第640話 学園内の魔物



「こんなボロボロになっちゃって。傷が思ったよりひどいのかな」


「気を失ったのは別の理由だけどね」


 気を失った魔物に近寄り、私はできるだけ優しく抱える。

 やっぱり両手で抱えられる程度の大きさだ。黒い毛並みはふさふさで、ずっと触っていたいくらいに気持ちいい。


 私は、意識を集中して回復魔術を使用する。

 魔物相手に回復魔術を使うことがあるとは、思わなかったな。


「よーしよし」


 回復魔術のおかげで、傷は徐々に塞がっていく。

 傷が治っても、疲労はそのままなので、まだ安静にしておかないとダメだけど。


「じゃあ、そっちは任せたよ。

 この中で、一番初めに魔物を見つけたのは誰かな」


 私と魔物の様子を確認したナタリアちゃんは、周りのみんなに呼びかける。

 ルリーちゃんはこういうとき大声を出しにくいだろうから、ナタリアちゃんが進んで声を上げたのだろう。


 少しだけ周りがざわざわしているのを確認していると、やがて「あの……」と手を上げる人がいた。


「多分一番先に見つけたのは、私と……」


「私だと思う」


 人の輪の中から出てきたのは、二人の女子生徒。

 制服ではないから、スカーフは巻いていない。色が分からないから、学年もわからない。


 けど、二人のうち一人には、見覚えがあった。


「お二人が?」


「はい。一年「ラルフ」クラスのキルス・アンテンです」


 一人は、肩より少し長い灰色の髪を左右に分けて縛っている女の子。

 真面目そうな印象だけど、私に見覚えはない。


 でも、「ラルフ」クラスってことは……


「あ、アンテンさん?」


「どうも」


 そう、ルリーちゃんと同じ組だ。

 どうやら、二人は顔を合わせれば言葉を交わす仲のようだ。


 さて、そんな彼女と一緒にいる、私が見覚えのある生徒は……


「レーレアント・ブライデント、二年だ。久しぶり、エラン」


 私に軽く微笑みかけてくれるのは、灰色の髪を肩辺りまで伸ばして後ろで一本にまとめた女性だった。

 まるで武士みたいな佇まいの彼女は、言っていた通り二年生。


「はい、久しぶりですレーレさん」


「! 知り合いかい、エランくん」


 私たちのやり取りに、ナタリアちゃんが反応する。

 一年生の間ならいざ知らず、学年の違う相手と親し気なら、驚くのも無理はない。


 私とレーレさんは、とある縁から知り合うことになった。

 ……いや、あれを縁と呼んでいいのかわからないけど。


「うぅん、ちょっとね」


 知り合いであることに間違いはないけど、その理由を答えていいかわからない。

 なので私は、曖昧な返事しかできなかった。


 レーレさんと知り合ったのは、学園で起こった魔導事件がきっかけだ。

 学園で起きた初めての事件……その犠牲者、"魔死まし者"となったのがレーレさんの弟だった。


 第一発見者に近い私と、被害者の身内であるレーレさんは理事長室に呼ばれ、そこで出会ったのだ。


「……そっか」


 言いにくいことがあるという私の気持ちを、察してくれたのだろうか。

 ナタリアちゃんはそれ以上なにも聞いてこなかった。


 それから二人に向き直る。


「お二人が、この魔物を最初に発見したんですね?」


「私たちがここで魔物を発見した時は、他に誰もいなかったからな。

 もしも先んじて発見したが連絡もなしに放置した……という者がいなければ、私たちが最初だと言うことになる」


 ナタリアちゃんの質問に、レーレさんはきびきびと答えていく。

 あの事件で弟が殺されて、そこまで月日が経ったわけではない。なのに、凛とした姿がそこにあった。


「なるほど。二人は、一緒に?」


「彼女……キルスとは毎日、剣の鍛錬をしていてな。今日も変わらずに稽古を終えて、帰ろうとしていたところだった」


「は、はい! レーレアント先輩には、いつもお世話になっています!」


 二人は学年が違うけれど、なるほど。剣の稽古ということで一緒にいるのか。

 というかレーレさん、武士っぽい見た目だと思ってたけどホント意に剣使えるんだ。


 魔導士にも、魔導剣士などいるし剣を鍛錬しても、なにも不思議はない。

 あとなんか二人の髪型がちょっと似てるのは……キルスちゃんはレーレさんを慕っているみたいだし、まねてるのかな?


「帰り途中、そこに黒いものが落ちていると思ったんだ。だが、それは生き物だった。

 さらによく観察すると……」


「魔物だった、と」


「あぁ。先生に知らせるべきだとは思ったんだが……」


「す、すみません。私が怖くて、レーレアント先輩から離れられなくて……」


「それは仕方ない。

 そうしている間にも、人が集まってきたというところだ」


 怖くて動けなかったか……仕方ないよな、いくた傷だらけとはいえ魔物が倒れてるんだもん。

 しかも、学園の敷地内に。恐ろしくて近づくことも当然できないし、この場から動けなかった。


 そのうち、人が集まってきて……こういうことになったわけだ。


「よし、治った」


 話を聞きながら回復魔術を続けていた私は、それが完了したことで一息つく。

 もう体の方は大丈夫だ。あとは気を取り戻せば……


「ど、どうするんですか、その魔物」


 と、キルスちゃんが聞いてくる。恐ろしいものを見る目だ。

 さっきも思ったけど、魔物には魔導大会の事件で嫌な思いをさせられたばかりのはずだ。その反応も当然だ。


 回復させたはいいけど、目を覚ました瞬間人に襲い掛からないとも限らない。

 ここは責任を持って、私が監視しておこう。

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