新たな魔術
その日、モンスタートラップとして恐れられる第二階層の広場は暗く沈んでいた。
新たに覚えた魔術“
絶え間なく襲いかかる魔物の波。自分達が狩る側だと言わんばかりに雄叫びを上げながら迫り来る魔物に向かって、エレノアは冷めた目で手をかざす。
魔力が魔法陣を作り出し、魔術としてこの世界に現象を起こした。
「吹き荒れろ」
たった一言で、迫り来る魔物たちは空へと打ち上げられて地面へと落ちていく。
高所からの落下。
空を飛ぶ手段を持たない魔物にとって、これほど効果的な殺し方は無い。
ぐしゃりと、全身を打ち付けた魔物達は息を引き取り、ダンジョンのルールに則って素材へと姿を変える。
そして、その素材となった魔物の残骸を守るように次の魔術を即座に放った。
「もう1発。ジーク、回収よろしくね」
「もうやってる。次、来るぞ」
少ない口数でコミュニケーションを取り合いながら、闇の中で自由に動ける闇人形達に指示を出して素材の回収を試みた。
初めてこのモンスタートラップを踏んだ時は、戦闘の余波で素材のほとんどをダメにしてしまったが、次第に戦い方を変えてきた今となっては素材をダメにすることなく回収出来る。
それでも尚、ダメになる素材が出てきてしまうのは仕方がなかった。
魔物の大軍と戦う事、約10分。
全てが死に絶え素材だけが残った広場で、エレノアは小さく息を吐いて腰を下ろす。
「この街に来て一ヶ月。大分やり方が安定してきたわね」
「金稼ぎは困らんな。毎日銀貨50枚近くも稼げるんだから」
「エドナスの街とは大違いね。あっちは一日中歩き回って銀貨1枚がやっとよ 」
「魔物が次から次へと湧いてくるダンジョンと、自然遭遇するしか宛のない森を比較するなよ。ダンジョンレベルで魔物が出てくる森とか絶対やべぇぞ」
「それはヤバそうね。そんな森があったとしても、近くに街はできないでしょ」
モンスタートラップの広場は1度罠を発動させた後、二時間ほどは安全になる。
俺は闇人形達に素材の回収を任せながら、エレノアと少し休憩を取っていた。
この街に来てから約一ヶ月。
週に一度の休みを除いて、俺達は毎日ダンジョンに潜ってはレベル上げに勤しんでいる。
毎日大量の魔物を相手にしているからだろう。レベルの上がり方が尋常ではなく早くエレノアは既にレベル16、俺はレベル25にまで上がっていた。
エレノアも遂に銀級冒険者並のレベルを手に入れ、そろそろ本格的に第三階層に向かおうかと相談するぐらいにはなっている。
中級下の魔物単体ならば苦戦することなく討伐することが出来るが、モンスタートラップを踏むにはまだ早かったからな。レベルも最近は上がりにくいと言ってたし、情報収集をしてから次の階層に向かうのもいいかもしれない。
そんな事を思っいると、闇人形達が素材の回収を終えて戻ってくる。
俺は、なんちゃってマジックポーチを持っている闇人形だけを残して、全てを回収すると、広場をおおっていた闇を取り払った。
「これのおかげで随分と戦略の幅が増えたわね。書店を回った甲斐があったわ」
「その本探すのに丸1日かかったけどな。覚えるの大変だったんだぞ?大した強さもないくせに、魔法陣がクソ複雑だったんだから」
“
指定した場所を影で覆うことが出来る魔術だ。これによって、闇人形達は影の中を自由自在に動くことが出来る上に、使い方によっては日光を塞ぐことも出来る。
攻撃力がない上に使い道も大して無い魔術だが、“影を作り出す”と言うのは俺に取ってはメリットが大きかった。
影の中を自由に動き回れる闇人形や闇狼を使える俺だからこそ、意味のある魔術である。もしかしたら、この魔術を作った人も俺と似たような戦い方をする魔術師だったのかもしれない。
第四級黒魔術に分類されるとても難易度の高い魔術であり、実践で使えるようになったのはここ数日の話である。
難しいんだよ。この魔術。
影を維持するための魔力は問題ないのだが、とにかく魔法陣が複雑で覚えるのが大変だった。
同じ第四級魔術である“
なのに、第四級魔術なんだよな。第五級魔術は、これよりもさらに難しいという事なのだろうか。
この魔術が書かれた本は、休みの日に古本屋を回って見つけたものである。
お値段なんと銀貨12枚!!高ぇ!!
あまりにも高いと思ったが、エレノアがじっくりと読みたそうにしていたので買うことにした。
値切ってこの値段だから、値切らなかったら後銀貨三枚ぐらいは高かっただろう。
俺も、魔術のバリエーションを増やせたので良かったが、これで知っている魔術ばかり書かれていたら燃やしているところだった。
........いや、燃やすのは勿体ないから売るな。
「ほんと使い勝手が良くていいわ。この“
「人間相手に使っても凶悪な魔術だよな。空を飛ぶ手段を持ってないヤツからしたら、恐怖以外の何物でもないぞ。それに、体の軽い魔物とか言いながら何十キロもある奴を吹っ飛ばせるのはおかしい」
「でも、オークは最大出力でも飛ばないわよ?」
「100キロ単位で体重があるやつまで吹っ飛ばせたらほかの魔術の立つ瀬がないよ。俺も覚えようかな」
「いいんじゃないかしら?第四級風魔術だけれど、そこまで魔法陣は複雑じゃないし」
エレノアが使っていた魔術“
効果は下から上へ風を発生させるものであるが、その威力が半端では無い。
ホブゴブリン程度ならば、容易く数十メートル吹っ飛ばせる威力の風を発生させるのだ。
物理法則はどこに行った?
最早風の勢いだけで相手を殺せてしまいそうではあるが、そこは何かと都合のいい魔術。この魔術だけでは吹き飛ばすだけで相手を殺すことは出来ない。
エレノアが使っていたように、高く打ち上げて地面に激突させる使い方が1番相手を殺すのには効果的だ。
流石にオークレベルの体重にまでなると吹き飛ばせないが、弱く軽い魔物相手には絶大な効果を誇る。
エレノアは、カバンから1冊の本を取り出すとしみじみと言った。
「これを買えたのはラッキーだったわね。また今度書店を回っみようかしら」
「いいんじゃないか?直ぐに入荷させることは無いだろうから、しばらく時間を置いてからになるだろうけど」
「そうね。それにしても、この本の作者は誰なのかしら?名前が書かれてないのよね。名前が分かれば、その作者のものを探すだけで済むのに」
エレノアはそう言って、本の表紙を眺める。
この本には、作者の名前が書かれていなかった。
「確かに探すのは不便だな。まぁ、誰が書いたかはそこまで重要じゃないだろ。問題は使えるかどうかって事だけだ」
「それもそうね。しばらく探していれば、第五級魔術の魔法陣が書かれた本も見つかるかしら?」
「どうだろうな。第五級魔術となると一気に数が減るらしいから見つけるのは難しいんじゃないか?」
「........いつの日か見てみたいわ。天才のみが到れる第五級魔術とやらを」
「案外、簡単に使えたりしてな」
「ふふっ、有り得るかもね」
そう言って笑うエレノアに釣られて、俺も笑みをこぼす。
俺は何気にこの時間が好きである。
こう言う何気ない会話の時間は、癒しを与えてくれた。
「さて、そろそろ行くか」
「第三階層ね。今日は沢山狩るわよ」
やる気に満ち溢れるエレノアと共に、俺は第三階層に降りるのだった。
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