第4話 あれから5年
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「せい! せや!」
……
ま、ヤークワード・フォン・ライオスってのは転生してからの名前で、元々はライヤという、家名のないただの平民だった。それが今や、こうして貴族の息子として生まれた……いや、転生したなんてな。
人生、わからないものだ。と考えられるようになるまで、どれだけの時間を要したことか。転生の事実に気づいた瞬間は、絶望でどうにかなりそうだった。自由に動かない体を無理にでも動かして、何度命を絶とうとしたことか。
それも、ただひとつの目的のために耐えられた。
「あらヤーク、今日も精が出るわね」
「! 母上」
そこへやって来るのは、母であるミーロ・フォン・ライオス。……俺の、幼馴染だった女性だ。
俺が転生する以前の人生……つまり生前の世界では、彼女と俺は幼馴染の関係だった。彼女も俺と同じく平民であり、家名を持たない人物だった。平民は家名を持たない……それが今や貴族となり、さらには転生した俺の母として存在している。
ちなみに母上という呼び方は、貴族であるから呼び方話し方もちゃんとしなさい、と教え込まれたものだ。幼馴染を母上呼びなんて、なんの罰ゲームだろうと思うが。そんなこと素直に話せるはずもなく。
「毎日剣の稽古をして……元気なのはいいけど、怪我だけはしてはダメよ?」
「はい、母上」
今俺は、木刀を振るっている。
物心……は転生したその瞬間についていたから、俺が転生してから3年後、と言った方がいいか。3歳から、俺は剣の稽古を始めた。とはいえ、中身はともかく3歳児の体でたいした動きはできない。まずは体力をつけることが大切だ。
日々走り込み、腕立て伏せ、腹筋……まあ体力が追い付いていないので、本当に少しずつだ。しかも誰かに見つかれば必ず止められる。幼児がトレーニングなんてしているのだから。だから初めのうちは、バレないようにこっそりと。
そして今では、一人で木刀を振るう毎日だ。貴族だからだろうか、家はそれなりにでかく大きな庭だってある。一人黙々剣を振るうのに、これほど適した場所はない。
さらに、でかい家……いや金持ちになったからか、この家にはメイドがひとりいる。俺の世話もいちいち焼いてくれるし、不自由ない生活は、送ってきたと思う。
「でも驚いたわ。ヤークがいきなり、剣を勉強したいなんて言ってきたときは。お父さんの影響かしら?」
「……そう、ですね」
なぜ、俺が剣を覚えたいと言ったのか……それは、ある男を殺すためだ。目的を果たすためだ。生まれた時から、転生したあの時から、殺したくて仕方のなかった男を。
それが、ミーロの夫であり俺の父親……という胸糞悪い立場にいる、ガラド・フォン・ライオスだ。俺を殺し、その後貴族という地位を得てミーロを娶った、憎たらしい男。
まったく、貴族の地位を得てでかい家に住み、使用人を置く……横暴なガラドの考えそうなことだ。あいつ、平民の時から野心家だったからな。
「熱心なのもいいけど、少し休憩にしましょう。アンジーが冷たいお茶を淹れてくれたのよ」
「はい、いただきます!」
すべては、あの男を殺すために。とはいえ、気持ちだけで人は殺せない。しかも俺は5歳だ……成人の男を殺そうとしたって、うまくいくはずもない。
息子である立場を利用すれば、就寝中などいくらでも隙を見つけてチャンスはある……と当初は考えていたが、それは甘かった。あの男は就寝中だろうがそうでなかろうが、決して隙が見当たらない。俺の目から見ても、明らかだ。
まして5歳の俺に、成人男性を殺すための筋力も考えてみればあるはずもない。それにあいつの腰ほどの身長しかないのだ、ジャンプしたって顔面にパンチすらくらわせられない。
本人の強さも、認めたくないが相当なものだ。なんせ、その実力はまぢかで見ていた俺がよく知っている……魔王を討ち、勇者の称号を得たほどの実力なのだから。生前の俺だって、真正面どころか隙を見つけたとしてうまくいくかどうか。
だから最低限として、少しでも、自分の腕を磨く。それこそが、一番の近道でもあるのだ。
「奥様、坊ちゃま。こちら、どうぞ」
ペコリと礼をするメイドが椅子を引き、俺と
彼女は洗練された仕草で、お茶を淹れていく。それだけの姿が、すごく絵になる。流れるような美しい金髪、呑み込まれてしまいそうなほどに澄んだ青い瞳、日焼けなどしたことがないと思えるほどに白い肌、そして特徴的な長く尖った耳……アンジーは、エルフだ。
いつからかは知らないが、少なくとも俺が生まれた5年前からアンジーは働いていた。本人や母上に聞いたことがないから、詳細なことはわからないが。
その容姿は思わずため息が漏れるほどに美しい。俺が初めて見た時……つまり5年前からまったく変わっていない。エルフは長寿であるため、5年の流れは人間とは違うからだろうか。
「こちら、お茶菓子もお供にどうぞ」
「わぁ、美味しそう! これ、アンジーが作ったの?」
「はい。お口に合えば幸いです」
アンジーの淹れるお茶、そして作るお菓子は、美味しい。それは俺が、この家に生まれて良かったと思える数少ないメリットのひとつだ。子供のふりをするのは疲れるが、それもこの5年である程度慣れた。それに、アンジーのお菓子で素直になれるのも、また事実。
お茶で喉を潤し、お菓子をひとかじり。うん、美味しい。
「うん、美味しい」
「ありがとうございます、ヤーク坊ちゃま」
おっと、思わず声に出ていたようだ。けど、本音なのだから仕方がない。
それにしても、嬉しそうに笑う顔はホントかわいい……いや、きれいだな。笑い方ひとつで気品が見て取れる。俺にとってミーロは、母親である前にやはり幼馴染という先入観がくるので、本当の意味での母親とはアンジーのようなものかもしれない。あるいは姉か。
アンジーはメイドという立場ではあるものの、俺の世話をよく焼いてくれる。それこそ生まれた時から。アンジーのような美しい女性にお世話されるというのはなんともむず痒いものがあったが、俺に対しても真摯に接してくれる彼女に、いつしか感謝の念を抱くようになった。
たとえ仕事だとしても、俺に向けてくれた笑顔が嘘とは思えない。それは、復讐の闇に呑まれそうな俺に癒しの時間を与えてくれるようでもあったから。俺にとって、ありがたい存在だ。
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