第3章 『竜王』への道

第47話 不測の事態は唐突に



 ……ゴォオオオ、と激しい音を立て、視界が白く染まっている。吹き荒れる風が、雪が、俺たちの体から熱を奪っていく。


 ここは『王家の崖』と呼ばれる場所。昔王族が暮らす国があったらしいが、突如災害に見舞われ、後に残ったのはこのそこも見えないほどの谷底だけ。後に残ったというより、なにも残らなかったという方が正しいだろう。


 初めて来た場所、それも転生前も訪れたことがないような、自然の猛威が爪痕を残した場所。ここから、ここに来た目的を果たすために行動しようと計画を立てようと思っていたのが僅か十数分前……朝にも関わらず快晴で、雲ひとつないはずの空は……今や深い雲に覆われている。そして周囲は吹き荒れる雪の嵐により、遠くが見えないほどの景色へと変わっていた。



「くそぉ、あんな晴れてたのに、いきなりこんな極寒になるなんてどうなってんだ!」


「え! なんです!?」


「天候がおかしい!」



 俺の両隣にいる形で、アンジーとヤネッサがいる。しかし、その姿こそ確認できるが、吹き荒れる風のあまりの轟音で、会話もろくにできやしない。


 『王家の崖』なんて仰々しい名前がついているから、どんな場所かと思っていたが……およそ生物が住めるとは思えない。



「うおー、なにも見えないし寒いし! どうなってんだよこれ!」


「え! なんて!?」


「ちくしょう!」



 現状を嘆いても、どうにもならないのはわかっているが……これには、文句を言ってもいいのではないのだろうか。


 とにかく、このままじゃ凍えて死んでしまう! 『転移石』を使ってルオールの森林に戻るか……いやいや、あれは残り一往復しか使えない。帰ったら、それでもう使えなくなってしまう。


 使うとしても、ぎりぎりまで粘りたい……



「あぁ! ライダーウルフが凍えかけています!」


「うーっ、寒いよー!」


「ヤネッサは自業自得だろ! その薄着!」



 ヤバい、僅か数十分でこの有様……『竜王』を探すどころか、凍えないようにするのに精一杯だ。


 せめてなにか、温かいものがあれば……



「! そうだアンジー、火、火! 魔法!」


「あ、そ、そうですね」



 エルフであるアンジーは、魔法が使える。魔法を使うにも、あまり使い過ぎると魔力が無くなるというが、今は緊急事態だ。


 こんな簡単なことにも気付かなかったなんて……寒さで、頭まで凍っていたのか?



「こ、これで……あぁ!」



 アンジーが、手の平に火を灯す。これで、少なくとも凍え死ぬ心配はない……そう思っていたが、火が氷砕ける。マジかよ……


 それから何回か繰り返し、ようやく火を維持することに成功する。それなりに大きくなってしまい、普段ならば近づくだけで火傷してしまいそうな迫力だが、今はこの熱さ……いやあたたかさが助かる。



「ほぉ……やっと、落ち着いた」


「まさかこれほどの極寒に見舞われるとは……ヤーク様、どこか具合は悪くないですか?」


「うん、大丈夫。ありがとう」


「うぅ……私まだ寒いよ……」


「そんな格好してるからだろ……旅に出るんだからもうちょい防寒してこいよ」


「確か、こういう時は人肌であっためるといいって……ヤークー」


「うひゃっ、つめた! おい服を脱がせるな、殺す気か!」


「素肌が効果あるってー」



 暖を確保できたことで、少しは余裕ができたらしい。その余裕のせいで、ヤネッサが自由なのは勘弁してほしいが。


 人肌であたためるといいとは俺も聞いたことがあるし、ヤネッサのような美少女ならば大歓迎だ。が、今のヤネッサの体は冷たく、たった数分極寒にさらされただけでこの状態だ。くっつくのは勘弁してほしい。おまけに、建物の中など吹雪を防げる場所ならともかく、こんな野ざらしな場所で素肌をさらすとか死んでしまう!



「ヤネッサ、あまりヤーク様に変なことするなら蹴とばしますよ」


「あぅ、ごべんなさい」



 アンジーの牽制に、ヤネッサは少し離れてくれる。アンジーだって、鼻水を垂らしている女の子を極寒の地に放り出すことはしないだろうが、それも判断できないほどに今の状況は深刻だ。



「ヤネッサのは近づきすぎだけど、身を寄せ合うだけでも違うはずだから……もっと、寄り添おう」


「は、はい……あ、火には気を付けてくださいね」


「わぁー……ライダーウルフの毛並み、もふもふだけどあったかくないー」


「わぅん……」



 しかしこれじゃ、移動に不便だ。自分から言い出しといてなんだが、下手に動けない。


 ……いや、そもそも。この先はさっきまで、目の前に切り立った崖が広がっていたはずだ。しかも、底が見えないほどに深い谷が……周囲が見えないだけで、場所が変わるはずもない。動きにくいとは別の意味で、下手に動けない。足元さえ見えないのだ。



「みんな、下手に動いちゃダメだよ。落ちちゃうかもしれない」


「はい。……しかし、どうしましょう。凍える心配はなくなっても、動けないのでは……」


「うーん……なんか、空を飛べる魔法とかないかな!?」


「なくはないですが……快晴が、このような吹雪になるような空です、なにがあるかわかりません」



 飛べるんだ、空……とはいえ、アンジーの懸念は正しい。目も見えないような空を飛ぶには、リスクが高い。空になにがあるかもわからない。


 結局、移動手段は足ということに……しかし、動けないんじゃ……



「ジャネビアさんは、どうやってたんだ……」



 過去、ここで『竜王』と会ったというジャネビアさん。彼が、この悪天候の中どう行動していたのか……聞いておけばよかった。そもそもこんなところだとは知らなかったのだが。


 ジャネビアさんも忠告くらいくれればいいのに……それとも、ジャネビアさんが訪れた時にはこんなじゃなかったとか? ここに来たのはアンジーの両親が生まれるより前だったって話だし……何百年くらいの時間があれば、天候も変わるか……


 こんなめちゃくちゃな場所に、『竜王』がいるわけない……



「そ、そうだヤネッサ! 『竜王』のにおいってやつはわからないのか?」


「もうちょっと落ち着ける場所でないと難しいよ……」



 ダメか……どのみち、足元が見えなければ、追うべき道がわかってもどうしようもないのだが。結局、この吹雪が収まるまで待つしかないのか? しかし、いつ終わるともわからない吹雪だ……アンジーの魔力が先に尽きる可能性だってある。


 このままここに留まるわけにもいかない、かといって周りが見えないのにむやみに進むわけにもいかない……『王家の崖』、来たばかりだというのに、すでに道が見えなくって……



「……え」



 しかし、次の瞬間だ……ゴォオオオと激しい音を立てて吹き荒れていた吹雪が、ピタリとやんだのは。それだけではない。視界を白く染めていた雪も消え、視界が晴れる。先ほど、快晴がいきなり吹雪となったように……今度は、吹雪がいきなりやんで……


 しかも、しかもだ。



「……なんだ、ここ?」



 底も見えないほどに深い谷、目の前に広がるのはただただ奈落……遠くに空や山が広がっているだけの、寂しい景色だった。


 だが今目の前に広がるのは、草原……緑の草木が風に揺れている、草原だ。国からルオールの森林への旅路に、見たような景色と似通ったもの。ただ違うことがあるとすれば、草木の大きさが、普通に目にするものよりも一回り以上大きいことだ。そして、先ほどいた場所とはまるで違うということ。


 一瞬にして、景色が変わる……場所が変わる。これには覚えがある。『転移石』による、一瞬の移動。現に、ルオールの森林から『王家の崖』へと一瞬で景色は変わった。


 だが、当然『転移石』など発動させてはいない。それに、こんな場所も覚えはない。アンジーもヤネッサも、混乱しているのかなにも言わない。


 突然の状況の変化に、事態の把握が必要だ。まずは、このごちゃごちゃの頭を落ち着かせて……



「おい」


「!」



 今から状況を纏めよう……その思考を邪魔するように、背後から声が割り込む。男のものだ、アンジーやヤネッサではない。妙な、圧迫感がある。


 ゆっくりと、振り返る……そこには……



「何者だ、貴様ら」



 ひとりの男が、いた。火よりもさらに熱そうな赤い髪を揺らし、腕を組み俺たちを睨みつけている。その瞳は、俺たちを品定めするように鋭く、しかしその奥の真紅の色は澄んだように綺麗だった。


 何者かと、そう聞く男が見せるのは敵意だ。その身から放たれる迫力に、足が震える。なのに、その男から目が離せない。それは男から発せられる迫力のせいか、それとも頭の両側から生えた2本の赤黒い角のせいか……


 そのお尻付近から生えている、髪と同じ色をした尻尾のせいだろうか……

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