オリハルコン級冒険者としての素質


 オリハルコンゴーレムを発見した剣聖は、ジークとエレノアを残して一度地上に戻ってきていた。


 相手は“鉱石の魔王”。


 目を離すことは危険だと剣聖は判断し、2人を監視役として残してきたのである。


 今すぐにでも冒険者ギルドに駆け込んで増援を呼びたい気分だったが、それをすれば別の“魔王”を呼び起こす。


 剣聖の本能は、“鉱石の魔王”よりもレベル上げに取り憑かれた狂人の方が恐ろしいと告げていた。


 剣聖はどうしたものかと悩みながら冒険者ギルドに戻ると、ギルドマスターであるレリックの居る部屋にノックも無しで入る。


 山積みの書類を片付けるレリックは、剣聖を見ると不快そうな顔をしながらも出迎えてくれた。


「ノックぐらいしろと何度言えばわかる?」

「緊急じゃ。今日ぐらいは許せ」


 普段とは違う剣聖の雰囲気を感じたレリックは、これはただ事ではないと察し書類を片付ける手を止める。


 剣聖とは長い付き合いがあるレリックですら、この表情をした剣聖を見たことは無かった。


「何があった?」

「魔の渓谷の深層にて、オリハルコンゴーレムと思わしき魔物を発見した。ミスリルゴーレムを生み出している姿も確認したから、間違いないじゃろう。ココ10年近く起こっていた魔の渓谷の異変も、アレが原因じゃろうな」

「オリハルコンゴーレムだと........!!」


 剣聖の報告を聞いたレリックは、頭を抱える。


 想定はしていた。


 ミスリルゴーレムを統率する者が現れたとなれば、ミスリルゴーレムよりも強い魔物が現れたということ。


 最悪の場合、伝説とも言える“魔王”が魔の渓谷に顕現している可能性もあるのは理解している。


 が、それが現実に起こるとなれば、頭を抱えたくもなるだろう。


 対策を立てなければならないが、対策の立てようがない。


 圧倒的な力を持つ者に、弱者がどれだけ群れて抗おうと勝ち目は無いのだ。


 唯一対抗出来る剣聖と言えど、破滅級魔物を相手するのは厳しいものがある。


 と、ここでレリックは気づく。


 一緒に深層へと潜っていた2人が居ないという事に。


「........ジークとエレノアは?」

「オリハルコンゴーレムの監視をしておる。恐らく、嬉々としてな」

「........?」


 剣聖の言葉に首を傾げるレリック。


 監視しているのはまだ分かる。


 だが、破滅級魔物が現れたと言うのに、それを喜ぶと言うのが理解出来なかった。


「どういうことだ?」

「レリックよ。魔王は何を持って魔王と呼ばれる?」

「そりゃ、魔物を生み出すからだろ。魔物を生み、魔を統べるからこそ奴らは“魔王”と呼ばれるんだ」

「そうじゃの。魔物を人為的に生み出せるのは、ダンジョンを除けば“魔王”ぐらいじゃ」

「長話に付き合う気は無い。さっさと理由を答えろ」


 魔王の出現によって対策を立てなければならないのに、呑気に話す剣聖に苛立ちを覚え始めたレリック。


 彼は知らないのだ。ジークという人間が、如何にレベル上げという行為に魅了されているのかを。


 だからこそ、理由に辿り着けない。


 剣聖は1度大きくため息を着くと、理由を答える。


「魔物を生み出す魔王。そして、その生み出した魔物を狩り続けることによってあ奴らはレベル上げをしようとしているのじゃよ」

「........は?頭がどうかしてるんじゃないのか? 」


 こんな時にでもレベル上げのことを考えるなんて、正気の沙汰ではない。


 相手は破滅級魔物。早急な討伐が必要な相手なのだ。


「頭がどうかしておるじゃろうな。端的に言ってイカレておる。しかも、利点を上げられるとこちらも強く言えぬのが困るのぉ」

「と言うと?」

「魔王が何も消費をせず魔物を生み出せると思うか?」


 今回は、レリックもこの時点で剣聖の言いたい事を理解した。


 魔物を生み出す行為のみならず、この世界に生きる生命は何かを消費しなければ生きられない。


 例え魔王であろうとも、この世界の法則からは逃れられないのだ。


「つまり、消耗戦を仕掛けると?」

「今度は話が早いのぉ。そういう事じゃ。今すぐにでも討伐したいが、ジークたちの言っていることは恐らく正しい。最終的に魔王と戦うことになろうとも、できる限り弱った方がいいじゃろ?」

「それはそうだが........」


 レリックとしては、魔王などと言う脅威を放置しておきたくない。


 たが、討伐するとなればかなりの兵力と時間がかかるだろう。更に言えば、そこまで用意しても勝てるかどうか怪しい相手である。


 国のすべてを持ってしても、勝率が1割もあればいい方だ。


 その勝率を上げるための消耗戦となれば、レリックも反対する理由がない。


 問題は、ジークとエレノアはオリハルコンゴーレムから搾り取れるだけ経験値を搾り取るという事だろう。


 魔王相手にレベリングを考える奴が、国にオリハルコンゴーレムの経験値を渡すはずがない。


 こんなところまでオリハルコン級冒険者の資質に似なくていいのにと、レリックは再び頭を抱えた。


「間違いなく、手を出したら怒るよな」

「怒るじゃろうな。しかも、割と本気で。あれ程まで身の震える狂気と殺気を向けてくるのだから、下手をすれば魔王ではなく人の手によって国が滅ぶぞ」

「どっちも魔王じゃねぇか。うわぁ、あぁ言うタイプの奴を怒らせるとマジで怖いんだよな」


 レリックから見たジークという人間は、比較的温厚ではあるが一度でも怒らせると手の付けようがない、と言うものである。


 沸点がもの凄く高い代わりに、相手に対して“怒り”のではなく“殺意”を覚えるタイプだ。


 エレノアはジークに比べて怒りやすい代わりに、殺意の沸点が高い。


「なんで俺は魔王の対処に頭を悩ませるよりも、ジークに悩まされるんだよ。アイツも十分オリハルコン級冒険者の素質があるぞ」

「ほっほっほ。儂も同じことを思ったわい。剣に生きた儂よりも、己の生き方に固執する奴じゃの」

「クソ面倒じゃないか。ゼカ、何とか説得しろ」

「無理言うな。儂とてもう少し長生きしたいのでな」


 レリックはかなり悩みに悩んだが、やがて1つの結論を出す。


「........アダマンタイトの二人をいつでも動かせるようしつつ、国にも増援の要請は送ろう。剣聖、ジーク達が負けることは?」

「無いじゃろ。オリハルコンゴーレムに見つかって追いかけ回されない限りはな。あ奴らは、アダマンタイトゴーレムですら瞬殺する化け物じゃぞ」

「よし、なら国からの増援は送るが、お前が消耗戦を挑んでる事にしちまうぞ。そうすれば、軍は無理に討伐しようとせずにこの街に待機するはずだ」


 ドルンにももちろん軍はいる。だが、誰もが剣聖よりは強くなく、精々中級上の魔物を狩れる者が1人2人居るだけだ。


 どう頑張ってもミスリルゴーレムには勝てないし、深層に潜るだけの力はない。


“剣聖の足を引っ張るな”とでも言えば、彼らは大人しく引き下がる。


 それだけ、剣聖と言う存在がこの国を守ってきたのだ。


 しかし、念の為に軍は配置しておくべきである。


 最悪を想定しておくのは、冒険者として当たり前の行動だ。


「そして、儂が1人で魔王を討伐した事にすると?」

「それしかない。見た感じ、ジーク達は名誉を欲しがらない人間だ。経験値だけ満足に稼がせれば問題ないだろ........多分」

「まぁ、確かに名声を欲する様な性格はしてないのぉ。オリハルコン級冒険者になれると言った時も、あまり嬉しくなさそうじゃったし」

「マジで勘弁してくれよ。こう言う頭のネジがぶっ飛んだ奴はゼカだけで十分だっての。胃に穴が開きそうだ」

「ほっほっほ。レリックも大変そうじゃのぉ」


 お前はもう少し俺を気遣え。


 他人事のように笑う剣聖を見て、レリックは喉まで出かかったその言葉を飲み込みつつ、国に軍の要請をするのだった。

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