第48話 門番の男



「何者だ、貴様ら」



 先ほどとまったく同じ問いかけが、くる。その質問の主は、背後に立っていた男だ。振り向き、男の姿を確認して息を呑む。


 見た目は、頭から生えている角やお尻……いや正確には腰か? から生えている尻尾を除けば、人間とか変わらない。この世界には人型の獣、獣人だってたくさんいるし、別に角が生えているくらいなんということはない。


 だが、腰から生えている尻尾……それを生やした種族は、見たことがない。世の中は広いし、転生前は田舎の故郷、転生してからもあの国のことしか知らなかったし、世の中にはそういう種族もいるのかもしれないが。


 尻尾は、転生前の冒険時に目撃したモンスター、サラマンダーのものに似ている。太く大きく、なんとも頼もしさを感じさせる。



「なにを黙っている。三度目は言わんぞ……」


「……!」



 男の視線が、さらに鋭くなる。こちらが質問に答えなかったのがお気に召さなかったらしい。


 だが、なにも男の容姿に圧倒されて言葉が返せなかったわけではない。圧倒されたのは確かだが、それは容姿ではなく男から放たれる覇気……その迫力に、思わず呼吸するのも忘れてしまっていた。おそらく、アンジーとヤネッサも同じ気持ちのはずだ。


 男は、一歩踏み出す。たったそれだけが、俺の頭の中の警報を激しく鳴らした。これはあれだ、転生前、多くの魔物に囲まれた時や、魔王と対峙した時と同じ……死の、警戒。男が一歩を踏み出しただけで、死を感じさせるほどの迫力が襲ってくる。


 それをアンジーとヤネッサも感じ取ったのか、アンジーは俺を守るように前に出て腰の木刀に手を添え構え、ヤネッサはその場で背負っていた弓矢に手をかける。互いに、臨時戦闘態勢……俺も、腰の木刀に手を添えた。



「……っ」



 ヤネッサは遠くからでも正確な射撃ができるほどの腕前を持ち、アンジーは俺のこれまでの印象を覆すほどにアグレッシブだ。その辺のモンスターなら難なく狩りとれるだろう。俺だって、それなりに剣技は鍛えてきたつもりだ。ま、ゴブリンといい勝負だったからあんま自慢にはならないけど。


 それでも、こちらが3人に対して相手はひとり。それも、丸腰だ。


 ……なのに、ダメだ。相手が、強すぎる。このまま戦えば確実に殺される……いや、戦いにすらならないかもしれない。


 だから俺は……



「お、俺たちに敵意はない! 怪しいものじゃないし、そもそも、ここがどこかもわかっていないんだ!」



 先ほどの「貴様ら、何者だ」という問いかけに、遅すぎる返答をした。


 相手が何者かはわからないが、少なくとも俺の理解できる言葉を話した。ならば、こちらの言葉も通じるはず! 言葉の通じない獣じゃないんだ、話し合いはできる!



「……」


「……」



 足は、止まった。一応、言葉は通じたってことだろうか。相変わらずの眼力で泣きそうだが、ここは強気な顔を崩さない。


 品定めでもしていたのか、しばらく俺たちを見つめていたが……



「人間が、なんの用だ。どうやってここに来た」



 と、口を開いた。



「や、ここに来た理由は俺たちも知りたいっていうか……気づいたら、ここに……」


「とぼけるつもりなら……」


「わあ、違う本当なんだ! なんか急に吹雪に会ったかと思ったら、気づいたらここに……」


「吹雪……?」



 嘘ではない、本当のことだ。ここがどこか、なんでこんなところに来てしまったのかは謎だ。こんな、草原のような……


 ……いや、今まで男にばかり気を取られていたが、よく周囲を見れば、ここは街か? 建物が、たくさん建っている。ただし、そのどれもが木造りだ。それも、その造りはどこか違和感が……


 建物の構造に詳しいわけではないが、あれは建築を生業としている人の手によるものというより、まるで手作りのような。それに、なんかでかい……



「……嘘は言っていないようだな」


「信じてくれるの?」


「我らの種族は、嘘か真を見抜ける術に長けているのでな。その困惑も、本物のようだ」



 ほっ……どんな種族はわからないが、とりあえず嘘はついていないっていうのはわかってもらえたみたいだ。よかった。


 さて、となるとここはどこなのか。草も木も、建物も普通のものより大きいことを除けば、普通の人里だが……ここへたどり着いた経緯が経緯だ。場所の検討は、まったくつかない。


 ここはどこなのか、それは住人に聞くのが一番だ。だが彼との初対面の印象はあまりよろしくない。ここは身長に……



「そっちの質問には答えました。今度はこっちの質問に……ここはどこなのか、教えて下さい」


「アンジー!?」



 すごいストレートに、アンジーが問いかけた。



「ちょっ、ちょっと……」


「向こうの敵意はとりあえず消えました。それに、こういうのは堂々としていないと」



 アンジーの言葉もわからないではないし、確かに男の敵意は消えている。が、その人となりはまったくわからないんだ……こっちの態度が気に入らないだけで、再び敵意を持たれる可能性はある。


 そんな、男の態度は……



「ここか……貴様ら人間の世界とは、一線を越えた場所……とでも言っておこうか」



 と、答えた。その言葉の意味はわからないが、あの猛吹雪の中からのまるで転移のような現象、ここがただの場所ではないことはわかる。


 ただものすごい距離が離れた場所とか、そういう意味ではなく……それに、人間の世界という言い方も。



「あなたたちは、いったい……」


「……どうやら貴様らから悪しき心は感じられん。我らのことも知らんようだ、無粋な威圧を許せ。……我らは、誇り高き竜族。人間と……いや、同族以外と接することなどいつぶりか」


「りゅ……」



 竜族……男は、確かにそう言った。


 俺たちのなにを見てそう判断したのか、それとも嘘を見抜く力とやらのおかげか……俺たちに、敵意も悪意もないことが伝わったようだ。それどころか、先ほど圧迫されるほどの威圧を向けてきたことを謝罪する始末。


 わざわざ謝らなくても……それと、俺たちが悪しき者だったらあのまま殺しに来ていたということだろうか。怖い。


 とはいえこれは……



「竜族……」


「我はこの街、ジャビルヤの門番をしている。名をクルド……久しき客人だ、存分にもてなそうぞ」



 ニヤリ、と強面なせいで邪悪な笑みを浮かべて、そう言う男……改めてクルド。ここが竜族の住む街だとしたら……ここに、『竜王』がいる可能性は高い!


 ただ、なぜか客人にされたが。

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