第3話 転校生の意外な正体
リスタートの回数が三十回を超えたあたりから、ぼくはもう数えるのをやめて、これは「作業」だと思うことにした。変に感情を挟むと、悔しいだけだ。
朝起きて、時計を見るまでもなく早起きと言える時間帯だと分かっているけれど、習慣で時刻を確認して、ジャージ姿のぼくはベッドから身を起こし、机の上のメモを熟読して、「やってはいけないこと」を頭に叩き込む。
最初のシンプルな文字数と比べ、ずいぶんと「禁止項目」が増えたものだ。
「委員長」を避けて教室に行こうとして、幼馴染の女の子と階段でぶつかり、二人で抱きあうように転がり落ちて、肉体と人格が入れ替わり、女の子のカラダになってしまったりもした。
肉体の入れ替えが起こらなくても、倒れたイキオイで押し倒す格好になり、偶然胸を揉んでしまったり。あるいは転がってもつれた先で、偶然にも女子更衣室に飛び込んでしまったり。
登校ルートを変えた先でトラックに轢かれ、ファンタジーな異世界に転生した時はかなり驚いたものだが、これすらも「テンプレ展開」になっているようだ。異世界にもいろいろあって、剣や魔法やドラゴンが登場する王道系や、歴史上の偉人や戦国武将がなぜか全員美少女になっていたり……ぼくは様々な異世界に転生しまくった。
だが、リスタートの壁は越えられない。
トラック以外の車にも意図的に轢かれてみたが(慣れというのはおそろしい)、今度は「あなたの魂があの世に行く前に、契約してくれる?」と、大きな鎌を持った自称・死神の女の子(かわいい)が出現し、また強制リスタート。
死の向こう側にすら、美少女キャラとの出会いがある。自殺もままならない。
「神様」は色々と勉強をしてやがるようで、ゲーム・漫画・アニメ・映画などの「テンプレパターン」を網羅しているらしく、ぼくは行動にどんどん制限をつけられていくばかりだった。
ゲームでいえば「死にゲー」とでもいうのか、あまりにも難易度が高いアクションゲームで、死ぬのを何十回、何百回と繰り返して身をもって攻略法を覚える、というのがあるが、あれに匹敵する気がする。
これが正解、あっちは不正解、と事前に教えてくれず、様々なパターンを自分で実際に試してみて、「これはダメ」な選択肢をぷちぷちと潰していく感じなのだ。
さて、三十何回目かの「同じ朝の登校」で、「突撃少女」との遭遇を避けながら学校に到着、「委員長」の仕事の手伝いからは逃げ、「女子の情報に詳しい悪友」には絶交宣言、もはや流れ作業感覚でこなし、「昼休みに購買部前で焼きそばパン争奪戦」もせず、「今日は天気がいいから屋上でメシにしようか」的展開も見せないまま、ぼくは男子トイレの個室に籠り、昼食も摂らずに、昼休みをじっと耐えていた。
「授業をサボッて帰る」と「同じようにサボッている不良たちに町中で絡まれる」フラグが発生し、「なぜか日本刀を持ったサムライ気質の女の子に助けられる」ことがあったので、とりあえずは下校時間までは学校で頑張るしかない。
下校時間を過ぎて家に帰っても、何かの「テンプレ展開」が待ち構えているかもしれないと思うと、気が重いが。
昼休み終了のチャイムが鳴り、ぼくは男子トイレから出て教室へと向かった。
向かう途中の廊下で、「突撃少女」こと「転校生」とすれ違った。
あ、このパターン、十五回目あたりで経験したやつだ。開いていた窓の隙間からハチが入ってきて、慌てふためき逃げ惑う「転校生」がつまづいて転んで、ぼくを押し倒す態勢になり、重かったのはこちらだったにも関わらず「こ、このヘンタイ! いつの間にわたしの下に潜り込んだのよっ!」と屁理屈言われてリスタートしたんだっけ。ラッキースケベは基本的にアウトなんだよなあ。悔しいけど。
一連の流れは掴んでいる。ぼくは、完全に閉まっていない廊下の窓を見つけて、ぴったりと閉める。窓ガラスの向こうに、ハチがぶつかってくるのが見えた。
ただ、違っていたのは、「転校生」の反応だった。
これから「襲い来るであろう」ハチに対して、あまりにも迷わずスムーズに対処したのが逆に不自然に映ったのか、彼女はぼくに不思議そうな視線を遠慮なしにぶつけてきた。
「まるでハチが飛びこんでくるのを、知っていたみたいね」
彼女はぽつりと、そんなことを言った。
まあね、三十回以上も今日を繰り返してきたから。きみとは登校の時に何度もぶつかって、蹴られたり、逆にぼくがタックルして倒したこともあったっけ。きみはあの時、ひざをすりむいたよね、悪かったね。どうせ、覚えていないだろうけど。
「え? どういうこと? 私にタックルって」
しまった、自嘲的な考えを心の中で呟いたつもりが、つい声に出していたみたいだ。
変なヤツだと思われただろうか。
しかしぼくは、作業的に繰り返すこの毎日に(毎日といっても同じ日なんだけれど)、疲れを感じていたのかもしれない。
どうせ何かのきっかけでリセットしてしまうなら、今している、この会話も「なかったこと」になるのだ。
王様の耳はロバの耳、じゃないけど、誰かに言いたくなっても、仕方ないじゃないか。
「ぼくは主人公で、物語の登場人物なんだ。そしてきみも……すべては―――」
「神様」ってやつの、手のひらの上なんだ。
そんな風に、ぼくは彼女にすべてを話していた。
朝起きたら、机の上に「神様」のメモがあって、その禁止事項を破ると、朝に戻って、自分の部屋のベッドで起きる時点からのやり直しになることを。
彼女は最初、「何かコイツの中の変なスイッチを押してしまった、ヤバイ話が始まったぞ」と苦い顔だったが、ぼくの話を聞くうちに、推理パートの名探偵のような、真剣で神妙な顔つきになっていた。
ぼくは愚痴まじりで、胸の内のすべてを話し終えた。ああスッキリした。
さて、神様? このやり方に対して、ジャッジはどっちだ? 登場人物が「私もあなたも、登場人物ですよ」とサブキャラに教えるのは、アリだろうか? ナシだろうか?
……しばらく待ってみた。
ベッドに戻ることはなかった。
確かに、これは、「テンプレ展開」とは呼べないからな。
ただ、真面目な顔をしている彼女の沈黙を、ぼくは少し不思議に感じた。
「あの? もしもし? 黙っていられると、この空気、逆にツライんだけど。妄想癖とか、中二病とか、バカじゃないの、って笑ってくれた方がまだマシというか」
「笑うことなんてできない。たぶん、わたしも、あなたと同じ」
「……同じ?」
学校の廊下で、向かい合うぼくたち。
彼女の目が笑っていない。冗談ではなさそうだ。
「この世界に違和感を感じている、異なる世界の住人……」
彼女が右手をゆっくりと上げ、手を広げた。その手の中に、青白く輝く光の粒が集まり、ひとつの形となった。
それは、棒状のものだった。まるで指揮者が手にする指揮棒みたいだったが、ひと周り太い。ごてごてと装飾品もついている。
星や翼、ハートを模したマークで飾られていて、プラスチックみたいなピンク色の光沢。玩具みたいに安っぽい。
彼女がなにやら「ラ行」や「パ行」がやたらと多い、恥ずかしい呪文を唱えながら、手にした棒を一振りすると、可愛らしい弾む効果音と共に、制服姿が一変する。
フリルやリボンで、ごてごてとデコレーションされたコスチュームの「魔法少女」へと変貌したのだ。
綺麗な栗色のロングヘアは、いつの間にかボリュームが増したピンクのロールへと変わっていて……。
「これが、わたしの本当の姿」
うわあ! 魔法少女だよ! おそらく、異世界からこっちの世界に修行のためにやってきた、とかそんなヤツだよきっと!
ウィッグじゃなくて地毛でピンクのロングヘアって、実際に見ると目にキツイな!
「神様」は絶対見逃さないだろうな、コレ! また逆戻りだ!
そしてぼくはまたベッドの中に! 制服に着替える前のジャージ姿に! 時計を見ると早起きとも言える時刻で! 何度やり直すんだよー!
ん……あれ?
ぼくはまだ、学校の廊下にいた。
目の前には、アニメから抜け出してきたみたいな、ピンク髪の魔法少女が、相変わらず、ぼくを見つめている。
なぜだ? なぜ戻らない?
ぼくはてっきり、ベッドで目を覚ましたら、例のあのメモに「異世界からやってきたけど素性を隠している魔法少女ヒロインとかありがち」とか「ヒロインがピンク髪ってベタすぎじゃね?」とか、そんな腹立たしい文章が追加されるものだとばかり思ってたけど……。
ストレートすぎる中二病展開って、逆に盲点なのだろうか?
そんなはずはない、「テンプレ展開」の究極みたいなものじゃないか。なぜ「神様」はリセットしないんだ?
「何もしてこないみたいね、神様」
ぼくの表情を見て察したのだろう、先ほど話した内容から、彼女は既にどういうものなのか理解したようだった。
「正体を知られないために……というか、変身する瞬間を誰かに見られないために、わたしは時間を停止して固有結界を張る能力を持っているの。今も、そう」
「時間を……停止……? まさか、神様は、その設定があるから」
「時間停止中は手出しができない、とか?」
察しの良い彼女は薄く微笑んで、ぼくの言葉を先取りする。
「きみが固有結界……時間を停止させている間は、ぼくはリセットされずに済むってことか!」
なるほど、テンプレな悪友や委員長の存在もそうだが、《作中の設定》に従うのなら、神様もその範疇でしか手を出せない……これは発見だ!
「だけど、五分が限界なの」
「え? 時間を停めているんだから、五分とか、時間の概念って関係ないんじゃないの? 好きなだけ停めていられる、とかじゃないのか?」
その間に、神様への打開策をゆっくり考えようと思ったのに。
「残念ながら、この結界を発生させるにも魔法力を消耗するから……結界の発生から五分間経過すると、自動的に解除されてしまうの」
「結界の中で、四分五十九秒経ったら再度結界を張り直す、とかできないの? それを繰り返して無限に延長しまくるような手は」
「だめ。結界魔法は大きな魔法だから、途中で張り直すとか、できない。……あと三分」
魔法少女は腕時計を見ながら(腕時計は動くんだー、ふーん)残り時間を告げた。
ぼくが、《作中の設定》とか言い始めたら、急に後付け設定が増えた感じもするな……まあいいか、反撃のチャンスが見えてきた。
「変なことを聞くけどさ、魔法って他にも色々使える?」
「ええ、まあ……」
ぼくは可能性に賭けて、こんなことを聞いてみた。
神様を殺す魔法ってある?
彼女は、「それは、世界を滅ぼす魔法……」と驚いた顔をした。ということは、「ある」ということだ。
「古文書を調べれば、分かるかも」と呟いた彼女を見て、ぼくは確信した。
ぼくが小説の「主人公」なら。
彼女は間違いなく、この小説の「ヒロイン」だ。
(続く)
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