第32話 アンジーとの旅々



「まさかアンジーがあそこまで強かったとは」


「いえ、相手は弱いモンスターでしたし……一体だけでしたから」



 モンスター、ホワイトウルフ。それを撃退した俺たちは先へと進んでいた。気づけば、辺りはほんのりと暗くなってきている。


 先ほどのアンジーの動きは、実に見事なものだった。本人はこう言って謙遜しているが、アンジーの実力の高さはもう疑いようがない。


 確かにホワイトウルフ一匹だけでアンジーの実力のすべては計れないが、少なくともあの動きだけでも転生前の俺より強い可能性が高いってことは確かだ。たとえ目で追えても、体が反応しなかっただろうな。


 アンジーの木刀のあの使い方は、剣に覚えある動きだ。素人じゃない。なんの流派かまではさすがにわからなかったが、通常のウルフより皮膚が硬いホワイトウルフにあのダメージ……並みの威力じゃない。


 なにより、モンスターを本能で撤退させるあの雰囲気、そして眼力。俺は後ろから見ているだけだったが、あれを正面から受けたホワイトウルフはさぞビビったことだろう。震えながら帰っていったし。



「これなら、旅の間も安心ですね」


「あまり過大評価しないでください、ヤーク様」



 アンジーの実力の高さなら、滅多なことでもない限りモンスターにやられることはない。だがいつもアンジーのに頼りきりになるわけにもいかない。アンジーとしては俺を守ることを第一に考えているのだろうが、俺だってそれなりに覚悟を決めてきている。


 アンジーほどとはいかなくても、モンスターと戦えるはずだ。意図したものとは違うが、先生に教わったものをここで発揮してやろう。


 ……先生、か。



「アンジーがそんなに剣の扱いがうまいなら、アンジーに剣を教えてもらうのもよかったかも……」



 もちろん、先生とアンジーどちらが、という話ではない。だが、身近にこんなに剣に達者な人がいるんだ。それに、アンジーは人にものを教えるのがうまそうだし。



「それは……無理ですよ。人に教えられるほど、剣には精通していません。あくまで自衛ですよ」


「自衛……」



 自衛というには、些か以上に殺傷力のある剣だったけどな。



「それに、ダウンテッド様はすばらしい方ですよ。私なんかよりよほど教えに向いていますし、なにより紳士な方です。ヤーク様に剣以外のことも、教えてくださるでしょう?」


「まあ、そうだけど」



 確かに先生は、先生なだけあって教えるのがうまい。それに、いろいろなことを教えてくれるし、休憩時間の話の中でも得られるものは多い。家の中じゃ得られない知識を、得ることもできる。


 結局先生にはなにも言わずに来てしまったな。一応言伝は頼んでおいたけど。



「先生がいい人ってのは同感だよ。先生に教えてもらってよかったって心から思ってるし」


「私も、ダウンテッド様に会えてよかったと思います。ヤーク様の成長にもつながりますし、私のようなエルフにも実に優しくしてくださり。それになんと言うんでしょうか、時折見せる笑顔が可愛くもありますし。あの方にお茶を出すのも、今では楽しみのひとつで……」


「うん?」


「い、いえ……こほん、なんでも、ありません」



 ……なんだろう、先生がいい人だって話が、途中からおかしなことになっていたような。


 それに、かわいいって……先生は転生前の俺より多分一回り前後は年上だろうし、かわいいって表現は……あぁ、アンジーはエルフ。長寿のエルフ族は見た目以上に年を取っている。人間の大人でもかわいいと思えるのか。



「とはいえ、かわいいって……」


「や、ヤーク様! そろそろ今日のところは休みませんか?」



 ……今、露骨に話題をそらされた気がする。顔も見せない。が、エルフの長い耳まで赤いのは、周囲の暗がりの中でもぼんやりと確認することができた。もうその話題はおしまいということだ。が、アンジーが先生をどう思っているか、なんとなくわかってきた。これまでは、俺の休憩時間を取っている先生に、俺と揃ってお茶を出すだけの関係で、話をしても当たり障りのないものばかりだと思っていたが……


 これは面白くなりそうだ。帰ったらノアリにもこのことを話してやろう、2人でからかってやるのも悪くない。


 ……ノアリ……



「ほら、そろそろ暗闇も増してきましたし、夜道はなにかと危険が……」


「でも、できれば進めるうちにもっと進んでおきたいんだ」



 暗くなり始めていた周囲は、だんだんとその闇を増している。俺が転生してからは、王都で暮らしていたためこのような暗闇を目にするのは、ずいぶん久しぶりに思える。


 転生前は、王都のように発達などしていない田舎に住んでいたため、こんな暗がりは毎日のようだったっけ。



「しかし、ヤーク様……」


「お願い、アンジー」



 本当は、アンジーの言うように暗くなってきてからの行動は危険だ。このような道のない道、初めて行動するならなおのこと。


 だが、進めるうちに進みたい。これには理由がある。今回の旅の理由……ノアリの発症した、呪病を治すためだ。発症すれば死に至るその病は、7つの歳になれば対象の命を奪う。ノアリには、残された時間がもうない。


 残りひと月と少しで、ノアリは7歳になってしまう。そうなる前に、呪病を治すための手掛かりを……いや、解決方法を見つけなければ。ただ見つけるだけではダメだ。国からエルフの森『ルオールの森林』への行き来の時間、そして手掛かりとなるアンジーの祖父の話によっては、もっと時間を要する。アンジーの祖父が書いたという本、その通りにもし北の果てを目指すことになれば……


 時間のある旅ではない……時間が、ないのだ。



「……わかりました。ノアリ様が心配なのですね、私も同じ気持ちです。ですが、ヤーク様がお体を壊しては元も子もありません。あと少しですよ」


「ありがとう、アンジー」



 旅を急ぎたい……その俺のわがままを聞き入れてくれたアンジーは、俺の手を取る。そのまま引っ張られるのだが、手を繋いだままというのはさすがに恥ずかしい。



「あの、アンジー? 手……」


「我々エルフ族は、夜目が利きます。なのでこの暗闇でも、ある程度は難なく進めますよ。早く進みたいのでしょう?」



 夜目が利く……そういえば、エーネもそんなことを言っていたな。夜目が利くなら暗闇でなにかに躓くこともない。さらに俺がはぐれないためにも手を繋ぐというのは、なるほど実に合理的だ。



「で、でもそれなら、アンジーの魔法や魔石を使うとか……」


「魔力も無限ではありませんからね。それに、この先なにがあるかわかりません。使うなら、移動でなく野営の際の方が効率的です。温存できるときには、温存しておかないと」



 荷物の中には、光を出すことのできる魔石も入っている。王都が夜でも灯りを失わないのは、大量の魔石を使っているからだ。


 魔石は魔法を使えなくても、石に溜めた魔力が尽きない限り誰でも魔法を使える。エルフ族のアンジーは魔法を使えるのだが、念のためにと魔石を持たされた。そしてそのどちらにも、有限の魔力は存在するもので。


 この先なにがあるかわからない。そのため温存する。なるほど実に合理的だ。



「それに、暗闇の中の光というのはモンスターの格好の的です。中には夜目の利くモンスターもいますが、わざわざ目立つことはありません」


「な、なるほど」



 実に合理的だ。


 それからしばらくの間、手を繋いだまま歩き続けた。片手が塞がっていてはいざというとき心配ではないかと聞いたが、俺と手を離す方が心配とのこと。まったく子供扱いかよ……あ、8歳こどもだった。


 恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、考えてみればアンジーとは俺の転生直後うまれてからの付き合いだ。もういろんな部分を見られているしされているし、それを思えば手くらいなんだっていうんだ。


 ……思い出さなくてもいいこと思い出してしまったな。顔が熱い。



「そろそろ、私の夜目も利かなくなってきましたね……」



 もう辺りはすっかり暗く、夜目が利くとはいえ完全な暗闇にまで通用するわけじゃないアンジーから名残惜しそうな声が聞こえる。転生前でも、感じたことのない暗闇だ。


 人のいない世界というのは、こうも暗く、そして寂しいものなのか。アンジーがいて良かった。繋いだ手から、しっかりアンジーの存在を感じられる。



「じゃあ、ここまでにしよう」


「よろしいのですか?」


「これ以上アンジーに無理をさせるわけにはいかないしね」



 旅には時間がない。それは事実だ。だが、だからといってアンジーにばかり負担をかけていい理由にはならない。夜目が利くとはいえ、暗闇の中を、それも俺の手を引きながらなんて普段以上の負担のはずだ。


 それに、アンジーは俺が体を壊しては元も子もないと言った。俺だって同じ気持ちだ。アンジーが体を壊すというのは、望んでいない。



「……お気遣いいただきありがとうございます。では、この辺りで野営といたしましょう。ヤーク様もお体を休めてください」



 たとえ夜目のことを除いても、朝からずっと歩いている。もちろん休憩は挟んでいるし、アンジーは俺の体を気遣って多めに休憩を取ってくれる。


 それでも、さすがにずっと歩き続けるわけにもいかない。体力の問題はあるのだ。時間はないが、それで危険を犯して俺に、アンジーになにかあれば……ノアリを助けるどころではなくなる。進めるうちに進んでおきたいが、無理して進むべきではない。


 野営の準備をしつつ、持ってきた連絡用の魔石で両親と連絡を取る。連絡手段があるのはありがたい。両親は俺の様子が気になるようだし、俺もノアリの安否を確認することができる。ノアリはよくも悪くも、相変わらずだそう。


 連絡を終えてからは、野営に慣れているアンジーが着々と準備を進めていた。連絡中、ひとりでほぼやっていたようだ。なんとも手際がいいな。



「寝ている最中、モンスターが襲ってこないかな……」


「エルフ族は耳もいいので。モンスターが近づいてきたらすぐに、わかりますよ」



 野営用の寝袋を用意し、軽く食事を取る。いわゆる非常食のようなものだが、さすがに毎日食べられるほどの量はない。今日はたいしたものは見つけられなかったが、本来ならば自給自足。木の実や薬草など、食べられるものがあればそれを手に入れる。


 最悪、モンスターも食べられる。まあ最悪というか、普段食事に食べているものはモンスターの肉だったりするのだから、直接この場で殺せるかどうかの問題だ。あのホワイトウルフも、皮膚は硬いが肉はうまいらしい。


 モンスターを殺した経験は、ない。魔物はあるが、魔物とは似て非なるものだ。頼めばアンジーがモンスターを狩ってきてくれるだろう。だがそれじゃダメだ。


 元々ひとりで旅に出る予定だったんだ。ちゃんと、しないとな……!

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