たどり着いた場所は学校の門の前だった。黒光りするその門は鈍い光を放ちながら重厚感あふれる様を主張していた。そして何よりその柱は人型を模しているような作りであり、それはどこかで見覚えのあるような姿をしているように見えた。

 そんなあまりに大きな門を呆然と見上げていると、少女が声を上げた。


「待たせたなアーモンド」


 少女の声と共にあたりに目を向けると、白いローブを身にまとった人がいるのに気付いた。その人は大きな眼鏡をかけた茶髪の女性で、彼女はいそいそと門に駆け寄ると、細い体を目いっぱい動かしながら門を開いてくれた。

 眼鏡の女性はゼェゼェと息を荒げながら私たちのもとに駆け寄ってくると、少女の前で膝から崩れ落ちた。


「ど、どうしてこの門は手動なんですかねぇ、校長先生」


「何言ってんだアーモンド、門が簡単に開いちゃ困るだろ?」


「それはそうですけどぉ」


 眼鏡の女性は疲れた様子で這いつくばり、そして私の方へと顔を向けてきた。すると、私を見つけるなり彼女の疲れた目つきがハッと見開き、這いつくばる体を必死に起こしながら私の元へと寄ってきた。


「うわっ、もしかしてこの子は」


「あぁそうそう、とりあえず後は全部任せるぜアーモンド」


 そういうと少女はトコトコと門を通ってどこかへ行ってしまった。そして取り残された私はなぜか眼鏡の女性と二人きりになり、その人は目を血走らせながら握手を求めてきた。


「アーモンド・レイです、この学校で回復魔法と植物学や幻獣の研究をしている者です、あと歴史の教師もしています、気軽にアーモンドと呼んでください」


「あっ、あっ」


 突然の自己紹介と握手にすぐさま応えると、アーモンド先生は柔らかい笑顔で私の手を優しく握り返してくれた。


「大角カイアさん、校長先生からお話は伺っていますよ」


「え、あの、校長っていうのはもしかして」


「えぇ、先ほどの方が我がエルメラロード魔法学校の校長先生なんですよ」


「えぇっ」


「ふふふ、驚くのも無理はありません、あの方は催しごと以外ではめったに姿を現しませんから」


 そういう問題ではないと思うのだが、もしかしてこの世界ではああいう人が普通だったりするのだろうか?


「あの人が校長先生・・・・・・」


 こういうのを狐につままれたとでもいうのだろう、まさか私を待ち構えて案内してくれたのがこの学校の校長だったなんて。せめて、一言いってくれればよかったのに。


「そんなことよりもカイアさん、私は校長先生の命令によりあなたを最大限サポートする役目を受けております、なので、何かわからない事があれば何でも私に聞いてください」


「サポートというのはどういうことですか?」


「えぇ、何でもあなたはあの大角雄才さんから直々に推薦された方と聞いています、その上、校長から片時も目を離さずにいろなんて言われています」


「そうなんですか?」


「えぇ、さぁさぁ入学式に向かいましょう、とても大事な行事ですからね」


 そうして、アーモンド先生に手を引かれるがまま大きな大きな学内へと入った。

 

 まるで、おとぎ話に出てくるような大きな城を彷彿とさせる学校を歩くことしばらく、徐々に喧騒が聞こえてきた。それはザワザワと人の声が入り混じるものであり、私はどこか緊張してきた。

 ここに至るまでの道中も多くの人という存在が私を極限状態にするほど緊張させ、私がいかに人と関わってこなかったというのを実感させるものだった。


 それでも、私はこの緊張感すらもこれから始まる新生活の粋な出迎えかと思うと自然と口元が緩んだ。そうして歩いていると、ガヤガヤと喧騒が聞こえてくる場所の扉の前でアーモンド先生は立ち止った。


「さぁ着きましたよカイアさん」


「ここは?」


「大講堂です、普段から解放されてる多目的室ですね、まぁ、催し事がある時なんかは大体ここです」


「へぇ」


「さぁさぁ、もう式が始まりますから入ってください」


 いそいそと大講堂の扉を開けると、巨大な空間とたくさんの人が集まっていた。人々はみな背を向けて座っており、私はアーモンド先生の案内で最後尾の席に座った。私が座ると先生は私の肩をポンポンと叩き、笑顔で手を振ると私の元から離れていった。

 すると、私が来るのを待っていたかのように講堂内が薄暗くなった。すると一斉に拍手が巻き起こった。そして、拍手の音で埋め尽くされる講堂の舞台に上がったのは、さっきまで一緒にいた赤い着物の少女こと校長先生だった。


「諸君、エルメラロード魔法学校へようこそっ」


 勢い良く始まった校長先生の挨拶、しかし、その一言を終わりに校長先生は黙りこくってしまった。すると、そんな様子を見かねたのか、近くにいた教員と思われる人が校長先生に駆け寄り耳打ちをした。


「ん、ようこそ以外に何を言えっていうんだよ」


 きっと校長先生にとって入学式なんてのは大したことではないのだろう。そう思えるほどの傍若無人ぶりに思わず笑いが漏れた。


「なにっ、自己紹介?」


 校長先生は仕切りなおすかのように咳ばらいを一つすると、恥ずかしそうに笑った。


「いやぁ、すまないすまない自己紹介が遅れたな、我こそはこのエルメラロード魔法学校の校長にして魔法界の新進気鋭のカリスマウィッチこと「ジーナ」だ。お前ら魔女見習いとは比べ物にならないほどの力を持った偉大なる大魔女様であるぞっ」


 大講堂中に響き渡る声に、一瞬静まり返ったが突如として大きな声援と拍手が巻き起こった。耳をふさぎたくなるほどの大声援に驚いていると、校長先生はまんざらでもない様子で声援にこたえていた。


「やぁやぁ、ありがとう諸君、では挨拶もそこそこにさっさと入学式名物のお目通しをしようじゃないか」


 そういうと校長先生はおもむろに笛を取り出し、ピューと吹いて見せた。


 そして、その音と共にどこからともなくフクロウが飛んできて校長先生の近くにある止まり木に華麗に着地した。


 いよいよ何かが始まる。そんな予感がしてワクワクしていると、前方に座る同じ入学生と思われる一人が引率の教員に促されながらフクロウの近くへと歩み寄っていった。


 「さぁ『シチフク』よ、年に一度のお前の大仕事だ、これ以外はろくに働きもしないんだから今日くらいはしっかり頼むぜ」


 校長先生はフクロウの事をシチフクと呼び、少し乱暴な言葉を放った。すると、よくよく見るとかなり太っているフクロウは校長先生に噛みつこうとした。


「うわっ、こいつ調子に乗るな、この野郎っ」


「ふん、とっとと終わらせるから静かにしていてくれないか校長先生」


 校長先生が驚いた様子を見せた後、フクロウが喋ったように見えた。


 そして、それを確信させるかのように一人と一羽はまるで仲良さげにじゃれあい罵り合っていた。その様子に思わず息を飲んで辺りを見渡してみるも、周りの人たちはみな楽しげに笑っていて、中には喜劇でも見に来ているかのようにご機嫌に拍手をしていた。


「んじゃまぁ頼むわ、私はちょいと座ってジュースでも飲みながら待ってるからよ」


「そうしてくれると助かるよ」


 シチフクは慣れた様子でそう言い、羽をバサバサと数回はばたかせると、落ち着いた様子を見せた。そして近くにいる一人の生徒に目を向けた。


「お待たせして済まないね、さぁ君のあるべき姿を私に見せておくれ、ほぉら私の前まで来なさい」


「は、はい」


 どうやらこれから何かが始まるらしい。シチフクに呼ばれた最前席の生徒はいかり肩になりながらシチフクの前へと立った。その姿にシチフクは首を振った。


「あぁ緊張してはいけないよ、リラックスしてありのままの自分でいるんだ」


「はい」


 緊張した様子の生徒はシチフクの言葉に肩の力を抜いてフーッと息を吐き深呼吸していた。


「そうだそうだ、息を吐いて吸ってゆっくりそう、呼吸が一番大事だからな」


 シチフクの言葉に生徒はようやく落ち着いてきたのか、胸に手を当てながらかすかに笑っていた。すると、シチフクは何度かうなづきながら言葉を発した。


「うんうん、よぉく分かった、君は水だな」


「・・・・・・はいっ」


 良くはわからないが、水と呼ばれた生徒は意気揚々と返事をすると元の場所へと戻っていった。いったい何が行われているのだろう、そう思い名がら私は目と耳をこらした。


 すると、それからは入れ替わり立ち代わり、入学生達が一人ずつ順番にシチフクと呼ばれる太ったフクロウの傍に立ち、風、火、水、雷といった属性の様な言葉を用いて生徒たちを区分するかのような事をしていた。

 

 たぶんこれを入学生全員に行うのだろう。


 あたりを見渡すだけで入学生と思われる人はかなりいるように見える。そんなことを思いながら校長先生に目を向けると、彼女は退屈そうに飲み物や食べ物を食い漁っていた。しかし、そんな最中突如としてシチフクがうなりを上げた。


「んんっ、こいつは珍しいっ」


 シチフクはそう言って興奮した様子で羽をばたつかせた、そしてさっきまでにぎやかだった周囲もどこか緊張感に包まれ、静まり返った。


「君の名前を教えてくれるかな?」


「アルバです、アルバ・デ・ロイといいます」


「おぉ、あのロイ家の血筋かね」


「はい、それで俺の属性はなんでしょう?」


「・・・・・・すべてを包み込みあらゆる属性を支配する天だ、この属性を持つ者はごく限られたものだけ、君はおそらくこの先の魔法界を背負って立ち、歴史に名を残す事は間違いないだろう」


「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 その言葉を皮切りに、さっきまで静かだった講堂内が一斉に盛り上がりを見せた。それは生徒たちだけではなく、周囲にいる大人たちすらも立ち上がり拍手をしていた。

 しかし、その中でも校長先生だけは相変わらずお菓子をむさぼっており、微塵もこの出来事に興味がなさそうだった。


 いやいや違う、今はそんな所を見ている暇はない。


 私は多くの人々に称えられているとても美しいアルバ様の事が気になって仕方なかった。現に私の周囲では、アルバ様が魔法界でも有名なロイ家の出身である事を喋っていたり、なおかつその美しい容姿と名家にふさわしい素質を兼ね備えている事をあちこちで喋っている様子が聞こえてきた。


「・・・・・・アルバ様」

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