目を擦ってはいけない。いや、マジで 【すて】が失明するところだった話
すて
第1話 前兆 飛蚊症と視力の低下
とある暑い日。【すて】は愛機GSX―S1000Fで奈良県の国道169号線を南へと走っていた。青い井空に白い入道雲が美しいコントラストを描いていて、夏が好きな【すて】にとっては最高のツーリング日和だった。
調子よく走っていた【すて】が右目に異物感を覚えたのは、奈良市を抜け天理市に入った頃だった。
「ゴミでも入ったか?」
それぐらいに考えた【すて】は信号で止まる度にヘルメットのシールドを上げ、メガネをずらして目を擦ったりしてみたが、目の異物感、軽い痛みは治まることは無かった。
目の異物感を気にしながら走っていた【すて】だったが、更に南に進み、国道169号線と国道25号線がクロスする交差点を左折し、コンビニで停車した。名阪国道に入る前に右目の異物感を何とかしようと思ったのだ。
【すて】はグローブを外し、ヘルメットを脱いだ。そしてメガネを外す(この時【すて】が被っていたヘルメットはオープンフェイス、所謂ジェットヘルメットだった)とバックミラーで右目の状態を確認した。睫毛が抜けて目に入っているのではないかと思ったのだが、右目の中には抜けた睫毛も異物も見られなかった。
正直なところ、こんな感じはよくある事だと言えばよくある事だ。まあしばらくすれば気にならなくなるだろうと諦めた【すて】はメガネをかけ、ヘルメットを被り、グローブを嵌めてGSX―1000Fをまたスタートさせた。
ご存知の方も多いだろうが、名阪国道は天理インター(奈良県)と亀山インター(三重県)を結ぶ70キロ以上も続くバイパス道路(しかも無料!)で、関西の『ライダーの聖地』と言われる針テラスに行く際にもよく使われる道だ。もっとも【すて】は針テラスよりも今は亡き『伊賀上野ドライブイン』通称大内インターばかり行ってたのだが。
本当は【すて】は名阪国道から伊勢自動車道に入り、伊勢まで行くつもりだった。しかし右目の異物感が全く解消されなかったのでこの日は大内まで走り、解体されつつある伊賀上野ドライブインの建物を心に刻み、名阪国道を折り返して家路についたのだった。
【すて】が家に帰り着いたのは昼過ぎだった。
いつもならバイクで遊びに行けば早くても夕方ぐらいまでは帰ってこない【すて】がこんなに早く帰ってきたのだ。【すて】の妻(以降妻Mと呼称します)は驚いた顔で【すて】に言った。
「えらい早かったね。お昼ごはん、食べてきた?」
妻Mにとっては【すて】が早く帰ってきた事よりもお昼ごはんを食べてきたかどうかが問題なのだろう。もし【すて】が「まだ食べてない」なんて答えた日には何か食べる物を作ってやらなければならないのだから…… だが、そんな事は【すて】も百も承知だ。
「いや、どこ行ってもいっぱいやったから、今から食べに行ってくるわ」
普通の人達はお昼ごはんを十二時ぐらいに食べるので、その時間帯はごはんを食べる店はどこへ行ってもいっぱいで、並ばなければならなかったり、ゆっくり落ち着いて食べられなかったりすることが多々ある。だから【すて】は普段からお昼ごはんを午後二時ぐらいに食べることが多い。この日も【すて】は人でいっぱいの針テラスになど寄らず、さっさと(右目も気持ち悪いことだし)名阪国道から西名阪、そして近畿道を乗り継いで家に帰り、地元で何か食べようと思ったのだ。
もちろん、遊びに行ったのに突然早く帰ってきて「昼ごはん作ってくれ」なんて言えやしないという気持ちもあったのは言うまでもなかろう。
お昼ごはんを食べには『歩き』で行った。実はまだ右目の異物感が治まらなかったのだ。そして、歩いている時に妙な事に気付いた。右目の視界の真ん中あたりにグルグルした黒い糸くずみたいなのがふわふわ浮いているのだ。
透明なアメーバみたいなヤツが浮いてる様に見える事は昔からあった。だがしかし、グルグルした黒い糸くずみたいなのは初めてだ。
だが、これに関してはなんとなく予想がついていた。そして翌日、眼科に行ったら予想通りの診察結果が言い渡された。
「飛蚊症ですね。まあ、【すて】さんの年齢でしたら出てきてもおかしくないですね。でも、急に飛んでるのが増えたらすぐに来て下さいね」
『飛蚊症』とは眼球の中を満たしている『硝子体』が濁り、網膜に影を落とすことによって虫が飛んでいる様に見える症状。老化現象の一つでもあるのだが、衝撃等の外的要因や他の病気で網膜剥離が起こった場合も同じ様な症状が出る時もあるらしい……まあ【すて】の場合は老化現象なんだろうけどな。
飛蚊症と診断され、また「目がゴロゴロする」という訴えにドライアイ気味だからと目薬を処方された【すて】はしばらくの間、何事もなく(右目の視界をグルグルした黒い糸くずがふわふわ浮いててうっとおしい事以外は)、伊勢に行ったり和歌山に行ったり淡路島に渡ったりと普通にツーリングを楽しんで(【すて】はバイク仲間がいないので基本一人寂しく走ってるのだが)いた。そして夏が終わり、季節が秋に変わった十月、【すて】は右目が何だか右目が見にくい(『醜い』では無いぞ)ことに気付いた。
実は【すて】は夜の八時頃から1時間半ほどウォーキングを日課としていた。これは健康の為というのもあるが、スマホで好きな音楽(エロゲソングとかアニメソングばかりだが)を聴きながら夜の町を歩くというのは意外と楽しいものだったりする。それに小説のネタを考える時間にもなる。
夜には街灯や信号、看板など数多の物が光を発している。それらの『光を発している物』を左目だけで見るとはっきり見えるのに対し、右目だけで見るとぼやけて見えたり何重かに重なって見えたりした。
スマホゲームのやり過ぎで乱視が進んだか? それぐらいに軽く考えた【すて】は翌日、行きつけのメガネ屋に走った(自転車で)。
メガネ屋での視力を測ったところ、予想通り右目だけ視力が落ちていて乱視も少し進んでいた。そこでメガネを新調し、これで全て解決……する筈だった。
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