレベルを上げることが好きじゃのぉ。まさか1ヶ月以上もここにこもるとは思わんかったぞ」

「それが俺たちだよ剣聖。お陰で楽しい程レベルが上がった」

「本当に凄かったわ。毎日とは言わずとも、かなり早いペースでレベルが上がってくれたのよ。楽しくて仕方がないわ」

「ほっほっほ。それは何よりじゃの。儂も剣の頂きを目指して我武者羅に修行してた時は、こんな感じだったのかのぉ?」


 剣聖はそう言うと、生活感溢れる洞窟に目を向ける。


 第一級白魔術によって照らされた洞窟内は、利便性を求めて色々なものが置かれていた。


 キャンプ用のテントだったり、少しお高めの寝具だったり。


 俺もエレノアも、あまりに散らかった場所で過ごすのは嫌なので最低限の掃除はしていたが。


 剣聖は深くため息を着くと、魔王の様子を聞いてくる。


 俺たちの生活についても気にはなるだろうが、それよりも今はオリハルコンゴーレムの方が大事だった。


「オリハルコンゴーレムはどうなっておる?」

「もう疲労困憊でミスリルゴーレムを生み出す余力がほとんど無いな。そろそろ討伐しようか相談していたところだ」

「毎日200体近く生み出してたミスリルゴーレムも、今や10体程度が限界になってるわね。深層に居たミスリルゴーレムも全部狩り尽くしちゃったし、もう用無しだわ」

「世知辛い世の中じゃのぉ。魔物とて用無しとなれば殺される時代か........言うて昔とさほど変わらんが」

「どの時代も食って食われての弱肉強食って訳だ。強いやつが偉いのは、どの時代でも同じだな」

「人の場合は、その強さが幾つかあるがの」


 魔王とて、弱者に回れば強者に食われる。


 俺達だって他人事ではない。師匠と出会った時なんかがいい例だ。


 あのエルダーリッチが暇つぶしに弟子にしようなんて考える変人ではなく、純粋に俺達を殺しに来ていたら俺たちの旅はあそこで終わっている。


 常に強者になり続ける。


 これが、この世界で求められる生き方だ。


 剣聖の言う通り、人の場合はその“強さ”に種類があるが。


 権力だったり、財力だったり、単純に暴力だったり。


 この中だと、“暴力”が1番手早く手に入れられて実感しやすいな。


 だからこそ、力で相手をねじ伏せようとする輩が多いのだろう。


「して、オリハルコンゴーレムは狩るのか?」

「狩る。いい経験値だったけど、流石に経験値効率が悪くなってきたからな」

「そうね。感謝の意味も込めて、せめて苦しまず殺してあげるわ。私じゃなくてジークがね」


 エレノアとは、既にオリハルコンゴーレムをどちらが狩るかの話し合いが着いている。


“普段、獲物を譲ってくれているのだから、ジークが狩りたい魔物に手を出すことは無いわ”と言って、オリハルコンゴーレムを譲ってくれたのだ。


 俺が感謝を述べると、エレノアは少し嬉しそうに“ジークのお陰で今の私があるの。ジークはもっと私に我儘になるべきよ。相棒なんだから”と言って俺の頭を撫でたのである。


 やはり、できる女エレノア。


 俺がオリハルコンゴーレムを狩りたいと言う気持ちをしっかりと汲み取って、俺の顔を立ててくれる。


 持つべきは、気の合う相棒だな。


 尚、その対価としてその日の夜は抱き枕にされたのだが、これは仕方がない。


「剣聖がオリハルコンゴーレムを殺した事にするんだよな?」

「そうじゃの」

「殺し方も考えた方がいいか?少し傷をつけたりした方が、激戦を演出出来るかもしれんし........」


 現在、オリハルコンゴーレムと戦っているのは剣聖となっている。


 俺達はあくまでサポート役として行動を共にしているだけであり、あくまでもオリハルコンゴーレムとメインで戦っているのは剣聖........と、軍や冒険者達には説明しているのだ。


 剣聖が、オリハルコンゴーレムを無傷の状態で倒すのは流石におかしい。


 オリハルコンを真っ二つにするのはさすがに難しいが、天使達を使えば幾つもの傷をつけて剣聖が戦った事を演出することは出来る。


 俺なりに気を使った発言だったが、剣聖は高らかに笑うと首を横に振った。


「ほっほっほ!!それには及ばんよ。適当ぶっこいておけば、あ奴らは儂の話を信じるじゃろうて。誰一人として、儂の力を測れるやつが居らぬでのぉ」

「そうか?どうやって倒したのかとか聞かれないのか?」

「それはあれじゃ、心の剣で魔石だけを斬り裂いたとでも言えば良い。それで信じるのでな」


 マジかよ。いくら何でも、剣聖を盲信しすぎだろ。


 剣聖がどれほど人外じみていたとしても、限界はある。


 心の剣で魔石だけを斬り裂くなんて話、普通は信じないだろう。俺だったら信じない。


 だが、この国に貢献してきた剣聖ならば、オリハルコン級冒険者ならばやりかねないと思われているんだろうな。


 俺はゆっくりと立ち上がると、身体を解して洞窟を出る。


 日は既に落ちているが、ここで決着をつけるとしよう。


「魔王が死する姿を見に行くか」

「いいわね。中々見れない光景よ」

「ほっほっほ、特等席で見せてもらうとするかのぉ。特上の酒を持ってこればよかったわい」


 夜闇に煌めく星空が天を照らす中、魔王に永遠の眠りを告げる為に俺達は動き出したのだった。



【闇狼(強化版)】

 第六級魔術“超力強化フルパワーエンチャント”によって強化された闇狼。維持費はそこそこ高いが、それでもコストが控えめで力も強い。

 噛み砕く攻撃のみならずその全てが強化されているため、生半可な魔物では太刀打ちできない。



 オリハルコンゴーレムは疲れ切っていた。


 ここ1ヶ月近く、かなり頑張ってミスリルゴーレムやアダマンタイトゴーレムを増やし続けたというのに、その全てが素材へと姿を変えてしまったとなれば精神的にも体力的にも疲れる。


 作っても作っても、配下が減っていくこの現状は魔王と呼ばれた者であろうと恐怖を抱くしか無かった。


「ドコデ間違エタノダ........」


 魔の渓谷の深層に、かつて栄えたゴーレム達の楽園は無い。


 あるのは静かな大地と、夜闇を照らす星々のみ。


 あまりに疲れきった今のオリハルコンゴーレムに、かつて“鉱石の魔王”と呼ばれた威厳は欠けらも無い。


「アァ、コレハ夢ダ........夢ナンダ........」


 オリハルコンゴーレムはそう言うと頭を抱える。


 目に見えない侵略者は未だに姿を見せず、植え続けられる恐怖はオリハルコンゴーレムの精神を壊す。


 とても人間らしい壊れ方をするオリハルコンゴーレムに、もう戦う意思は残ってなかった。


「終ワリダ........我ハ、モウ、終ワル」


 ブツブツと呟くオリハルコンゴーレム。彼の不幸は、頭のネジが外れたレベル上げ厨に目をつけられた事。


 それさえ無ければ、今頃地上に進行をしかけていた。


 だが、それは淡い夢。弾けた夢の先に待つのは現実という名の絶望のみ。


「アァ........ナンダカ眠タク、ナッテキタ」


 オリハルコンゴーレムはそう言うと、ゆっくりと目を閉じ始める。


 彼は本能で悟っていた。この先この目が開くことは二度とないのだろうと。


 この閉じた目の先に、自分の理想とする世界があるのだろうと。


 オリハルコンゴーレムが完全に目を閉じ切るその瞬間、ぼやけた視界に三つの影が見えた気がするが、オリハルコンゴーレムは気の所為だと自分に言い聞かせて、夢の世界に堕ちるのだった。

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