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「話を戻しますヤグルマ先生、つまり、あなたは魔女見習いに対する悪魔的所業のほう助をしたという事になります、これは断じて許されない行為ですよ」


 師匠はわずかに強い口調でそう言うと、ヤグルマ先生はかなり動揺した様子で目玉をギョロギョロと転がし始めた。 

 それは、まるでどこかに救いの手が差し伸べられていないかを探しているかのようだった。しかし、それと同時にあれだけ見渡しても救いの手が見当たらない様子の先生は、軽く立ち眩みをおこした様子でフラフラとし始めた。

 

「わ、私はそんな事を指示した覚えはありません。そこにいる魔女見習いが罪の重さに耐えきれず私をも巻き込もうとしているだけに違いありません」


「では、先生は今回の一件に何一つ関与していないとでもいうのですか」


「そうですっ、私はこの学校の先生ですよっ、そんな人が悪魔的所業に手を染めると思っているのですかっ、ましてや未熟な子どもにそんなことをするはずがありませんっ」


「これだけの未熟な者たちを巻き込んでおいて、知らぬ存ぜぬですかヤグルマ先生」


「未熟であることを盾に好き勝手やるのが子どもの常とう手段、そうっ、あなた達はそうして私を嵌めようとしているのでしょうっ」


 かなり混乱した様子のヤグルマ先生はそんな事を口にした後、ついに立っていられなくなったのか、机に手を当てて疲れ果てた様子を見せた。すると、突如として教頭先生が拍手をし始めた。


 それはこの場を一旦取り仕切るかの様な拍手であり、そのままヤグルマ先生と師匠の間に立った。そうして双方を眺めた後、教頭先生はヤグルマ先生をじっと見つめた。


「私も暇ではないですから、そろそろ決着をつけましょう。ヤグルマ先生、何か最後に言い残す事はありますか?」


「教頭先生、私は彼らが言った様な悪魔的所業を行った覚えはありません、何かの間違いです」


「それだけ?」


「え、えぇ」


「先生、我々の世界において嘘をつくというのは、非常に危険な行為であるのはあなたもご存じですよね」


 教頭先生の言葉にヤグルマ先生はハッとした様子を見せると、即座に両手で口を押えた。


「呆れた事です、まさかこの私に嘘をつこうだなんて思ってはいませんよねぇ」


「ち、違います教頭先生、私は嘘をついたつもりではなくてですね」


「えぇえぇ、もちろんここにいる未熟な魔女見習い達が嘘をついている可能性があるということですよねぇ」


「そ、そうです、むしろここにいる子たちは未熟な魔女見習いです。保身のためのいたずら心で嘘をついているというのはよくあることだと思いませんか?」


「勿論、ですからここにいる者たちを全部私の部屋に呼んで真実を吐き出させるのですよ」


 その言葉はどこか恐ろしく聞こえた。そして、教頭先生特有の高い所から降りてくる視線は痛いほどに突き刺さってきていた。

 それに伴う形で、真実を吐き出させるという行為がどこか拷問の様なものを想像させられた。

 そして、先ほどまでの様子見の緊迫した空気ではなく、今すぐ逃げ出さなければならない様な、命の危険を感じてしまう程の危機感に襲われた。


 それは少なからず私以外の人にも伝わっているのか、誰一人口を開くことなく教頭先生をじっと見つめていた。そうして沈黙がしばらく続いたところで教頭先生は再び口を開いた。


「というわけで、まずはヤグルマ先生から始めましょう」


「・・・・・・ひぇっ?」


 ヤグルマ先生は聞いたこともない様な甲高い声を上げて反応した。


「あなたの様に教職に就く立派な大人は子どもに悪魔的所業をほう助する事はしないでしょう、なぁにすぐに終わりますよ先生」


「待ってください教頭、確率からいうと大人よりも子どもの方が嘘をついている統計結果がありましてですね。今回のケースはその状況に当てはまるというかなんというかですね、とにかく私からというのは少々おかしいのではないかと・・・・・・」


「斑鳩、先生を例の部屋に連行しなさい」


 教頭先生の言った「斑鳩」という言葉に驚いていると、いつの間にか研究室の入り口に斑鳩先生が立っていた。

 すると、彼はまるで床を泳ぐかの様にスイスイとした足取りで歩いて来た。そして、ひざから崩れ落ちているヤグルマ先生を優しく抱き抱えると、そのまま研究室の出入り口へと向かっていった。


 去り際、ヤグルマ先生は「どうして」や「私は悪くない」といった言葉を何度も連呼しながら、最後には悲痛な悲鳴を残して研究室を出ていった。

 その様子をその場にいたみんなで見送ると、ふと教頭先生がため息を漏らした。


「ふぅ・・・・・・」


 教頭先生は煙が混じった息を吐いた。それは私が想像するため息よりもはるかに長く、吐き出される煙は私たちの足元にまんべんなく広がっていった。

 まるで雲の上にでもいるかのような感覚になりながらも、今回の件が落着しそうであることに私は安心していた。


「しかしまぁ、入学から今に至るまで退屈させないものね大角さん」


 話の矛先は私だった。しかし、教頭先生は私に目を合わせることなく天井を見上げながら物憂げな様子を見せていた。


「す、すみません教頭先生」


「いいえ、校長の意向だから仕方がない・・・・・・ですが、あまりにも異質すぎるのは面倒ごとを増やす原因になってしまいますねぇ」

 

 教頭先生はこれまでの淡々とした口調ではなく、少し間が入った感情のこもった話し方をしている様に思えた。


「いいですか、身の振り方には気を付けることですよ大角さん、あなたはただの魔女見習いではないのですから」


「は、はい」


「それから、私はこれからヤグルマ先生と楽しいお茶会を開いて楽しいお話しをすることになりますが、もしも、あなた達にも非があるようならばすぐに呼び出しますから、その時は覚悟しておきなさい」


 教頭先生はどこか意味深な言葉を言うと「よっこらせ」と口にしながら立ち上がりこの場を去っていった。その背中を見送ると師匠が即座に口を開いた。


「大丈夫だ、君達がどうにかなる事はおそらくないだろう。むしろ学校側から最大限のケアが施されるに違いない。ただ、アゲハさんについては少し心配だな」


 少し不安そうな様子の師匠に対してペラさんがスッと手を上げて声を上げた。

 

「そこは心配しないでくださいリードさん、彼女の事は私がカバーします。今回の一件は私にも問題がありましたから」


「そうかい、それは頼もしいが困ったことがあったら屋敷の同胞に知らせるなり、俺の事も遠慮なく頼ってくれ」


「はい、ありがとうございます。それからカイア」


 ペラさんはそう言って私を見つめてきた。その様子はどこか悲しげであり、なんだか不安になった。


「な、なんでしょう?」


「今回の一件、彼女のことを許してあげてほしいの」


 そういうとペラさんは俯くアゲハさんを優しく抱き寄せた。その様子に私はアゲハさんに対してこれっぽっちも恨みや怒りを感じていない事を伝えるとペラさんは優しく微笑んだ。そして、アゲハさんは再び私に謝罪の言葉を述べて深く頭を下げてきた。

 

 その様子に耐えられない私はたまらず頭を下げて「こちらこそ、すみませんでした」と言い慣れた言葉を口にした。すると、その様子が余程おかしかったのか師匠が小気味よい笑い声をあげた。


「いやぁ人付き合いってのは難しいものだ。だが、それが人を成長させるものでもある。とりあえずは一件落着といった所だな、今日は屋敷に帰って弟子・・・・・・じゃなくて大角さんの慰安パーティーでもするか」


「わぁ、またパーティですか嬉しいですかっ、よかったわねカイア」


 ペラさんは嬉しそうに私に微笑みかけてきた。


「しかし、パーティだなんて大げさではありませんか?」


「そんな事はない、ベリル屋敷では度々パーティーが開かれるものだ。嬉しい事や辛い事があった時はみんなで分かち合って狂ったように盛り上がるのさ」


「賛成ですね、俺もリードさんに色々と聞きたいことがありますので」


 アルバ様はそう言って、どこか真面目な顔つきでリードさんをじっと見つめていた。


「ん、俺に聞きたい事があるのかアルバ」


「はい、そこにいる大角さんとの関係や、おかしな呪文について聞いたみたいんです」


「おかしな呪文?」


 二人の会話から不穏な空気を読み取った私は、すぐに首を横に振って何も秘密を漏らしていないことを師匠に伝えてみると、師匠は「分かった」とでもいうかのように何度かうなづいた。そして師匠はアルバ様と肩を組んだ。


「いい度胸だなアルバ、俺とのパーティーは夜通しだぞ、ついてこられるか?」


「も、もちろんです」


 そうして、ひょんなことから始まった今回の一件はひとまず落ち着いた。その後、一羽のツバメが飛んできて師匠に一通の手紙が届けられた。そのツバメは教頭先生の使いの鳥だと師匠は言っていた。


 そして、届けられた手紙には「本件は、ヤグルマ先生の独断専行による重大な逸脱行為であり、その責任は彼女がすべて負う事になる。また、本件にかかわりのある魔女見習い達に非は無し」と書かれていると師匠の口から聞かされた。


 その手紙が届いた後、本当に決着のついた事件を慰労すべくベリル屋敷でパーティが開かれた。残念ながらアゲハさんが出席するということはなかったが、ベリル屋敷では盛大なパーティが開かれた。

 そして、私はそれまでに関わってこなかった先輩達と今回の一件についての話をしながら、たくさんの交流をする事になった。

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