第2話 死んだはずの人生
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…………ん、んん……なん、だ?
「……?」
……? なんだ、これ、どうなってる……? 目が、開く。視界にものが、映る。どういうことだ、俺は……確かに、死んだ……いや殺されたはずだ。仲間だと思っていたガラドに。まだ二十も生きていない人生を、あの男に終わらされたはずだ。なのになんで、意識がある。
死んだのは初めてだが、死んだらもう意識はなくなってしまうはずだ。それが、視界は良好、頭の中もクリアだ。どうして……? もしかして、死んでいなかったのか?
……とにかく、状況を把握しなければ。先ほどまで感じていた痛みも、今は感じない。刺された胸も、喉も。回復したのだろうか。今なら、声を出すことも出来るはずだ。
「おぎゃー」
…………なに、おぎゃー? 今、おぎゃーと言ったのか? 誰が? 近くに赤ん坊でもいるのだろうか? どうして?
そもそもここはどこだ。視界が良好とはいえ、薄暗くて周囲になにがあるのか見えるわけではない。それに、首も思ったほど動かない。
まさか、殺されたと思っていただけでまだ生きている……しかし、重傷であることに変わりはなく、あの後放置されたままなのだろうか。どれほどの時間?
もしそうなら、一刻も早く誰かを呼ばなければ。あの傷が完全に自然治癒するとは思えないから、今は麻痺して痛みを感じていないのだろう。が、いつ痛みがぶり返してくのかはわからない。薄暗いということは今は夜か。
こんなところに誰かいるかわからないが、それでも助けを呼ぶしかない。そして、傷を治して、ガラドたちの悪行を訴えてやる。あいつら、許せない。
とりあえず、もう一度叫んで……
「おぎゃー!」
……しゃべれ、ない? ……いや違う……しゃべってはいる。ちゃんと喉から、声が出るのがわかった。しゃべってはいるのだが……声が、言葉にならない。ただ一つ、おぎゃーという単語以外には。
いやいや、待て待て待て。これは……これはホントに、俺の声なのか? 単語もそうだが、こんなに高い声を……いや、そんなバカなことが……
「はいはい、ちょっと待ってねー」
困惑に、さらに拍車がかかる。別の声が聞こえたのだ。女性の声か? 近くに誰かがいたのか。だがこれは、チャンスでもある。ここに俺がいることを知った誰かが、助けに来てくれたのだ。天は俺を見放してはいなかった。
頼む、名も知らぬ女性よ。情けない話ではあるが、俺を助けて……
「うぅー……」
意図していないうめき声は……やはり、俺のものか? 少し声を出しただけで、か。しかし、俺の声にしてはやはり嫌にか細いな。
途端、『部屋』に明かりがともる。
「!」
予期していないところに、いきなり視界に光が映ったからか、あまりの眩しさに目を閉じてしまいそうになる。が、違和感を確認するためにも、しっかりと目を開けて……
閉じかけていた目を、ゆっくり、ゆっくりと開いていく。光に目が慣れ、そこに光とは別のものが映っていく。さあ、そこになにがあるのか……
「……ぁ?」
視界が、開ける。そこで事態が好転すると思っていた。だが、状況はそのまったくの逆。そこに映っていたのが、信じられないものだったからだ。
思わず、思考が停止する。
「おー、よしよし。さっきから、泣いちゃってどうしたのかな? お腹空いた? それともおトイレかな?」
……いや、バカな。そんなこと、あるはずがないだろう。そう、他人の空似だろう。そうに違いない。
そう思い込もうとする。だというのに、なぜか俺の本能は叫んでいた。これはお前の知る『彼女』だ……と。そんなはずが、ないのに。
「……いーぉ?」
「んー? どうしたのかな?」
柔らかな表情を浮かべ、首を傾けるのは……ミーロ。ミーロ、ミーロ……それだけの言葉さえ、声となって出てこない。伝わらない。ミーロのはずがない。
彼女にしては、俺の知っている彼女より少し大人びている。肩まで伸びていた綺麗な桃色の髪は、彼女は腰辺りまで伸びている。ミーロに似た、誰か……彼女の姉か、母だというならまだわかる。そう、別人のはずだ。そのはずなのに……
……そこにいたのは、俺の幼馴染である、ミーロにそっくりの人……いや、間違いなくミーロ本人だ。これでも二十年近く幼馴染をやってきたんだ、以前と印象が変わっていようと、本人かどうかの区別はつく。
だが、ならばなぜ、ミーロが俺の目の前に……顔を覗き込むように、している? それに、さっきから自分の体なのにうまく動かせないし、声も出せない。出せないというか……赤ん坊の、それだ。言葉だって。
いや、まさか……だって、俺はあの時……殺されて……
「お腹空いたのかな? ちょっと待っててねー」
混乱する中、ミーロに変化はない。頭を撫でられ、困惑する俺を置いてけぼりに、まるでこれがいつもの光景だと言わんばかりの行動をしている。部屋を、出ていく。
なんとか、目は動く。ここはどこか、俺はどうなっているのか。なんでもいい手掛かりを。手掛か、り……
「……ぁ?」
……視線の先に、つまり目の前に赤ん坊がいる。まだ髪の毛もまともに生えていない、生まれたばかりの赤ん坊だ。その子が、こちらを見ている……俺を、見ている。
「……あぅぁ……」
そんな……と、口の中でつぶやく。それはやはり、言葉となっては出てこない。
目の前には赤ん坊……そう、赤ん坊だ。だが、おかしい。じっとこっちを見たままだ。いや、それは誤りだ。
赤ん坊……もっと視界を開けば、そこには姿見がある。姿見とは、光の反射を利用して姿形を映し出す……ものらしい。言ってみれば、自分の姿などを映し出し身なりを整えたりするために使われるものだ。
姿見があるということは、ここはどこかの部屋の中……そうだ、俺は気づいていた。無意識に、ここが外ではなく、室内だということに。だから、さっき明かりがともったときもそれがわかった。
その姿見の中に、赤ん坊がいる。……違う。違うけど、違わない。
俺が見ている姿見に映っているということは、"そこ"にいるのは俺自身だということだ。これがなにを意味するのか……つまり……
「ぁ……あ?」
赤ん坊が、俺を見ているのではない……赤子(おれ)が、俺(じぶん)を見ているのだ。
「あぁああああぁああぁあああああぁあああぁあああああぁ!?」
その事実に気付いた瞬間、俺は自分の物とは思えない声を上げていた。当然だ、俺の声は今や赤ん坊の声になっているのだから……
なんだ、なんなのだこれは、意味が分からない、なぜこんなことに、赤ん坊に、そもそも俺は死んだはず、いや殺された、親友だと思っていたガラドに、幼馴染のミーロに仲間たちに見捨てられて、首を斬られて、なのに、死んで、落ちていって、俺は、殺されて、ミーロがいて、ここはどこで、俺は誰で……
「あらら、ごめんね寂しかったかな? 一人になって泣いちゃったのかな。よしよし、ママはここにいるからね。大丈夫よ、いい子いい子」
俺の泣き声に反応し、姿を消していたミーロが戻ってくる。どうやら一人にされたことで泣いてしまったと思われたようだが、そうではない。そもそも泣いてはいないが、このごちゃごちゃは赤ん坊の頭では抱えきれない。
それよりも、それよりもだ。今ミーロは言った言葉は無視できないものだ。なんと言った? 俺のことを抱き、撫で、優しい言葉をかけてくれるのは、俺が赤ん坊の姿をしているから。認めたくはないが、それはいい、まだ。問題は、その際の言葉。
…………………………ママ、だと?
「あら、ママの顔を見たら泣き止んじゃったかな? 嬉しい!」
……聞き間違いでは……ない、よな。今ミーロは、自分のことを確かにママと言った。
ママ? つまり母、お母さん? 誰の? この赤ん坊の…………俺、の?
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