独居屋敷における食事は、主に一階にある食堂によって行われる。食堂では、数少ない独居屋敷の生徒達が各々に食事をとっている。

 そんな食堂へと向かっていると、食堂の入り口で人が立っていた。その人は私たちに気付くと、ヒラヒラと手を振ってきた。


「やぁ、来たね新入生達」


 手を振って待ち構えていたのは、この独居屋敷の頭領の一人であるミカエル・リードさんだった。


 幅広い年代が集うこの魔法学校において最年長である彼は、色眼鏡をかけたとても優しそうな人であり、学内でも有数の優秀な生徒だ。

 彼と最初に会った時、頭領なんて言うものだからとても怖いイメージがあったが、いざ彼を前にするとそんな印象はどこかへと消え失せた。


 もしかすると本当は怖い人なのかもしれないが、そんな様子を全然見られないし噂を耳にすることもない。ともかく、リードさんは私の様な者にも気さくに話してくれる人だ。

 しかし、話すといってもここに来たばかりの時に挨拶したくらいで、それ以外はほとんど交流はない、それでも私の人生においては印象が良い人であることに違いない。

 

 リードさんは私を一目見た後に、すぐにペラさんとモモちゃんに目を移した。


「初めまして、僕はミカエル・リード、この屋敷の頭領だ。何か困ったことがあったら気軽に僕に相談してくれるといい」


 ペラさんとモモちゃんはリードさんと挨拶の言葉と握手を交わしていた。すると、寮長は何かに気付いたように辺りを見渡した。


「おや、一人足りない様だね?」


 それはおそらくアルバ様の事だろうとわかったが、ペラさんが即座に反応して見せた。


「もしかして、もう一人を呼んできた方がいいでしょうか?」


「そうだねぇ、できればそうしてもらいたいかな、なんたって今日は君たちの歓迎会だからね」


 歓迎会、そんなものがあるとは知らなかった。マロン先輩はそんなこと一言も言っていなかったけど、だとしたら先輩も食堂で待ち構えていたりするのだろうか?


「歓迎会を開いてもらえるのですか?」


 ペラさんがそう尋ねるとリードさんは嬉しそうに笑った。互いに歓迎会というものに好印象といった様子だ。


「これも学校行事の一つで寮の方でも催されている。向こうは人が多いからもっと盛大だろうけどね」


「そうなんですね、じゃあじゃあ、私今すぐ呼んできますっ」


 ペラさんは興奮した様子でアルバ様を呼びに行こうとしていると、丁度アルバ様がツカツカと歩いてきていた。

 その様子はいまだ怖い印象だったが、アルバ様がこちらの様子に気付いたのか、少し駆け足でやってきた。


「あっ、アルバこっちこっち、早くはやくしなさいっ」


 ペラさんは興奮した様子でぴょんぴょん跳ねながら一生懸命手招きしていた。その様子にあきれた様子を見せるアルバ様は軽くため息をついていた。


「おい、何の騒ぎだこれは」


「歓迎会よ歓迎会っ」


「歓迎会?」


 不思議な様子で首をかしげていたアルバ様は、リードさんの存在に気付いた様子を見せると、急ぎ足でリードさんのもとに向かい、即座に握手を交わした。


「リードさん、婆ちゃんから話は聞かされています、お目にかかれて光栄です」


「やぁアルバ君、こちらこそ光栄だよ、君ならここに来るだろうと思っていたからね」


「目標を高く持ち、努力を怠らなければ、おのずと道は開かれていくという婆ちゃんに教えられましたから」


「おぉ、君には才能だけでなく素晴らしい精神も備わっているようだ」


「まだまだ未熟者です、ここで多くの事を学べればと思い、独居屋敷を志願しました」


 アルバ様とリードさんは互いに力強く握手し、互いを称えあうかのように楽しく会話していた。その様子に先ほどまでの姿が嘘の様であり、何よりこの姿こそが私の知るアルバ様によく似ていた。


「さぁ、君たちの歓迎会だ存分に楽しんでくれ」


 そう言うとリードさんは勢いよく食堂の扉を開いた。


 すると、中はキラキラと輝く装飾で彩られており、いつもは人もまばらな食堂も多くの人が集まっていた。

 食堂に並べられた机の上には肉、野菜、果物といったものからカラフルなお菓子などが並べられており、さながらパーティの様な光景だった。

 ここ一か月の様子とは違う光景に驚きつつ、リードさんの案内で食堂へと入ると、私たちは盛大な拍手で迎え入れられた。


 そうして拍手喝さいの中を歩き、リードさんに促されながら用意された席に腰を下ろした。するとリードさんは食堂の中心に立ち、姿勢を正して一つ咳払いした。


「さて、今日ここに集まってもらったのは他でもない、我らが家であるベリル屋敷に新たなる仲間を歓迎するためだ。ここにいる新入生の四人は今日から我らの同胞となり家族同然に生活を共にする事になる。

 この屋敷での生活は寮の生活と変わりはない、ルールに従い集団の中で生きる事を学び、その上で自尊心を磨く、これは我がエルメラロード魔法学校の誰もが願っていることであり、そうすれば世界はもっと良くなるはずだ。諸君にはここで多くの事を学び、素晴らしい魔法使いへと成長してほしいと願っている」


 リードさんの演説に耳を傾けていた人々は、彼の言葉に一区切りがつくと盛大な拍手で彼を称えていた。その様子だけでもリードさんという人がいかに素晴らしい人であり、リーダーシップのある稀有な存在である様子がうかがえた。


「まぁ、俺の言葉はそこそこに、今日は新入生の歓迎会だ。たくさん食べ、話し、そしてこれから始まる学校生活をより良きものにしようっ」


 リードさんの言葉に食堂は大いに盛り上がり、再び食堂内は拍手喝采していた。そんな流れに身を任せ私も拍手した。そうして盛り上がりを見せる中、私達新入生の元へ先輩の方々が集まってきていた。

 

 それらは主にアルバ様やペラさんの元へと集まり、興味津々といった様子で質問攻めをしながら共に食事をしようと誘っている様子がうかがえたいた。それはモモちゃんにも言える事であり、彼にも人が集まり仲を深めようとする様子が見受けられていた。

 そんな中、私の元へやってくる人はおらず、少し疎外感を感じた。しかし、自らが禁忌を犯せし魔女見習いである事を思い出した私は、早々に席を立つことにした。


 もしも、ここで話しかけてくるようならば入学式の日からここにいる私に多少なりとも関わってくる人がいたはずだ。もちろんこの屋敷を取り仕切る人たちには挨拶はしたけれど、それ以外の先輩との接触はマロン先輩を除いてほぼ無いというのが現状だ。

 だからこの状況は決しておかしくない、そう思いながら騒がしい場所から避難しようとしていると、丁度私のもとにマロン先輩がやってきていた。


「やぁカイアちゃん」


「え、先輩?」


「そこは騒がしいだろうからさ、少し離れた所に行こう」


「え、あっ、はいっ」


 マロン先輩が話しかけてくれたことに、私はなんだか救われたような気がした。そして先輩の後を追って食堂の端、人のいないところへと移動すると、先輩は大きなため息をついた。


「ふぃー、どうも人込みは苦手でさぁ、こういう集まりもあんまり好きじゃないんだよなぁ」


「わかります」


「しっかしカイアちゃんは不人気だねぇ、私ですら新入生歓迎会の時は先輩に話しかけられたものだよ?」


「・・・・・・あはは」


 マロン先輩のからかうような言葉に苦笑いすることしかできなかった。しかし、それほどにこの学校において禁忌とされることをしてしまったのだろうと改めて実感した。


「まぁ、そんな一人ぼっちのカイアちゃんに話しかけた私は、さながら白馬の王子様って所かな?」


 マロン先輩はどこか得意げに鼻を高くしてふんぞり返っていた。その姿は私が想像する白馬の王子様とはかけ離れており、そのあまりにおかしな様子に笑いが込み上げてきた。


「ふふっ」


「む、何がおかしいカイアちゃん、せっかく助け船を出した先輩に向かって失礼だぞ」


「すみません、助けてもらったのは嬉しいんですけど、白馬の王子様というのがおかしくて」


「そんなに笑うことないだろう」


 そうして、マロン先輩との時間を楽しんでいると、私たちのもとにアーモンド先生がやってきた。ここではあまり見かけることのない人なだけに少しうれしく感じた。


「カイアさーん」


「せ、先生っ」


 随分と嬉しそうな様子でやってきた先生は間髪入れずに私に抱き着いてきた。そうしてしばらく私を抱擁したのち、満足した様子で離れた。


「ふふふ、今日から私も新入生と一緒にこの屋敷に配属されることになりましたよ」


「え、そうなんですか」


 先生の報告をとても嬉しく感じた。どんな理由があろうと私に好意的に接してくれる人がいるという事は本当に喜ばしい事だ。そう思っていると、隣にいたマロン先輩が怪訝そうな顔をしていた。


「どうしましたか先輩?」


「いやいや、どうしてアーモンド先生がいきなりここに配属されるのかと思ってさ」


 疑問を抱かれていることに何かを感じ取ったのかアーモンド先生は急にあわただしくなった。


「こ、校長先生のお達しですよ、何かおかしいですか?」


「じゃあ、先生がカイアちゃんと親しげなのはどういう理由ですか?」


「え、それは私が彼女のお目付け役というか、なんというか」


 お目付け役という言い方をされると、そこはかとなく私が悪い事をしたように思えるけど、禁忌を犯した身分だからあながち間違った表現ではないような気がした。


「なるほど、禁忌を犯せし魔女見習いを監督するためにわざわざ派遣されてきたんですね」


「えぇ、そうです、大変名誉で重要な役職です」


「ふーん、でもその割にはアーモンド先生を選ぶ辺り変ですね、こういうのはクロノスケ先生とかが妥当だと思うんですけど。ほら、あの人って体中に目がついてるくらい隙の無い人じゃないですか、それに比べてアーモンド先生はその対極なわけですよ・・・・・・不思議ですね」


 マロン先輩の鋭い指摘にアーモンド先生はうろたえていたが、まるで自我を保つかのように胸を張り、腰に手を当てながら踏ん反りかえった。


「なんと言われようともう決まったことです。私はカイアさんにより良い学校生活を送ってもらうために行動するのみです。それに、斑鳩先生なんかに大切なカイアさんを預けられませんよっ」


 どうやら先生は斑鳩先生に相当の苦手意識があるようだ。


 アーモンド先生のサプライズもあり、少しだけこの歓迎会が楽しくなりそうだと思っていると、丁度その時リードさんが私たちの元へとやってきた。


「アーモンド先生、話は聞いていますよ、今日からここに配属されるんですよね」


「これはこれはリード君、よろしくお願いしますね」


 リードさんと先生は互いに挨拶を交わしながら握手をした。


「さて、大角さんもいることだし、良かったらゆっくりお話でもどうですか、先生も交じってもらえると助かります」


「えぇ、もちろんです」


 そうしてなんだか奇妙な四人で会食することになった私は、少し緊張した様子で背筋を伸ばしていると、私なんかよりも、はるかに緊張した様子でいかり肩のマロン先輩が隣にいた。

 その様子に思わず笑いが込み上げてきたが、自分も大差な事から笑いをこらえ、これから始まる会食に覚悟を決めた。


「さて、早速だけど大角さん、君には謝っておこうと思う、申し訳なかった」


「・・・・・・え?」


 突然の謝罪に困惑していると、リードさんは謝罪の言葉と同時に下げていた頭をあげて、ニカッとはにかんで見せた。


「いやぁ、禁忌を犯せし魔女見習い。俺が知る限りとんでもない問題児がこのベリル屋敷にやって来たものだから、下調べやらなんやらしてたら今日までかかってしまってさ、本当に君には参ったよ」


 リードさんは頭をポリポリと掻きながらそう言った。その顔は苦笑が含まれており、色眼鏡の向う側にある彼の目元にはクマが出来ているように見えた。


「あの、一体どういう事でしょうか?」


「簡単に言うと、君の素性が謎すぎて警戒していたのさ」


「私が謎だったのですか?」


「あぁ、でも君の隣にいるクレナータさんが色々教えてくれてね、そのおかげでこっちは安心することができたのさ」


 マロン先輩に目を向けると彼女は眼鏡を曇らせながら「えへえへ」と気味の悪い笑い声をあげていた。


「あとは、ここにいるアーモンド先生と校長先生から直接お話を聞く事ができてね、あれは貴重な時間でした。アーモンド先生の熱心なお言葉が無ければ今日は迎えられていなかったでしょう」


 アーモンド先生はマロン先輩同様に照れた様子で笑っており、二人してリードさんにメロメロになっているように見えた。


「えっと、それでリードさんお話というのは?」


「まずは君に謝りたかったという話だ。君がここに来てから随分と冷たい態度をとってしまったからね」


「いえ、そうなってしまう事を私はしてしまったのですから皆さんのせいではありません」


「いや、これは断じてやうるされてはならないことだ、本当にすまなかった」


 再び頭を下げるリードさんにこっちの方が気まずくなり、すぐに頭を上げるように言うと、彼は遠慮気味に頭を上げた。


「本当は君にもここにいる彼らとの時間を過ごしてほしいが、謝罪の件とこれからの事を話しておきたかったから、彼らには我慢してもらう事にした」


「では、もしかすると私も歓迎されていたりするのでしょうか?」


「当たり前だっ、俺たちだって初めから君を仲間外れにしようだなんて思っていない、ただ、君はあまりにも規格外すぎてね、俺たちもまだ未熟だから色々と勘ぐってしまったんだ」


 どうやら私の知らないところで色々な迷惑をかけてしまっていたらしい。知らないところで私が迷惑をかけているのはとても情けないものだ。しかし、リードさんの様子を見る限り歓迎されているのは間違いなさそうだった。


「なんだか、色々とご迷惑をおかけしたみたいですみませんでした」


「いやいや、君が気にすることじゃない、それに今となっては大角さんはここに必要不可欠な存在であることに違いない、これから仲良くやっていきたいと思っている」


「私もここでの生活には慣れましたし、とても居心地がいいと思っています」


「そうか、その言葉が聞けて良かったよ、これもクレナータさんのおかげだ、本当に感謝しているよ」


 リードさんはやたらとマロン先輩をほめて彼女を見つめていた。


「そ、そんな私は別に何もしてないですよぉ」


 マロン先輩は照れた様子でそう言うと、近くにあったお菓子に手を伸ばしてパクパクとほおばり始めた。その小動物の様な様子を横目に私は安心感を覚えた。


 詰まるところ私はここにいてもいいのだ。


 入学式からわずかな期間であったけれど、とても孤独に感じた日々がこれからはましになるかともうと思わず肩の力が抜けた。

 つくづく浮き沈みの激しい人生を送っているものだ。今後は、もう少しなだらかになってくれると嬉しいのだが、それは無茶な願いなのかもしれない。

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