魔術学院首席


 この街の冒険者ギルドの風物詩から上手く逃げた魔術師を追うこと数分、彼女は自分が付けられていることを察したのか立ち止まると、振り返ることも無く俺に声をかけて来た。


「勧誘は結構なので」

「いや、勧誘するつもりじゃ無いんだけど」


 確かに今の状況だと勧誘と思われても仕方がないか。俺はもう暫くソロのつもりだし、パーティーを組むしてしも出会ったばかりでは組む気になれない。


 が、彼女はそんな事情など知ったことでは無い。


 自分は魔術学院を卒業して冒険者になったのだから、勧誘かと思うのが自然だ。


 俺が勧誘するつもりは無いと答えると、魔術師は振り返り怪しげな視線を俺に送ってくる。


 凍てつく氷雪を連想させる白銀がかった水色の長い髪がなだらかに揺れ、深淵をも見通せるほど透き通った紫色の瞳がこちらを覗く。


 学院を卒業しているのだから、年齢は15歳。だが、その凛とした雰囲気と鋭い眼光からもう少し年上に思えてしまう。


 間違っても口には出さないが。


「ではなんの用で?」

「いや、あの大勢の人混みの中からいち早く抜け出したのが気になって。気配も完全に隠してたし、多分何らかの認識阻害系の魔術を使っていただろ?どうしてそこまでしてるのかなーと」

「........こんな子供に見破られるとは」


 言うてお前も子供やろ。12歳と15歳なんて大した差じゃないんだが、この世界では15歳からが大人として扱われる。


 そういう意味ではこの三歳差は大きな差であり、俺が子供と言われるのは仕方がない。


 それにしても、適当にカマをかけたら当たったみたいだな。確信があった訳では無いので、違っていたら恥ずかしい場面である。


「よく分かりましたね。それで?用はそれだけですか?」

「え?えぇと........お名前は?俺はジーク。鉄級冒険者だ」


 あまりにもつれない態度で話す彼女に気圧されつつ、俺はとりあえず名前だけでも聞いておこうと質問する。


 水色髪の魔術師は、僅かに口角を上げると格好付けて帽子を深く被った。


「エレノア。同じく鉄級冒険者よ」

「エレノア、いい名前だな。同業者としてよろしく」

「こちらこそ」


 エレノアと名乗った彼女は、それだけ言うと再びどこかへ歩きはじめる。


 方角的に、南門に向かうのだろうか。


 ゼパード達とは別れた手前、冒険者ギルドには戻りづらいし時間はまだ昼前。今から少し狩りをするとしよう。


 俺も彼女の後を付けるかのように歩き始めると、エレノアは嫌そうな顔をしながら再び話しかけてきた。


「........今のは別れる流れじゃないの?」

「俺もこっちに用事があってな。昼前だし、常設依頼でもやって時間を潰そうかと」

「私と同じ考えじゃない。やっぱり私と組みたいわけ?悪いけど、私はソロでやってくつもりだからね」

「安心してくれ、俺もソロだ」


 一気に崩した態度になるエレノアは、俺の腰に剣をぶら下げているのを見て“剣士ね”と勝手に決めつける。


 メインウエポンはどちらかと言えば魔術なのだが、一応剣も使う。こういう時の役割ロールは何て言えばいいんだろうな。


 魔術と剣を使うから魔剣士?でも、俺は剣で戦いながら魔術を行使する訳では無い(できないわけじゃないけど)。


 となると、どの役割もできる万能型オールラウンダーかな。聞こえはいいが、どれも中途半端になる器用貧乏とも捉えられる。


 うーむ。難しい。


 基本ソロだから役割とかどうでもいいか。


 俺はそう結論づけると、隣で俺を値踏みするエレノアに適当な話題を振る。


 ずっと視線を向けられるのは流石に辞めて欲しいし、何より落ち着かないからね。


「エレノアは魔術学院の卒業生なんだよな?」

「そうね。付け加えるなら首席よ」


 普通にスゲェ。


 どんな分野であれ、1番を取るというのは並大抵の努力では辿り着けない。中にはガチモンの天才も混じっている事があるが、大抵の奴は一番になるに相応しい努力をしているものである。


 俺は純粋にエレノアを褒めた。


「へぇ、それは凄い。首席なら引く手数多だろうに、なんでソロでやろうとするんだ?」

「その方が効率が良いからよ。1人の方が報酬も多くなるでしょ?それに、私より弱い奴とは組む気なんてないわ。そういう貴方は?」

「俺は人間性が分からんやつに背中を任せる気はないってのと、1人でも戦えるから。もちろん、エレノアの理由も入ってるけどな」

「........子供にしては考えてるわね。確かに、背中を預ける相手は信頼出来る方がいいわ」

「だろ?まぁ、パーティーを組んだら組んだで利点もあるから、そこは自分の性格や戦い方と要相談かな」


 パーティーを組もうとしない俺ではあるが、もちろん利点も多くある。


 自分一人では見切れない死角をカバーしてくれるし、万が一怪我を負った際は助けてくれるだろう。


 安全マージンを取れると言う点で見れば、命懸けの冒険者にとってはこれ以上ないメリットだ。


 俺の場合は、全部魔術でなんとでもなってしまうが。


 全部闇狼に命令しておけば、いいだけの話だし。


「貴方、幾つ?」

「年齢の話をしてるなら12歳だ。冒険者歴たったの一ヶ月半の産まれたてのヒヨコさ」

「とてもそうには見えないわね。ジーク、貴方思考が人生経験豊富なオッサンみたいな感じよ」

「よく言われる」


 偶に両親に言われるセリフですねそれは。


 経験則から導き出される思考と言うのは、例え転生しようとも変わるものでは無いのだ。


 それでいながら子供らしい言動もする為、親にはよく“変わり者”と呼ばれている。それでもちゃんと愛を感じる辺り、俺は親に恵まれているとは思うが。


 俺は、これ以上この話題は辞めておこうと判断すると、魔術の話に移ることにした。


 魔術学院では何を教えているのか、そして俺が学んできた独学の魔術理論は世間一般なのか、それを知るためである。


「魔術学院ではどんな事を教えてるんだ?」

「剣士に言っても分からないわよ。魔術理論は魔術師にしか理解できないわ。第一階級魔術における基礎理論何て話してもちんぷんかんぷんでしょ」

「あぁ、確か魔術を形成する魔法陣と魔力量によって定義されるとか言うやつだっけ?流石にもっと細かい事は知らないけど」


 魔術基礎の本に書いてあったな。魔術がどのように階級訳されているかは、魔術を形成する魔法陣の複雑さと魔術を使用する際の魔力量に応じて決められる。


 他にも細かい規定があるらしいが、本には“んなこと覚えなくても魔術は使えるから大体で覚えとけ”みたいな事が書いてあった。


 それでいいのか魔術基礎。


 俺がノータイムで答えたことが予想外だったのだろう。エレノアの足が止まり、僅かに口を開けてこちらを見ていた。


「剣士が魔術を理解するの?」

「いや、俺も魔術師だし」


 俺はそう言うと、手の平に灯火トーチの魔法陣を描き種火を出現させる。


 エレノアは更に驚き、両目まで静かに見開いていた。


「魔術師........?なら、魔術を行使する際の威力の底上げと魔力のコントロール補助をする杖はどこにあるのよ」

「持ってないけど?別に杖がなくても魔術は使えるだろ」

「それは確かに........でも、魔術が使えるだけで魔術師ではないわ。冒険者的に言えば、魔術で戦うから魔術師なんでしょ?」

「魔術で戦えるぞ。と言うか、俺はそっちがメインだ」


 そんな馬鹿なと言わんばかりにこちらを見るエレノアは、自分の目で確かめるまで信じない様で、最終的に俺に付いていくと言い始めてしまった。


 俺がおかしいのか?いやでも、お袋は杖無しでもそこそこの威力の魔術を使えてたしな。もしかしたら、剣を持った魔術師と言うのが信じられないだけかもしれない。


 俺は成り行きで一緒に行動することになったエレノアと、街の外に出るのだった。


 念の為に影に護衛を仕込みながら。

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