第30話 アンジーの旅路と知り合いのエルフ
「おぉ……」
国から一歩、外へと出る。国と外とでは大門があり、そこには門番がいる。そこでは外へ行く理由、中へ入る理由などを簡単に伝え、出入りすることができる。誰でも気軽に出入りできるわけではないのだ。
とはいえ、そこまで詳しく理由を説明する必要もなく、今回だってアンジーの「里帰りするため」という理由で難なく許可がおりた。嘘でもついていたらどうするんだ。今回のは本当でもあるけど。
まあアンジー曰く「怪しい連中は見た瞬間わかる」らしい。あの門番2人もそのタイプらしく、あくまで普段は形式上のやり取り。むしろ、中から外へ出るより、見慣れない連中が国を訪れた際にはしっかりと聞き取りをするらしいが……
ま、それはそれとして。
「外だ……!」
国を出て、目の前に広がるのは見渡す限りの草原。国の中のような、建物などは一切なく、まさに大自然といった感じの光景だ。
木々が所々生えているくらいで、障害物は特にはない。これならば、遠くを見渡すこともできるし、いきなり死角からなにかが襲いかかってくる、なんてこともないだろう。
「ヤーク様、お気持ちはわかりますが、ひとりでふらふらしてはダメですよ? モンスターもいますので」
「はーい」
そのなにか、とはモンスターのこと。元々、魔王がいた頃魔王に使役されていた獣を魔物、それ以外をモンスターと区別されていた。魔王がいなくなった今、見かける獣はモンスターと呼ばれる。
魔物とモンスターの違いは色々あるが、一番わかりやすいものとして、人を積極的に襲うかどうか。魔物は基本、人しか襲わない。そのため人里への被害が甚大で、人のみを食材とする。空腹により人を襲うのか、それとも本能的な行動で人を襲うのか、それはわからないが。
一方のモンスターは、人を襲わない……ものもいる。人を食料とするもの、立場をわからせたいもの……いろんな種類がいるが、モンスター同士共食いだってする。ある意味仲間意識のあった魔物とは違う……
……こうして考えると、魔物よりモンスターの方がクソなのでは? と思ってしまう。襲われる立場からすれば、魔物だろうとモンスターだろうと関係ないもんな。
あとの違いは、討伐のしやすさか。モンスターは種族がわかれば対処もしやすい。種族ごとには固まっていることも多いが、ウルフならウルフの、ゴブリンならゴブリンの、オークならオークの、攻略法がある。並の冒険者もコツさえ掴めば対処もできるが、魔物はそうもいかない。
魔物には基本決まった行動パターンはなく、異形な姿をしている。だから、戦いになれたような戦士でもないと、相手はできない。討伐のしやすさは、断然モンスターの方が上だ。
「ヤーク様、離れないでくださいね」
「わかってるって……」
だからだろうか……両親が、アンジーひとりで大丈夫だと判断したのは。アンジーはどう見ても歴戦の戦士って感じではないが、それでも道中モンスターに襲われるようなことがあれば、自衛は問題ないと……?
現在アンジーはメイド服、おまけに旅用のリュックを背負っている。それだけでいいのかと疑問に思ったが、現地調達の方が効率がいいとのこと。わかる。
俺だって、一度は冒険したんだ。あのときはみんなに着いていくのが必死だったとはいえ、それなりにうまくやれるはずだ。
「ヤーク様、疲れたら遠慮なくおっしゃってくださいね」
「わ、わかってるって!」
アンジーはそれほどまでに俺が心配なのか……いや、当然か。アンジーにとっては、働いている家の子供なのだから。責任も重大だ。最も、信頼しているからこそ両親はアンジーに任せたのだろうが。
アンジーは俺を、外に出るのは初めてだと思っている。実際この体になってからは初めてだが、転生前、魔王討伐という名目で冒険をした。当時とでは冒険の目的は違うが、人の命を救うという点では、同じだ。
なにをどうすれば効率がいいか、わかっているつもりだ。だが、頭ではわかっていても8歳のこの体。日々剣の稽古で体を鍛えていても、転生前ほどの体力はないかもしれない。
「アンジーは、外に出るのは初めて……ではないよね。故郷からこっちに来るときに?」
「えぇ、故郷から出て、ひとりで国まで歩きました。その後、旦那様と奥様に雇ってもらったのです。その後も、何度か外に出る機会はありました」
「ほー」
なるほど、今国から出てエルフの森へ向かっているのと逆で、エルフの森から国へと旅をしてきたのか、アンジーは。しかもひとり旅。ははーん、だから両親はアンジーに絶大な信頼を置いているわけだ。
性格はもとより、実際にひとり旅をしてきた実績がある以上、任せようと思えるのは自然だ。もしかしたら、以前どこかの村へ寄ったことがあり今回も同じ村で寝食のツテがある、ということも期待できる。
そうだよな、旅に一番重要なのは情報だ。アンジーに任せたのはそのため……恐ろしいほど強いから、というわけでもないんだろう。そうだよ、こんな綺麗で細いアンジーが、両親もおっかなびっくりなほど強いわけないじゃないか。
「そういえば、アンジーがウチで働いていた理由、聞いたことなかったけど……」
「そういえば、話したことはありませんでしたね。旅のお供に、お聞きになりますか? つまらない話ですが」
「ぜひ聞きたい」
どうせ長旅になる、アンジーとの仲をさらに深める意味でも、彼女のことはもっと知っておきたい。話に花を咲かせる意味でも、ぜひ聞いておきたい。
「ヤーク様が生まれるより前……旦那様と奥様がご結婚された時期でしょうか。その時期に、ご両親から直々に指名されたのです。我が家の世話を任せたい、と」
「直々? アンジーは元々両親と知り合いだったの?」
「話に聞いていた程度です。ヤーク様はご存じあるかはわかりませんが、ご両親はすごい方なんですよ」
すごい方……というのは、魔王を討伐した件のことを言っているのだろう。俺はその話を両親から聞かされたことはないし、アンジーからも今日初めて聞いた。だから知っているかはわからない、か。
けど、知っているんだよ俺は……あの2人と、旅をしていたのだから。そいつに、殺されたのだから。
「本人との面識は、ありませんでした。ですが、とある同族の子からお話を、伺ったのです」
「とある、同族の子?」
「はい。その子はエルフ族の誇りで……ご両親とも旅をしていたんですよ」
同族……つまりエルフだ。そして、あの二人と共に旅をして……エルフ族の、誇りだと?
そんな人物は、俺の知る限りで一人しかいない。
「エーネ……」
小さく、口の中で呟く。間違いない、エーネだ。
俺たちと共に旅をした、エルフの……ハーフエルフの、少女。その名がエーネだ。エルフ族は元々人々にいい顔はされていなかったが、魔王討伐という実績がエーネの、エルフの印象を変えた。
そういった意味で、エーネは一族の誇りとして扱われたわけか。わからんでもない……それまで、迫害とはいかなくてもそれに近しい扱いを受けていたエルフ族が、今やエルフのアンジーが国内で住めるほどに、その扱いは変化した。
それでも、ほとんどのエルフは未だエルフの森に住んでいると言われている。それはきっと、人に対する複雑な気持ちや、長年住んできた場所を離れるのに抵抗があるのだろう。
「その人が、両親とアンジーとの橋渡しの役割を果たしたってこと?」
「そうなりますね。ご両親は元々、お世話係を探していたようで……それを受けたその子が、私を指名してくれたんです。なので、正確にはご両親から指名されたわけではないのですが」
なるほどな……両親からエーネに、世話係を紹介してほしいと依頼があった。そしてエーネは、自分が知っている中で一番世話係に向いているであろう人物を指名した。それがアンジーってことか。
アンジーは両親と会ったことはないが、両親は魔王討伐の件で名前を知らない人がいないほど有名になった。おまけに共に旅をしていたエーネと知り合いともなれば、知る術はいくらでもある。
エーネを橋渡しに、両親とアンジーは知り合った……か。エーネと共に旅をした両親は、エーネの紹介であるアンジーに信頼を寄せ。エーネと知り合いのアンジーは、エーネが紹介した両親に信頼を寄せ。会ったことがなくても信頼があるだなんて、不思議な関係だ。
「……その人って、今エルフの森に、いるの?」
ふと、気になったことを問いかける。エーネが今、エルフの森にいるのかどうかを。ちなみにエルフの森とは人々が勝手に呼んでいるだけで、正式名称は別にあるらしい。アンジーがエルフの森と呼ぶのも、わかりやすくするためだと。それは今はいい。
アンジーが、他にもエルフ族が国にいるように、エルフ族もなんの気兼ねなく国で住むことができる。が、元々エルフの森にいたエーネがいまどこにいるのか、俺にはわからない。魔王討伐の後、国に帰る前に殺されたのだから。
エーネの足取りはわからない。もしかしたら、知らないだけで同じ国の中に住んでいたのかもしれない。が、少なくとも俺の見ている範囲で、エーネに繋がる情報はなかった。
俺の知らないところ、外出先で両親がエーネと会っていたのか、国に住んではいないか……なんとなく、住んでいないんじゃないかと思った。エーネは、同族をなにより大切にしていた。ひとり、国で暮らすとは思えないのだ。
「どうでしょう……私が里帰りしたのは約1年前ですが、その時には故郷にいましたよ」
「……そう」
ドクンッ……
心臓が、跳ねる感覚があった。エーネが、エルフの森にいるかもしれない。アンジーは1年に一度は里帰りするようだが、少なくとも前回の時点ではエーネはエルフの森にいた。そこから、拠点を移していなければ……
目的の場所にエーネが……かつての仲間だった女が、いるのか……!
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