第4話 一日の終わり
11385号の喋り方には、どこか不自然な所があった。話している最中、声のトーンが瞬間的に落ちることがあるのだ。恐らくは会話回路に欠損があるのだろう、と34667号は思った。
『君は……、確かクラスZ-95の溶接対応ドロイド、でしョ? 合ってルよね?』
『あぁ、私の名前は34667号だ』
彼が一応自己紹介すると、11385号こと〝ショーティ〟は首を傾げてウ~ンと唸った。
『ン~、君にも何カ、ちょうど良いニックネームを付けてあゲたいなぁ……?』
――不意に、34667号は、その小さなドロイドの姿を、どうしようもなくいじらしいと思った。
『――私は、ただの34667号で十分だよ。だからそう呼んでくれ』
『……ふ~ン? まぁ、君がそう言うならそれでも良いカ!』
ショーティはそう言うと、34667号と並んで通路を歩き始めた。
『君、配置セクションはドコ?』彼が、顔を覗き込むように訊いてくる。
『第17セクションだ。まぁ尤も、今日異動になったばかりだけどな』
『ふーん、隔離セクションなんダ? 憧れルよ! しかもしかも、僕の配属セクションと近いや!』
『そりゃ、良かったな』
彼は歩きながら、ふとショーティに訊いてみた。
『そういえばお前、片目のライトが壊れているが大丈夫か?』
『エッ、それ本当⁉ ウソでしょ!』
聞くなりショーティは、びくっとして急に立ち止まった。そして何やら、そのままの姿勢で硬直してしまう。あたかも突然、バッテリーが切れてしまったかのように。
……恐らくは、自身の内部機関でクイック診断を行っているのだろう。34667号はそう推測した。
まさに数秒後、ショーティの緊張は解けると、彼はクイッと顔を上げて言った。
『本当ダ。多分さっき、キミとぶつカった時に壊れちゃったンだよ……』
『! そりゃ悪いな。明日にでも、ドクター・ハロディンに診てもらうといい』
しかしそう提案すると、意外にもショーティは乗り気でなさそうな声を出した。
『いヤ……、あのドクターって、優しいのか怖いのか分かラないシなァ……』そう言うと、ためらいがちに先を続ける。『それに――』
『それに?』
『――僕ノ機能停止日まで、もう長クないからさ……』
そう小さく呟いた彼の声は、ひどく落ち込んだ響きがあった。
――“機能停止日”。
それぞれのドロイドが持つ、初起動からきっかり十年目の日付けのことだった。
工場で働くドロイドは何であれ、機能停止日を設定されている。そしてその日きっかりに、役目を終えるとその機能を完全に停止するのだ。それは己の意思ではどうにもできないプログラムであり……、また彼らに与えられた、避けられぬ〝寿命〟なのでもあった。
ドロイドの間でも、機能停止日のことを口にすることはタブーだと見なされている。ショーティが口をつぐんだのも、そういう訳だったのだろう。
『……じャ、僕はこっちだから』
通路の曲がり角で、ショーティは彼を振り返った。
『マタ明日ね』そう言って、四本の手を小さく振って見せる。
『……明日?』
34667号が訊き返すと、彼はクイッと小さな頭を持ち上げた。片方のライトが点いていないカメラアイが、34667号を見つめ返した。
『君の配置セクションは、しっかり覚えたからネ! これからハ、いつでも会いに行けルよ!』
そう、嬉しそうに答える。『だっテ僕たち、もう友達でしョ?』
『――そう、か……』34667号は不意に、胸の中から熱い感情がこみ上げるのを感じた。それは彼自身、今までに感じたことがない思いだった。
“友達”……。
その一言が、彼の心をくすぐった。
『――あぁ、また明日な』
そう答えると、彼らは別れた。
□ □ □ □
今日は密度の濃い一日だったな。眠りにつく直前、34667号は思った。
新しいセクションへ移動になって、ドクターの診察を受け、最後には気分屋のドロイドにまで出会った。いつもなら、……――
――いつも、なら……?
私はいつも、一体何をしている?
一体この工場で、どれだけ価値のあることをしているのだ?
不意に、そんな疑問が浮かんだ。
そのことが、なぜか彼を……ひどく不快な気分にさせた。
我々ドロイドの存在意義は、生まれる前から決定されていたはずだ。そう、言うならば、自分で自分の価値を証明しなければばならない人間より、余程安定した存在だと言えよう。
定められた自身の価値。それ以上にも、以下にもなれないこの身。
そう、である筈だろう?
『……ハァ。きっと、私は疲れているだけだな』
自分自身の問いかけにそう蓋をすると、彼は充電ケーブルを後頭部に繋ぎ、自ら電子の夢に溺れていった。
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