第5話 遥か昔から



 ……剣の鍛錬の束の間の休息。その間俺は、この世界の成り立ち……というほど大袈裟なものではないが、ちょっとした歴史を思い出していた。


 この世界では遥か昔より、人間と魔族が対立してきた。それがこの世界だ。そうなった理由はなんだったか……どの文献にも、正確な詳細は載っていない。遥か昔からのことだ、当時の人間が生きてでもいない限りはわからないだろう。


 だが、どれにも共通して載っていた一文がある。


 人間と魔族という、『種族の違い』……それが、それこそが、それだけのことが、なんらかの因縁めいた両者の関係であるという、認識だ。


 かつて存在した、魔族を従える『魔王』という存在。魔王の目的は世界の支配……この世から人間を滅ぼし、魔族のみの世界を作る。それを初めて聞いた時は、なんとも単純で、しかし明確な目的があるなんとも恐ろしい者だろうと思ったものだ。それを阻止するため、世界の平和とやらをつかみ取るため、これまで数々の冒険者が挑み、散っていった。


 実際に魔族の手により人里が襲われ、被害が出たという話は毎日のように聞く。奴らは本当に人間を皆殺しにし、世界を乗っ取るつもりなのだ。この世界の守り神だという存在『竜王』は、かつて世界の危機に現れ人々を救った……という昔話を聞いたことがあるが、所詮昔話。そんないるかいないかの存在を頼りにできるわけもなく。


 そこで白羽の矢が立ったのが、俺やミーロ、ガラドといった平民を含めた、魔王討伐隊だ。



『この村に、捜し人がいる!』



 あの日の、あの時のことは忘れもしない。魔王を倒せる人材がこの村にいると、俺とミーロが暮らす村に国王の遣いの人たちがやって来たのだ。どうやら、長きにわたる対立に終止符を打ちたかった現国王が、『国宝』とやらを持ち出し、国宝の導きにより魔王を倒せる可能性のある者を、選出したらしい。


 そこで選ばれたのが、剣の腕に特化していたガラド、癒しの力という珍しい力を持つミーロ、魔術という力に特化したエーネ、肉体派のヴァルゴス……そして俺、ライヤだ。


 それぞれが特別な力を持っているのに、俺にはそのような特技はない……はずだったのだが、どういうわけか国宝とやらは俺を選んだ。理由は、当時もあれから8年も経った今もわかっていない。少なくとも、俺は知らない。俺はただの足手纏いでしか、なかったはずだ。ちなみに、俺が転生したのは、俺が殺されて3年後の世界であったようだ。調べた。


 ともあれ、こうして5人の人間が選出され、魔王討伐の旅へと向かった。だが、当初は反対も多かった。なんせ、国宝に選ばれるほどの才ある人間……それが、5人中3人が平民、そしてなにより、内1人がエルフ族だったのだから。


 ヴァルゴスは由緒正しい貴族の家柄の人間だ。本人も、武器すらも突破する鋼の肉体の持ち主……評判は、当時田舎暮らしだった俺の耳にだって届いていた。その身一つで、魔物の大群を追い払ったとかなんとか。対して俺、ミーロ、ガラドは平民だ。平民と貴族には、区別すべき点がいくつかあるが……わかりやすいひとつの点は、家名があるかないか。


 今でこそ『ライオス』という家名があるが、それは魔王を討伐したことで与えられた勲章のようなもの。言ってしまえば、魔王を倒したことで平民から貴族クラスの地位にランクアップしたのだ。ゆえに元々貴族だったヴァルゴスはそのままだが、平民だったガラドは『ライオス』の家名を与えられた。


 本来なら旅を同じくしていた俺にも家名が与えられるはずだったが、死んだ者に家名など必要はない。そしてミーロも同じく家名を得たのだろうが、現在『ガラド・ライオス』が妻に迎えたことで『ミーロ・ライオス』となっている。


 さらに忘れてはならないのが、『フォン』という称号ミドルネームだ。これは、確かな成果を収めた者に与えられる称号のようなものであるらしい。その地位は正確には貴族よりも上で、称号持ちは王族などの一部の地位の人間にしかいない。それは魔王を討ち脅威を払った者としては、当然の権利……名誉とも言える。


 つまり、大まかに平民が最低ランク。その次に下級貴族、上級貴族など貴族にも上下関係が存在。その上に王族、同じくらいの地位として称号持ちがある。下級貴族だの上級貴族だの違いは、平民だった俺にはよくわからない。平民にとって、どっちも同じなのだから。まあ貴族社会も複雑ってことだが、ほとんどの貴族が、平民を見下す傾向にあるのは変わりないことだ。


 魔王討伐の手柄をもらい、称号持ちとなるほどの名誉を得たのが、共に旅をした四人だ。この成果によりただの平民だったガラドは『ガラド・フォン・ライオス』に、ミーロは結果『ミーロ・フォン・ライオス』になったわけだ。そうそう、ミーロは癒しの力という特別な力を持つ者として、癒しの巫女なんて呼ばれているようだ。外に出れば誰もが、ミーロを『癒しの巫女様』『癒しの巫女』と呼ぶのだ。


 本人にそのことでからかってみたら、恥ずかしがっていた。


 そしてその子供として生まれた俺は……ヤークワード・フォン・ライオスとして5年の月日を過ごした。



「……ぱくっ」



 暖かい気温、あの人同じ晴天の下……お菓子をかじりながら、引き続き思い返す。俺の、転生してからのこれまでを。


 俺がこうして日々鍛錬しなくても、ガラドを貶める方法が実は一つある。そう、本来ならば、俺がライヤであることを訴え真実を告げれば、それだけでガラドを罰することは出来るだろう。奴は魔王を討ち、その後仲間のひとりを手にかけたのだと。それは俺とガラド……いや仲間たち以外知らない真実だからだ。

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