基礎こそが正義


 五歳になった頃、俺は自室で瞑想をしていた。


 既に自身の体内にある魔力を感じ取ることに成功し(半年もかかった)、今は魔術の基礎となる魔力操作の修行をしてる。


 体内に流れる魔力を感じつつ、それを自由自在に好きな場所へと動かしていく。最初は頭から腕へ、腕から足へと流れるように魔力を移動させることすら大変だったが、1分も休むことなく1年半も魔力操作をしていれば嫌でも上手くなる。


 寝ている時ですら魔力操作をしてたからな。昔お袋が使っていた魔力操作をし続けないと軽い電気ショックを喰らう魔道具をこっそり盗み出して、寝ている時に練習したのだ。


 最初の頃は寝ることもままならなかったが、今ではぐっすり安眠だ。


 今ではバラバラに魔力を操作させることにも成功し、新たに自分から切り離した魔力を操作する練習中だ。


 体内や自分に触れている魔力の操作は、己の手足を動かすように簡単にできるようになったが自分から完全に切り離した魔力を動かすのは本当に難しい。


 俺は放出系では無いのか........


 やっている事は、自分の息だけで人形を動かしている感覚だ。自らの手を使って人形劇をやるのではなく、息を吹きかけるだけで人形劇をやるのである。


 この例えで、少しは俺のやっている事の難しさが伝わるだろうか。伝える人居ないけど。


 集中を切らすことなく、何時間も切り離した魔力と格闘していると、コンコンと俺の部屋の扉がノックされる。


 ノックした主は、俺が返事を返す前に勝手に部屋に入ってきた。


「魔力操作の練習か?」

「うん。魔術の行使にはには必要不可欠な要素だからね。土台ができていないのに、高い場所に手は届かないよ」

「確かにそうだな。俺がガキの頃は魔力を感じ取れた時点で魔術に手を出したぜ。もちろん、全く出来なかったけど」

「そりゃそうでしょ。寧ろ、出来たら父さんは今頃大賢者様にも匹敵する魔術師になってるよ」

「ハッハッハ!!違ぇねぇ!!」


 腰に手を当てて胸を張るこの男こそ、俺の父親であるデッセンだ。


 おっさんらしく顎髭を生やしたナイスガイでありながら、料理の腕前はプロ級。鍛え上げられた肉体と、オールバックの青い髪型。厨二病が憧れる青と赤のオッドアイが特徴的である。


 俺は親父の血を濃く受け継いだのか、髪は青をメインとして赤色のメッシュが幾つかある都度だ。初めて自分の姿を見た時は“なんだこれ滅茶苦茶かっけぇ!!”と興奮したのを覚えている。


 残念ながら目は赤一色だが、それはそれでかっこいいので良しとする。


 親父は魔力操作の練習をする俺を無理やり抱き上げると、家の裏にある小さな庭に連れていった。


「父さん。俺は魔力操作の練習をしてるんだけど?」

「見りゃ分かる。が、家に引き篭ってては体が鈍るぞ。少しは外で遊べ。今日は父さん、暇だからな」

「遊んで欲しいの間違いでしょ。どうせやるのはチャンバラでしょ?」

「ハッハッハ!!そうとも言う!!」


 親父は、元剣士の冒険者だ。


 引退する前は、剣と盾を持った基本に忠実な剣士だったらしい。見た目からは想像がつかないが、親父は戦いになると一定以上の安全マージンを確保しながら戦うそうだ。


 だからこそ、殉職者が多い冒険者という職業でもやっていけたのだろう。


 お袋とは冒険者として旅をしていた時に出会い、パーティーを組んでしばらくした後結婚したらしい。


 俺から見ても、親父はかなり優良物件なのでお袋はいい買い物をしたな。


 そんな親父は庭に着くと俺を下ろし、壁に立てかけてあった木剣を手に取る。


 1つは俺にもう1つは親父が持った。


「どうせジークも冒険者になるんだろ?なら、今のうちに剣についても知っておくべきさ。知っているのといないのとでは全く違うからな」

「耳にタコができるほど聞いたよ、そのセリフ」


 親父もお袋も、俺が冒険者になると信じて疑わない。蛙の子は蛙と言うやつだ。


 実際、なるつもりだしせっかく異世界に来たのだから世界を見て回りたい。この世界には様々な種族が存在しているらしく、異世界の定番種族である獣人やエルフなんかも存在している。


 俺が住んでいるこの国、シャールス王国にも多種多様な種族が暮らしているのだとか。


 残念ながら、この小さな街エドナスの小さな店に訪れるのは人間ばかりだが。


「それに、魔術や剣を研究するだけではダメだぞ。レベルもちゃんと上げないとな」


 肩に剣を乗せた親父が、そんなことを言う。


“レベル”。RPGをやったことがある人なら絶対に聞いたことがあるその概念は、この世界にも存在している。


 レベルは魔物を倒すことで上がり、レベルが上がることで身体能力や魔力が向上するのだ。


 もちろん、レベルを上げる以外にも身体能力を向上させたり魔力を向上させる方法はあるのだが、一般的に1番効率のいい方法はレベルを上げることである。


 しかし、レベルと言う概念はあってもステータスという概念は無い。レベルは自分の意思によって確認することが出来るが、自身の能力を数値化するステータスはいくら念じても出てこなかった。


 まぁ、放置ゲーをしてその成果を確認できる方法があっただけ良しとしよう。


 俺のレベルはもちろんレベル1。親父はレベル15で、レベル10を超えればベテラン冒険者と呼ばれるらしい。


 このレベル15がどれだけ凄いことかは分からないが、少なくともレベルが15あれば一人旅をすることは出来そうだ。


「でも、レベルを上げるだけでもダメなんでしょ?」

「そうだ。レベルはあくまでも身体能力の向上や魔力量の増加をしてくれるだけ、技術は自分で磨かなきゃいけない。だから、俺と剣の修行もしようという訳だ!!」


 親父はそう言うと、俺に近づいて剣を振り下ろす。


 流石に5歳の息子に本気で剣を振るうことは無いので、俺も余裕を持って親父の振るった剣を受け流した。


 とは言え、剣の技術がない俺が完全に剣の威力を受け流せるわけが無い。


 両手に重い衝撃が走る。


「........っ!!」

「剣を受け流す時は、相手の剣をよく見ろ!!正面から受け止めて流すのは意味が無いぞ!!それと、受け流す時は剣だけじゃなく身体ごと流せ!!」


 親父はそう言いながら再び同じ軌道で剣を振るう。


 俺は先程よりも傾斜を付けて剣の腹で受け止めると、親父の助言通りそのまま体を半歩後ろに提げた。


 すると、先程の重い衝撃が腕を襲ってくることなく滑らかに剣が流れていく。


 多少の衝撃はどうやっても逃がしきれないが、先程とは大違いだ。


「やっぱりジークは剣の才能があるな!!言われてすぐできるとは、流石は俺の子だ!!」


 親父は満面の笑みで喜ぶと、そのまま滑り落ちた剣を俺の剣の下にくぐらせて跳ね上げる。


「あっ」


 受け流せたことに満足していた俺は、手から剣がすっぽ抜けてしまった。


 カランと地面に剣が落ちる。急いで拾いに行こうとしたが、親父がその行動を許してくれるわけも無い。


 コツンと軽く頭に剣を置かれる。


「初めてできた事に喜ぶのはいいが、気を抜くのはダメだな。その油断が命取りになるぞ」

「はい........」

「でも、気持ちは分かる。嬉しいよな、初めて出来たことは。よくやったぞ」


 親父はそう言うと、俺を抱き上げて俺の柔らかい頬にジョリジョリとした髭を押し当てる。


 誰かに褒められるというのはやはり嬉しいものだ。親父もお袋もよく俺を褒めてくれるから、やる気が出る。


 それはそうとして──────────


「髭が痛いよ父さん」

「ハッハッハ!!俺の髭は硬いからな!!」


 少し抵抗してみるも、大人と子供。ましてやレベル差14の俺にこの状況を切り抜けられる訳もなく、大人しく痛みに耐えるのだった。

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