第7話 告白

『監督官、少し宜しいでしょうか?』

「なんだ――っと、34667号、だったか?」


それは、翌朝のことだった。

時間は、作業開始時刻にはまだ少し早かった。だが34667号は、同僚たちよりも一足先に、作業セクションへ来ていた。

そして、目当ての人物を見つけ出したのだ。


「私に、何か用か?」クロリア監督官は、怪訝そうな声で尋ねた。

『いえ、少し二人でお話ししたいことがありまして……』


監督官の朝は、早い。ドロイドとの雑談に興じている暇など、一時たりともないのだ。むろん、プライベートに関する質問も無し。

そう彼が切って捨てようとしたとき。


『……実は、私の機能停止日まで、あと14日なのです』


――その言葉に、クロリアの動きは止まった。


“機能停止日”


「……そう、なのか」何とか、そうとだけ答える。

ひそやかな悪寒が、彼の背筋を伝った。

「ドロイドが、その事について口にするのは、珍しいな……」

『そうでしょうね』


対する34667号の声は、まったくの無機質だ。相手はドロイドなのだから、むろん当たり前のことである。

だが今のクロリアには、その声がいやに深く響いた。


「……それで、もう一度聞く。私に何の用なのだ?」

『教えて欲しいのです』


ドロイドは、単刀直入に言った。


『おかしなことと思われるかもしれません……。しかし私には、これがだとは感じられないのです。遠い昔に。そう、遠い昔に、何か同じ経験をしたように思えてならず……。人間で言うところの“デジャブ”、あるいは“前世の記憶”というようなものでしょうか? 詳しくは、私自身にもよく分からないのですが』


まさか、こいつは……?

このドロイドは、一体知っているのだ?


『教えて、頂けないでしょうか』


34667号が詰め寄る。人間の平均身長より頭一つ分背の高いドロイドは、さしものクロリアの目にも威圧的に映った。


「――、……分かっ、た」


ついに、クロリアは押し切られた。

「本日の作業が終わったら……私のオフィスに、来い」

『ありがとうございます』


34667号は、あくまで無機質に――少なくとも、クロリアにはそう聞こえた――そうとだけ答えた。


□ □ □ □


終業ベル。

騒然とする通路。

その先にある、士官区画で。


「入ってくれ」


クロリアにいざなわれ、34667号は、彼には少し小さいドアをくぐった。

オフィスは、小さな個室になっていた。


『……綺麗、ですね』

「身の回りは、きちんと整頓していないと落ち着かなくてね」


シャープなデザインのデスク周りは、書類やコンピューターがきれいに並べられ、あるいは棚に分類されていた。私的なものは一切なく、これぞ理想的なオフィスといった趣きだ。


「――で、だ」


口火を切ったのは、クロリアの方だった。デスクを回り込んで執務椅子に腰掛けつつも、その目は鋭く34667号を射抜く。


「お前は、何を知りたい?」

です』


クロリアは、慎重に目の前のドロイドを観察した。

"こいつは、厄介の元になる"

そう直感で察した。


「無理だな」

『そう、ですか』


ドロイドは、静かに答えた。


『では、ドクター・ハロディンに聞くことにします』

「……は?」


クロリアは、目の前のドロイドを見つめ直した。その言葉の思惑を読み取ろうとしたが、相手はドロイドなので表情がない。

クロリアは、頭をフル回転させた。34667号がどういうつもりでハロディンの名を出したかは、この際どうでも良い。問題は、彼がドクターの所へ行った場合の結末だ。

彼は考えうる結果を、瞬間で予測できた。


ドクター・ハロディンは、ああ見えて抜けている所がある。彼女はドロイド修理のエキスパートだが、それ以外は『おっちょこちょい』な面が多いことを、長年の付き合いでクロリアは知っていた。

むしろ彼は、なぜ彼女にドロイドの繊細な修理ができるのかが不思議だった。

そんなハロディンのことだ。もしドロイドが訪ねてきたりしたら、うっかり『機密』を漏らしてしまわないとも限らない。無論、彼女も機密秘守の誓いを立ててはいるが、ハロディンの性格を考えると、やはり彼女の元へドロイドを行かせるのは宜しくない。


まさか、これを狙ったのか……?


クロリアは内心、歯噛みをした。

こうなったら、適当な情報を小出しにして、アイツの好奇心を逸らすしかない。

それで、34667号が満足すればいいのだが……。


「……分かった、教えてやる」


クロリアは少し間を置くと、勿体ぶった風に言った。


「お前は確か、これが初めてでないと感じる、と言ったか?」

『はい』

「それは、実を言うと正しい」


クロリアは、声を潜めた。オフィスは防音されているが、これから話すことも機密秘守に抵触する内容なのだった。


「驚くなよ――お前たちは既に、幾度か死んでいるのだ」





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