第629話 わかるか!



 決闘が終わり、気を失ったクレアちゃんとルリーちゃんを小屋まで運んできて。

 私たちは、落ち着くために紅茶を飲んでいた。


「ぷぁー……」


「はぁー……」


「ほぉー……」


「やっぱ師匠の淹れてくれた紅茶はうまいな」


 先ほどまで殺伐とした雰囲気だったから、こういった和やかな空気はずいぶんと久しぶりに感じる。

 二人が起きてちゃ、こんな空気にはならないもんねぇ。


 とはいえ、ずっと二人が気を失っててもいいというわけではない。

 特にルリーちゃんは、あんな暴走に近い形で魔力を使ったんだ。ラッヘみたいに記憶障害を起こしていないか、心配だ。


 ま、無理に起こすのはそれはそれでよくないけど。


「ところで、ジルさんとウーラスト先生は、どうやって出会ったんですか?」


 コト、とテーブルにカップを置き、ナタリアちゃんが口を開いた。

 あんまり二人のことを気にしていても気疲れちゃうし、話題転換ってやつだ。


 聞いたのは、ジルさんとウーラスト先生のなれそめだ。


「あ、私もそれ気になる」


「えぇ、そうかぁ?」


「そうだよ!」


 基本的に、エルフ族は人よりも魔力の扱いに長けている。

 そんな存在が、人間を師とするなんて……こんな別空間を作り出すほどの魔導士ならば、その意味もわからなくはないけど。


 それと、ダークエルフほどではないとはいえエルフも、人々にとっては腫れ物に扱うような存在だ。

 師匠のおかげで風当たりはよくなってきたとはいえ、魔導大国であるこの国ですらエルフはいない。

 そのエルフを、弟子にしようと思った理由とは。


「おー、そうかいそうかい。とはいっても、わしは別にウーラストを弟子にしたつもりはないんじゃけどな」


「えっ」


 お髭を撫で、話すジルさん。だけど、その内容は驚くべきものだった。

 はっとしてウーラスト先生に視線を向けると、先生は「あはは」と苦笑いを浮かべていた。


「いやまあ、正確にはジル師匠の弟子になったんじゃなくて、オレオレが勝手に師匠と呼んでるだけなんだけどね」


「そうなの!?」


 驚愕の事実が明かされる。

 師匠と呼ぶ許可をもらってるわけじゃなくて、勝手に師匠と呼んでいるだけなの?


 それってどうなんだ……うーん、いや……

 勝手に師匠と呼びたいほどに、尊敬できる人物と考えれば……まあ……わからないでもない、かも?


「で、二人の出会いのなれそめって?」


「馴れ初めって……別に普通だよ?

 グレイ師匠のとこから出た後、まあいろんなところを巡ってさ。その中の一つで会ったってだけ」


 グレイ師匠……グレイシア師匠のことか。

 じゃあ先に会ったのは、師匠の方なんだね。


「いやあ、驚いたよ。人の身で、まさか空間に干渉する魔法を操っているなんてさ。

 こりゃもう、弟子入りするしかないでしょ。魔導の幅が広がれば、できることも広がる!」


「おー、いやもう、朝昼晩とうるさくてのう。弟子にして弟子にして、と。

 仕方なく、一緒に暮らすのは許可して諸々見て盗めって言ったんじゃ」


「ほとんど厄介者の扱い!」


 なんだろうな、聞いただけなのにその鬱陶しさが想像できる気がする。

 この性格で、朝昼晩と来られたらつらいだろうなぁ。


 結果として、見て盗めと……半ば諦めに近い形で放置したわけだ。


「それで、先生もこの空間魔法は使えるようになったの?」


「いやいや、それが全然。見て盗めったって、師匠ってば別に変ったことしないんだもの。

 そんでもって、試しに教えてと頼みこんだら……」


「めんどい」


「こう言われちゃったわけ」


 一緒に住んではいたけど、その技術を盗むには至らなかったと。

 エルフの眼をもってしても盗めない技術っていったいなんなんだ。


 でも、このジルさんの技術がすごいのは私にもわかる。

 こんな魔法があるなんて、全然知らなかったし……魔導はまだまだ、奥が深いんだなぁ。


「じゃあ、なんでその尊敬する師匠のところを去って、魔導学園に来たわけ?」


 カップを持ち、私は紅茶を飲む。


「そりゃあ、ヒルヤセンセに頼まれたら断れないっしょ」


「サテラン先生に?」


 紅茶を飲む私の代わりに、ナタリアちゃんが疑問を聞き返す。

 そういえば、ウーラスト先生を教育実習生だって紹介してくれたのはサテラン先生だったな。

 同じクラスの担任なんだから、当然と言えば当然だけど。


 確かウーラスト先生は、腐れ縁だというリーフェルを捜すために旅に出て……

 師匠に出会って、また旅に出て、魔導大国なら人捜しならぬエルフ捜しの手掛かりがあるかもという理由でこの国に来たって言ってたけど。


 そこに、サテラン先生も絡んでいるのか?


「あの人にさ、魔導学園ならお前の望みも叶うかもしれないぞ、なんて言われてさ」


「なるほど。先生もうまいこと言うねぇ」


「それにヒルヤセンセ、ジル師匠の孫だから頼み事は無下にできないよ」


「へー。そりゃ…………ぶふぅ!?」


 なにげなく会話をしていたが、その内容に頭が追い付き、私は口に含んでいた紅茶を思い切り吹き出した。

 顔の先にいたナタリアちゃんに、思い切り紅茶がぶっかかった。


「わ、わぁあ! ナタリアちゃんごめ……げほ! ぐぇっほえほぇ!!」


「だ、大丈夫だから……ひとまず、落ち着こうか」


 待って待って、情報が追い付かないよ。衝撃の事実だよ。


 え、そうだったの? サテラン先生って、ここにいるジルさんのお孫さんだったの?

 そう言われれば、そんな気も……いや、わかるか!

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