12
「あと、明確な違いがあるとすればベリル屋敷の先輩たちが揃っているっていうのは君たちにとってはやりやすい場所だと思うよ」
リードさんの言葉を聞いてあたりを見渡してみると、確かに見覚えのある顔がちらほらと見てとれた。その中には私達に向かって手を振ってきている人の姿さえ見られた。
その様子から、確かにベリル屋敷に住むものならばこの属性を選ぶ他ないと思ってしまった。そして、その方が私という異質な存在をまだ許容してくれるのではないかと思えた。
そんな事を思いながら私以外の三人の様子を見てみると、彼らもこの場所に好感を持っているのか、どこか居心地のよさそうな様子が見て取れた。
「まぁ、どこの属性も立派な魔女を目指すという気持ちは変わらないから、君達が居心地の良いと思う所に行けばいい。ただ、この風属性で過ごした日々はとても充実していて最高に楽しかったとだけは言っておこう」
この学校で指折りの魔女見習いであるリードさんが言うのだから間違いないのだろう。そう思った私は、自らに魔法の才能がなくともこの場所で勉強してみたくなった。
そうすれば、もしかするとリードさんのように素晴らしい魔女見習いになれるかもしれない、そして憧れのアルバ様にも少しは近づけるかもしれないと・・・・・・
そんなことを思いながら私達はリードさんの案内の元、風属性を見学して回った。それはこれまでの属性見学の中で最も充実しているように思えた。
他の三人もとても楽しそうにしており、そんな様子に私まで嬉しくなっていると、ふとリードさんが私にだけ手招きしているのに気付いた。
ニヤニヤと、まるで悪だくみでもしているかのような姿にドキドキしながら彼の元へと向かうと、リードさんはすぐに口を開いた。
「大角さん、もうどの属性に行くか決めたかな?」
「か、風属性に所属したいと思っていますっ」
「そりゃあいいね、じゃあついでに例の件についてはどうだい?」
「例の件というのは?」
「・・・・・・キンについてさ」
リードさんは周囲を見渡しながらヒソヒソと耳打ちしてきた。
「えぇっと、私にお手伝いできることがあるのであればぜひ協力させていただきたいのですが」
「そうかっ、じゃあ属性見学が終わったらベリル屋敷の裏庭にある女神像の所で待っていてくれないか?」
リードさんは私が風属性に所属することよりもはるかに喜んだ様子でそう言った。
「えっと、それはアザミがたくさん咲いている所にある像の事ですか」
「そうそう、そこで待ってて」
なんだか不思議な約束をしてしまった私は、そのまま属性見学を楽しみ最終的に風属性への所属を決めると、これまた不思議なことに同じく見学を共にしていた残りの三人も風属性への所属を決めていた。
それはとても心強く、どこか安心する結果に私は思わずほおが緩んだ。
そうして、私の人生の中でも珍しく順調で快適な一日を過ごしながら約束の場所でありベリル屋敷の裏庭へと足を運んでいた。風で揺れるアザミの花を眺めながら穏やかな気持ちでリードさんを待っていると、背後から足音が聞こえてきた。
「ここのアザミは綺麗だろう?」
リードさんは現れるなり優しい口調でそう言うと、なぜかゆっくりと忍び足で私のもとまでやってきた。
「あっ、はい、そうですね」
リードさんの言った通り裏庭はアザミが見事に咲き乱れており、それらは女神像を取り囲むかのように埋め尽くされていた。気のせいではあるだろうが、どことなくこれらアザミの花々はまるで意思を持っているかのようにうごめいているように見えて、なんだか心がざわついた。
「うんうん、今日も元気に咲いてるなぁ」
不安な私とは正反対にのんきな様子のリードさんを見て、たまらず質問したくなった。
「あのぉ」
「ん、どうかした?」
「ここのアザミって、なんだか変じゃありませんか?」
「どのあたりが変だと思った?」
リードさんはわずかにほほ笑みながらそう尋ねてきた。それはまるで私の疑問に対する答えを知っているかのように思えた。
「その、まるで意思を持って動いているように思えます」
私の言葉に対してリードさんは少し目を見開いて驚いているかのような様子を見せた。
「よくわかったね、大角さんの言う通りここに咲くアザミは動くんだ。そして、それはより大きな音によって来る性質を持っている」
「音?」
「少し試してみようか」
そう言うとリードさんは両手を広げたかと思うと勢いよく柏手を打った。すると「パンッ」という心地よい音と共に突如としてあたりがざわざわとし始めた。それは風による草花のざわめきというよりは何かが這い寄って来るかのような、そんな気味の悪いものに思えた。
そして、その這い寄る音へと目を向けてみると、先ほどまで大人しくしていたアザミの花々が私たちの元へと密集してくるように集まってきていた。
「ひ、ひぃっ」
思わず情けない声を上げると、リードさんは優しく微笑みながらシーッと声に出して人差し指を立ててきた。
「大丈夫だ、アザミたちの行動範囲は決まっていてね、花壇を縁取るレンガの外には出られないようになっているのさ」
リードさんの言う通り、レンガで縁取られた所からアザミの花々が出てくることはなかった。しかし、迫りくるアザミたちはとても恐ろしく見えた。
「こ、これはどういう事なんですか?」
「仕組みは分からないが、この魔法学校が建立された時からこのアザミはここにあるらしい、だから俺も初めて見たときは驚いた。だが、生態を知ればこれほど可愛く頼もしい花はいないものさ」
「生態というのは、先ほど言っていた音で反応するという事ですか?」
「そうだ、もしも知らずにこの花壇に踏み入ろうものなら、その者はこのアザミに刺し殺されるだろうね」
「え、ころ・・・・・・」
「と、いうのは冗談だが、聞いた話だとここのアザミに襲われると三日三晩寝込んで熱と痛みに苦しむことになるらしい」
「お、恐ろしいですね」
「あぁ、知らないと怖いが、知っていればちゃんと対処できるものだ」
そう言うとリードさんは「よく聞いて」と言い残し、何かをぼそぼそとつぶやいた。一体何が起こったのだろうと不思議に思っていると、リードさんが微笑みながら私に何かを語り掛けているように見えた。
しかしその言葉は聞こえず、たまらずリードさんに歩み寄ろうとしていると彼はまるで「待った」と言わんばかりに手を突き出してきた。すると、リードさんは唐突にアザミが咲き乱れる花壇へと足を踏み入れようとしていた。
一体何をするつもりなのだろう、と、ドキドキしながら彼の姿を見ていると、不思議なことに彼の足元にあるアザミがまるで道を開けるかのように移動し始めた。
それは音に反応している姿とは真逆に思える現象であり、私は不思議に思いながらリードさんを見ていると、彼はアザミの花畑を抜けて待ち合わせ場所である女神像の元へとたどり着いていた。
「ジャジャーン」
変な掛け声と共に、両手を広げて踏ん反りかえるリードさんは少しお茶目で思わず笑いがこぼれた。そしてそれ以上に、私は彼の不思議な力に興味津々だった。
「あの、どうやったんですか?」
「それは秘密だ・・・・・・と、言いたいところだが君には伝授すべきだろう」
「もしかして魔法ですか?」
「その質問にはうまく答えられないが、俺が『よく聞いて』といった後につぶやいた言葉を覚えてるかい?」
私はついさっきまでの出来事を振り返り、リードさんが発した言葉を思い出した。それはとても短く簡単な言葉だった。
「はい、覚えています」
「それを口に出して唱えてみてくれるかな、呪文が成功すれば、君は新たな世界に足を踏み入れられる」
ワクワクするような台詞に心惹かれながら、私は『その言葉』を口にすることにした。そして、リードさんのようにゆっくりとアザミの花壇へと歩みを進めようとするも、アザミたちは私の足音に反応するかのように這い寄って来た。
その様子からわかるのは失敗の証、私は魔法の呪文を唱えることに失敗してしまったようだ。そして、何度唱えてもアザミが道を開けてくれることはなく、ただただ自分の無能さを実感していると、唐突にひそひそ声が聞こえてきた。
それは間違いなくスーの声であり、胸にかけてあるネックレスから直接語り掛けてきていた。相変わらず心が落ち着く良い声をしているスーは優しく語りかけてきた。
「カイア、聞こえているかなカイア?」
「は、はい、聞こえていますっ」
「カイア、今の君ではの呪文を唱えることは難しい、私が手を貸そう」
「え?」
「少しばかり私の力を君に貸そう、そうすれば今の君でも呪文が少し扱えるようになる。
それから、呪文を『言葉』ではなく『音』と意識してみることだ、君が今やろうとしていることはコミュニケーションをとるためのものではなく、超自然的な領域のものだと思うんだ」
そう言い終わると、スーはそれ以上喋らなくなった。
するとその直後、私はなんだか全身に力がみなぎってくるような高揚感を感じた。それはまるで今なら何でもできてしまいそうなほどのものだった。
もしかするとこれがスーの手助けなのかもしれない、そう思いながらリードさんに教わった『ナギ』という呪文を『音』という意識を持って唱えてみた。
呪文を唱えた後、体感的には何の変化も感じられなかったが、リードさんはどこか驚いた様子で私に向かって手招きしていた。
彼の様子を見るにどうやら呪文が成功したようだ。
私は高揚する体と心を落ち着けながら、アザミの花畑へと足を踏み入れようとしていると、アザミたちは私の足先から逃げるように道を開いてくれた。その様子はとても感動的であったが、それと同時にアザミたちが逃げていくのは心なしかさみしく思えた。
そんなことを思いながら一歩二歩と大地を踏みしめていくことしばらく、私はいつの間にかリードさんの元へとたどり着いていた。ほっと一息吐きながら見上げると、そこには目を丸くするリードさんの姿があった。
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