事実の在る場所

沢田隆

1日目



 土曜日、父宛の荷物は家に誰もいなかった午前十一時ごろに一度来たらしい。午後の早い時間に帰宅して郵便受けを見たら、不在票が入っていた。


 再配達を頼んで改めて届けてもらったそれは、母方の伯父からのハムの詰め合わせだった。お歳暮にはまだ早い伯父からの急な荷物に、母は、


「自分はこうやって連絡を寄越さないで勝手に送ってくるくせに、こっちが同じことをすると『先に連絡しろ』って怒るから面倒臭いのよ。わざわざ再配達してもらって、ドライバーさんに申し訳ないわ」


 と、伯父のやりかたに文句を言っていた。



 伯父は結構自分勝手で空気が読めないところがあって、さらにいまは老いによるせっかちさも加わっているからますます性質が悪くなっていると、母は数年前から散々口にしていた。


 先日、祖父の十三回忌と同時に、六月に亡くなった祖母の納骨を済ませた日まで、私は母のそんな愚痴めいた発言に「へぇ」なんて適当に相槌を打つだけだった。


 でも集合場所の石材店に最後に着いた伯父は、真っ先に母の前に立って、


「これ、見つけたから」


 と、実家の片付けをしていたときに偶然見つけたが、自分の判断では勝手に捨てられなかったという理由で、母の高校生当時の卒業アルバムを手渡してきた。



 数十年前はきっと白色だったのだろう、褪せて薄暮れのような茶色に変色したカバーに収納された卒業アルバムを見て母が発したのと同じタイミングで、私も内心「絶対にいまじゃない」と思っていた。



 でも母はなんとなくアルバムを開くと、黙ってページをめくっていき、不意に、


「あっ、これミサちゃんよ!」


 と、集合写真の中の一人を指差しながら、横に座っていた私に嬉しそうに言った。



 自分が学生だった何十年前のクラスメートを見て、息子の私が「ホントだ」とかなんとか言って一緒に喜ぶとでも思ったのか。


 私はどう足掻いても、たった一言「知らんがな」と返すしかなかった。




 届いた荷物は居間のテーブルの上に置いてあった。三十センチ四方、高さ五センチほどの箱が二つ重なっていた。


「二つも送ってくれるなんて太っ腹だなぁ」と言うと、ミニチュアダックスフントのアリシアを膝の上に乗せて、ソファーに座ってテレビを観ていた父はこっちを振り返って、


「配達してくれたドライバーさんが、Nさんのぶんも一緒にこの住所に届けるようになってるんですけど、って」


 と言った。



 Nさんと聞いてなんとなく理解していたが、伝票の宛名部分を見てみると、父の名前の下には、旦那さんの名字で姉の名前が記載されていた。


 つまり、届いた二箱のうちのひとつは姉夫婦への贈り物で、でも伯父は向こうの住所を知らなかったから、こっちに送ってきたということなのだろう。



「そんなことするなら、電話で住所を聞いて直接送ればいいのに。いちいち面倒臭いことをする」


 と、母はやっぱり文句を言っていた。




 夜になって母が姉に連絡を入れると、月曜日に車でこっちに来て受け取るという話になった。


 来たら渡してくれと母に頼まれたのは、私も月曜日は仕事が休みだったからだ。


 どうせどこにも出かけないのだろうから、みたいなニュアンスで言われたような気がしたことには若干引っ掛かりを覚えたが、しかし、どこに行く予定もなかったのは本当のことだったから、了承する以外に返す言葉が無かった。





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