11
「あらあら、これはこれは」
聞きなれた声に心臓の鼓動が高鳴った。思わず拳に力が入り、この場の寒気のせいで身体が硬直したような感覚に陥った。まさに蛇に睨まれた蛙の様な気分、なんてありがちな状況だ。
もしも他に例えるのなら・・・・・・そうだな、部屋にゴキブリが現れたような気分だ。つまりは得体のしれぬ緊張感とそれに伴う落ち着かない精神状態のダブルパンチが私を支配している。
そうして、その場でたたずんでいると、ニヤニヤと笑う赤毛の女とその取り巻きの数人が私の元へとやって来た。
「こんな清らかな場所に汚らわしい化け物が一匹、ここはあなたのような者がいる場所ではないのよぉ」
不穏な言葉と共にやってきた彼女は私の目の前に立つと、私を見下すかのように顎をクイッと上げて見下ろしてきた。
「ふふふ、おはよう化け物」
嫌味としか思えない言葉におずおずと挨拶を返すと彼女はクスクスと笑った。まさか、居心地が良いと思っていた場所に、いつも私を虐めてくる彼女がいるなんて思わなかった。
こうなると、いくら居心地が良くてもこの場所には居られない。なんて歯がゆい状況なのだろう。そんなことを思っていると、ふと背後にぬくもりを感じた。
「あらワーテリオンさん、私の大切な友人に何か用ですか?」
そんな言葉と共に、私の肩を背後から優しく抱いて微笑みかけてくれるペラさんはまるで女神の様だった。そんな彼女に大きな安心感を抱きながらも、この状況においての自らの弱さを嘆いた。
「あらぁ、化け物のお友達?」
「えぇ、ペラ・クアトロよ、よろしくね」
口に出すのも嫌な赤毛の女『イスズ・ワーテリオン』は、ペラさんに臆することなく対話していた。
おそらく彼女はどんな相手であろうとこの態度を貫くのだろう。そんなことを思いながらワーテリオンを見つめていると、彼女は目を細めながら私を見つめてきた。その目つきはどこか不機嫌を表現しているようであり、厄介事のにおいが強くなっていくような気がした。
「ふーん、友達ができたのね化け物、良かったわね化け物、化け物には化け物がお似合いってわけねぇ」
ワーテリオンは私とペラさんを見つめながらあからさまな侮辱をつぶやいた。すると、ペラさんはその言葉に反応した。
「さっきから化け物化け物って、私達の事を言っているのかしらワーテリオンさん」
「えぇ、悪名高きクアトロ一族、あなたその末裔なんでしょ?」
「悪名高いかどうかは知らないけれど、その通りよ」
違和感を感じる不穏な言葉に対して、ペラさんはハキハキと返事を返した。それにしても悪名高きクアトロ一族というのは何か有名な一族だったりするのだろうか?
「なら化け物で間違いないわねぇ、けど、こうして人の姿に化けてる分だけ見栄えはいいものねぇ、どこかの化けることもできない獣にも見習ってほしいものよ」
「さっきから誰の何の話かはわからないけれど、もう行ってもいいかしらワーテリオンさん」
「いいけどぉ、仮にも名家の出身であるあなたが、どうしてその化け物と一緒にいるのかしら。もしかしてそいつに何か利用価値でも見出したのぉ?」
「・・・・・・」
ペラさんは黙りこくり、ワーテリオンをじっと見つめていた。そんな彼女の様子は一体何を考えているのか想像つかない無表情なものだった。それだけに変な想像をしてしまいそうな程にペラさんは不気味に無言を貫いていた。
すると、そんな静寂に耐えられなくなったのかワーテリオンがニヤニヤといやらしい顔をしながら口を開いた。
「ねぇ、答えてくれないと分からないわよ、悪名高きクアトロ一族のご令嬢さん」
「価値ならあるわ」
ペラさんの返事に私はドキリとした。
「あら、流石はクアトロ一族、その化け物に一体どんな利用価値があるっていうの、教えてくれる?」
どことなく声が上ずるワーテリオン、その様子はまるで子どものようにウキウキワクワクとした様子に見えた。そして、それとは対照的に落ち着いた様子のペラさんはゆっくりと口を開いた。
「愛でるのよ」
「なるほど・・・・・・はぁ?」
ペラさんから出て言葉に私は一瞬戸惑った。それはワーテリオンも同じらしく、困惑した様子を見せる彼女はとても新鮮だった。
それは、いつもいけ好かない彼女に一杯食わせてやったかのような。普段のうっ憤が晴らされていく爽快な気持ちになった。
「見てみなさいここにいるカイアを、この捨てられた子犬の様に怯え、けれど無垢な赤子のように自由で愛らしい姿を。こんな存在愛でるしかないでしょう?」
「な、何を言っているのよあなた」
ワーテリオンは相変わらず動揺した様子、そしてペラさんは私をさらに抱き寄せてきたかと思うと頭をなでてきた。まさに愛でるという言葉を体現する彼女の行為に私はただ身を任せる事しかできなかった。
「カイアはこんなにも可愛い、私はこの子の傍にいたいのよ」
「何を言い出すかと思えば気持ちの悪いことを。あなたの一族がヤバいって話は聞いていたけど、こんなにヤバい奴だとは思わなかったわ」
ワーテリオンはどこかおびえた様子で口元を手で押さえると、一目散に周囲の取り巻きと共に私たちの元から去っていった。しかし、何か思い出したかのように戻ってくると「ここは私が選ぶ高貴な属性よ、あなたのような汚らわしい存在は来ないように」と釘を刺してきた。
そして、私は相変わらず頭を撫でられていると、ワーテリオンは気に食わない様子で私たちを交互に見つめた後、離れていった。
そんな背中を見つめていると、ふと背後から声が聞こえてきた。
「おいお前ら、これは何の騒ぎだ?」
それは確かにアルバ様の声であり、私はペラさんと一緒に振り返ると怪訝そうな顔をしたアルバ様とニコニコ笑顔のモモちゃんがいた。
「あら二人とも、見学はどうだった?」
「ここは湿気が多くてカビ臭いからダメだ、あと辛気臭い奴らが俺の事をじろじろ見てきて不快だ」
アルバ様は明らかに拒否反応を示しており、今すぐにでも立ち去りたそうにウズウズと体を揺らしていた。
「まぁ、アルバは有名人だものね」
「そんなことより何やってたんだお前ら、変な注目が集まってたぞ」
あたりを見渡すといつの間にかギャラリーが集まってきており、それらは私たちに注目していた。しかし、そんな騒ぎもワーテリオンが去っていくと共に徐々に散っていっていた。
「何ってカイアを愛でていたのよ、見てわからない?」
ペラさんは私の頭をより一層撫でてきた。そんな様子にアルバ様の眉間のしわが深くなった。
「愛でる?そいつはお前のペットじゃないんだぞ」
「わかってるわよ、ちょっと面倒事があったからこうやって場を凌いでいたのよ」
そう言ってペラさんは私から離れた。それが少しだけ寂しかったがアルバ様の前で恥ずかしい姿をいつまでも晒すのはいけないと思い身だしなみを治してしっかりと自分の足で立った。
「クアトロ、お前は相変わらず狂ってるな、完全にどうかしている」
「いいのよ終わったことだから、それよりも次の属性を見に行きましょう。ここはどうもジメジメしていて気分が悪いもの」
私とは対照的な二人は水属性に対してそろって低評価を下していた。個人的には居心地の良い場所なだけにすこし疎外感を感じるものの、あのワーテリオンの住処になりそうなこの場所を選ぶことはないだろう。
「じゃあ次は雷属性にでも行くか、あそこも中々ハードらしいからな、パッと見て次に向かうぞ」
アルバ様の口ぶりは雷属性にはあまり興味がなさそうだった。やはりペラさんが最初に言っていた通り、アルバ様は風属性にしか興味がなかったのかもしれない。
「あら、そんなに?」
「噂じゃこの学園で一番とがってるって話だ、どうにもいい噂を聞かねぇし、婆ちゃんも気をつけろって言ってた位だ、よっぽどらしい」
アルバ様の言う尖っているという言葉の意味が分からないまま西へと向かうことになると、突如として騒がしい音がかすかに聞こえてきた。そして、丁度近くにいた先輩らしき人が私たちの元へとやってくると、いそいそと耳当てを持ってきてくれた。
「新入生だね、さぁ、これをつけてつけて鼓膜が危ないよ」
どうやら鼓膜に支障をきたすほどの場所らしく、内心おびえながら耳当てをつけると雑音が消え去った。それはまるで鼓膜がなくなったかと思える程だったが、それでもわずかに聞こえてくる物騒な音が聞こえる事から、耳あての性能が高いだけの様だった。
「うるさい場所だな」
かすかに聞こえるアルバ様の声を聴きながら私たちはおずおずと歩みを進めた。一歩近づくごとにその音が大きくなっていく様な気がして足を踏み出したくはなかったが、それと同時にこの先に一体何があるのかが気になった。
ほどなくして見えてきた場所は火属性とはまた違った明るい場所であり、具体的には温かみのある火の光ではなく刺激の強い様々な色をしたライトがそこら中にちりばめられており、見た目だけなら一番幻想的で魔法っぽい雰囲気に思えた。
しかし、その光と共に現れたのは大きなステージとステージ上で戦う人の姿が見えた。その人たちは魔法や武器を用いながら戦いを繰り広げていた。
近くにいた案内役の先輩によるとあれは演舞らしいが、雷属性に入れば本格的な戦闘訓練を行う事が出来ると話していた。
本格的な実践派が主体の雷属性を前に思わず足がすくんでいると、唐突に左手を掴まれた。誰だろうと振り返ると、そこにはうんざりとした様子のペラさんがおり、その背後にはすでに次の場所へと向かおうとしているアルバ様の背中が見えた。
どうやら私とモモちゃんだけがちゃんと見学していたようだ。確かに居心地がよさそうではないし私に合わないとは思っていたけど興味本位で思わず見とれてしまっていた。
私はうんざりとした様子のペラさんに手を引かれるままモモちゃんと一緒に雷属性を後にした。となると、残された最後の見学先は東の風属性であり、おそらく今日の大本命となる場所だろう。
東の風属性の拠点へとたどり着くと、その場所に着いた途端に心地よい向かい風がフーッと体を突き抜けてきた。
それはその場にいた四人全員が感じ取った様子で、私たちは互いに顔を見合わせた。誰もが驚くその出来事に驚いていると、今度は背後から追い風が吹いてきた。
それは四人全員が思わず前によろけてしまうほどのものであり、数歩踏み出してしまった私たちはもう一度互いの顔を見合わせた。
「これは随分と粋な歓迎ね、流石はあなたが陶酔するリードさんのいる属性といったところかしら?」
ペラさんはアルバ様にそう言うと、アルバ様はとても嬉しそうな顔で微笑んでいた。
「俺たちは歓迎されている、さぁ行くぞ」
意気揚々と進むアルバ様の背中はとても大きく見え、私はまるで引き寄せられるかのように彼の背中を追った。風属性の拠点に到着して、すぐに案内役の先輩が私たちの元へやって来た。
そんな、颯爽とやってくる様子は実にさわやかで四属性の中でも群を抜いているように見えた。しかし、そんな案内役の到着を前にして、私たちの背後から声が聞こえてきた。
それは聞き覚えがありとても落ち着いた耳心地の良い声だった。
「やぁ、来たね四人とも」
振り返るとそこにはリードさんが立っており、ニコニコと笑顔で両手広げて「ようこそ」と言った。その様子は私たちをとても歓迎してくれているように見えた。すると、リードさんの登場に真っ先に反応したのはアルバ様だった。彼はすかさずリードさんに歩み寄った。
「リードさんっ」
「やぁアルバ君、今日の見学はどうだい?」
「リードさん、俺は絶対に風属性に入るって決めていました」
「おぉっ、それはいい、ちなみに他の属性には行ってきたのかい?」
「はい、一応すべての属性を見て判断しようと思っていたので全部回ってきました」
「いい心がけだ、じゃあせっかくだからベリル屋敷の馴染みであり、頭領としての俺が直々に案内しよう」
「いいんですか?」
リードさんの唐突の提案にアルバ様は嬉しそうにガッツポーズをしていた。そんなアルバ様の様子はどこかほほえましく、どこか親しみやすいように見えた。おそらくだが、アルバ様にとってリードさんはまるで絵本に出てくるヒーローの様な存在なのかもしれない。
「大切な若い同志のためならば、先輩は一肌脱ぐものだ」
リードさんはローブの裾をめくりあげるしぐさを見せながらそう言った。めくれ上がった裾から見えるリードさんの腕は筋肉質であり、見た目とは裏腹にかなり鍛えているように見えた。
そうしてリードさんは丁度近くに来ていた案内役の人にあらかたの説明をすると、案内役の人は私たちに「楽しんで」と一言残して去っていった。
「まず初めに、風属性の特色は主に主体性と独創性を重んじていてね、よそとは違って規則とかは少ない」
「へぇ、じゃあ他の属性は規則が多いんですか?」
ペラさんはそう尋ねるとリードさんは苦笑いをした。
「そうだなぁ、厳密にはここの規則が少ないと言った方がいいだろう。理念を重んじるが故に少し自由すぎるって感じもある場所だ」
「なんだか私にはとても魅力的に感じます」
リードさんは申し訳なさそうな感じでそう言たのとは対照的に、ペラさんはどこか満足気にしていた。
「まぁでも、自由だからこそ辛い部分もあってね、風属性に入ってみたものの、あまりに自由すぎる故に他の属性に移る魔女見習いも少なくない、見ての通り風属性は毎年新入生が少ない事で有名なんだ」
あたりを見渡してみると、確かにこれまでの属性に比べて人が少ないように感じた。そしてリードさんの口ぶりからして属性というものは移籍できるものだということに驚いた。
「ですが、風属性出身の魔女は有名な人が多いですよね、それこそ現代魔法における若きカリスマの『ジュリアス・ドッペル』さんもそうだと聞いています」
ペラさんは流暢に喋りながらワクワクとした様子でリードさんに質問していた。彼女もまたアルバ様と同様に風属性に対して好感を抱いているのだろう。
「そうだね、ちなみにここの校長であるマスタージーナも風の出身だよ。あと、忘れてはいけないのは『ロベルト・クーキー』だね、彼の遺した『空の書』は現代の魔法界にもとても強い影響を与えている」
次から次へと知らない名前が飛び出してきた。おそらく魔法界では有名人なのだろう。しかし、それにしてもあの校長先生がそんな有名人ぞろいの風属性の出身だったとは。
確かに何者にも囚われない風の様な人である事を考えると、不思議ではないのかもしれない。そう思いながらケラケラと笑う校長先生の事を思い浮かべた。
「そしてアルバ君のお婆様も風の出身だね」
「はい、婆ちゃんも風属性の出身ですっ」
リードさんの言葉にアルバ様は嬉々として応えた。本当にアルバ様はリードさんのことを尊敬しているのだろう。私といる時とはまるで違った様子に少し憂鬱になった。
「もちろん知っている、君はその血をしっかり受け継いでいるようだね」
「はいっ」
アルバ様が喋るたびに、彼の機嫌がとても良いという事が分かった。あんなにキラキラとした笑顔を前に、私は彼から目を離せなくなってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます