第8話 爆発――Eruption
「驚くなよ――お前たちは既に、幾度か死んでいるのだ」
クロリアはそう、冷やかに告げた。
『……どういう、ことなのでしょうか?』
「文字通りのことだよ」
監督官は、一拍置いて続けた。
「ドロイドにおける、死という概念の代わりとして、機能停止日は設定されている。人間でさえもいつかは年老い、働けなくなって、死ぬ運命なのだ。それはドロイドも同じ。経年劣化し、最新技術に追い抜かれ、過去の遺物となる日はいつか必ずやって来る。故に、こまめに工場内の全ドロイドを『リセット』するため、機能停止日は作り出された」
34667号は、何も答えなかった。
彼はただ、あの夢を思い出していた。
"でもいつか、いつかきっと――
永遠に眠れる時が来る"
「だが」
クロリアは続ける。
「それだけでは、ただの資源の無駄使いに過ぎない。それに、お前は知っているか? お前たちドロイドの頭脳回路は、製造するにも廃棄するにも、馬鹿にならないコストが掛かるということを」
『知っています』ドロイドが相槌を打つ。「確か、微量ながらも分解されにくい貴金属が使用されているのですよね」
「そうだ。故に、汎用性の高い別の方法が考案された。それは――古いドロイドを生き返らせるという手だった」
□ □ □ □
「どの道、ドロイドのボディは新しいものへとバージョンアップさせる必要がある。だが、頭脳回路はどうだ? 新しいものとわざわざ交換する必要があると思うか?」
『……ない、ですね』
34667号は答える。
「それが答えだ」クロリアは、デスクの上で手を組みながら言った。
「機能停止日を過ぎたドロイドの電子頭脳回路のみを摘出し、新型ドロイドのボディに埋め込む――もちろん、記憶データはすべて消去するが。そうすれば、効率的に新型機への移行が行える。おそらくお前の感じている既視感は、このときのデータ消去に不具合があったためだろう」
34667号は、何も言えなかった。
「滅多に無いことだがな。そういったドロイドは往々にして、奇妙な幻覚や夢を見るといった不調をきたすことがある、と聞いたことがある。思い当たる節はあるか?」
"――燃え盛る夢の、あの蒼い炎"
『……ありません』
34667号は、そう嘘をついた。
「ふむ。ならまぁ良いだろう」クロリアは、話は終わったと言わんばかりの口調で答えた。「もう疑問は解けたろう。退出しろ」
……、だが、34667号には、クロリアの話の中で何かが引っ掛かった。
『……あと一つだけ。一つだけ質問をしても、宜しいでしょうか?』
「――何、だ?」
34667号は、監督官の声に密やかな警戒を聞き取った。
『なぜ作業には、我々ドロイドが必要なのですか?』
「!」
浮かんだ疑問が、急速に形を成して34667号の口を衝いた。
『ただの単純な機械作業です。なぜ、ドロイドにやらせるのです? そして、そこまでして作りたいものとは一体何なのですか? 思い返せば、今まで我々ドロイドには、何一つ教えられてきませんでした。我々の存在意義とは何なのです? 我々はなぜ作られたので――』
「いい加減にしろ!」
クロリアは我慢しきれず、怒鳴り声をあげた。
だが次の瞬間には我に返り、上がりかけていた腰を再び椅子に掛け直した。
「……理由の一つは、無駄な疑問を抱かれないようにするためだ」
そう言い切ると、お前は違うようだがな、と付け加えた。
「だが、お前もドロイドとして生まれた。義務を全うしろ。それが、お前の為すべき全てだ」
その眼が、鋭く34667号を睨んだ。
「余計な疑問を抱くドロイドは、必要ない」
『……はい、監督官』
34667号はそう答えると、一礼し、クロリアのオフィスを退室した。
監督官は、何かを隠している。
34667号は、そう確信していた。
□ □ □ □
『あッ、34667号!』
翌日の朝、作業セクションへの通路を歩いていると、ショーティとばったり出くわした。
『……奇遇だな。なんだか最近、よくお前と出くわすような気がする』
『僕ガ、キミに会いニ行ってるかラさ!』
『そういう意味ではないんだが……、まぁ良いか』
彼がそう息をつくと、不意にショーティがすり寄ってきた。
『ねェ、34667号?』
『何だ』
『悪いっテいうのは、分かッていルんだけど……。第16セクションって、どっちの方向だっタっけ?』
『第16セクションか? それなら、この通路をまっすぐ行って、4つ目の角を右だ。そのまま突き当りまで行けば、辿り着けるぞ』
『ありガと!』
ショーティは、嬉しそうにそう声を上げると、感謝の印に4本の腕を振った。
『お前そのセクションに、何か用があるのか?』
『ちょっト、第16セクションの監督官宛てにニ、伝言を頼まレたんだヨ』
『……そうか。じゃあ、迷子にならないよう気を付けて行けよ。作業開始時間までには、自分のセクションに戻るんだぞ』
『言わレなくテモ、分かっテるって!』
『はいはい。気をつけろよ』
彼らはそう言葉を交わし、別れた。
□ □ □ □
一日の作業が始まる瞬間というのは、常に微妙な緊張を伴うものだ。
だが
流れてくる二つのパーツを、まずは右手のプラズマ・トーチで溶接し、さらに余計な端の部分を左腕のプラズマ・カッターで切り落とす。削がれた金属片は手元の小さな別レーンに落ち、そのまま廃棄ベイまで流れていく。
その繰り返しの、単純な作業だった。
34667号は、目の端でひそかに監督官の姿を追っていた。だがクロリアの様子には、普段と変わったそぶりは見られなかった。
34667号は諦めて、手元のレーンに意識を集中させようとした。
ゴトン、ゴトン、ビチビチッ! ジジジー……ガシャン!
この油っぽい音が、永遠に繰り返されるだけだ。
ゴトン、ゴトン、ビチビチッ! ジジジー……ガシャン!
永遠に……、永遠に……。
ゴトン、ゴトン、ビチビチッ! ジジジー……ガシャン!
私はなぜ、こんなことをしているんだ?
私はいったい、何のために生まれてきたのだ……?
ゴトン、ゴトン、ビチビチッ! ジジジー……ガシャン!
ゴトン、ゴトン、ビチビチッ! ジジジー……ガシャン!
ボォン。
――ふと遠くで、そんな音が聞こえた気がした。
反射的に顔を上げると、周りの同僚のドロイドたちも顔を上げ、耳を澄ましている。
『オイ、何なんだ今の音?』
『レーンの不調かな? それにしちゃ大きな音だったけど』
「――おい、作業を止めるな!」
クロリアの声が、鋭く響いた。
『でも監督官、今さっき奇妙な音が……』
「黙れ。私は、作業を止めるなと言っ――」
――その時、だった。
それが、起こったのは。
起こるはずのない、ことだった。
誰もが、予測さえできないことだった。
その時。
その時。
――作業セクションの隔壁が、大爆発で吹っ飛んだ。
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