第628話 慌てても仕方がない
――――――
「クレアちゃん! ルリーちゃん!」
決闘の決着がつき、私はさっきまでいた場所から舞台上へと飛び出した。
倒れている二人に、駆け寄っていく。手前にはクレアちゃん。
まずはクレアちゃんの側にしゃがみこみ、ちゃんと無事かを確認する。
結界の中なのであまり心配はいらないけど、念の為だ。
続いてルリーちゃん。どちらも、気を失っているだけのようだ。
「ふぅ……」
「おー、心配性じゃのう」
「だって友達だもん」
結界の中では、一定以上のダメージは無効化される。だから、あまりひどい怪我にはならない。
私だってゴルさんとの決闘のとき、お腹の中を爆発させられたけど事が済んだら元通り……あまり思い出したくはないな。
ともかく、ダメージの心配はない。でも、疲労は別だ。
結界の中じゃダメージはたいしたことにならなくても、疲労はそのまま溜まっていく。
これも私は、ゴルさんとの決闘では最後の最後疲労がピークに達して、倒れてしまったわけだし。
「二人とも疲れちゃったよね……」
「疲労に魔力切れ、かな。クレアくんなんか、ずっと神経を尖らせていたみたいだし……ルリーくんに至っては、正気を失うほどに追い詰められていた」
二人とも、この決闘で……いや、決闘以前から精神的に疲弊していたんだろう。
クレアちゃんは、友達がダークエルフだったこと、自分の身体が変わってしまったこと……
ルリーちゃんは、自分がダークエルフだと知られてしまったこと、魔大陸からの長い旅路で疲労が溜まっていたこと……
決闘までの三日も、身体を休めると言うよりは考えることが多すぎたんじゃないだろうか。
「とにかく、ここに寝かせたままっていうのもなんだし、二人を運ぼう」
「そうだね。……ふんっ」
ナタリアちゃんの言葉を受けて、私はうなずく。
ひとまずは、さっきまでいた小屋に連れて行こう。なので、私はルリーちゃんを抱え上げる。
お、これ噂に聞くお姫様抱っこってやつかな。私がされる側でないのは不思議だけど。
「あれ、どうしたの?」
ふと、三人の視線が私をじっと見ていた。
「いや……そんな、軽々持ち上げられるものかと、ちょっと驚いてて」
どうやら、私が自分と同じくらいの体格のルリーちゃんを持ち上げたことに、驚いているらしい。
これくらい驚くことかなぁ。魔力で身体強化しなくてもいけるよ。
以前はダルマスを保健室まで運ぼうとしたこともあったし、人一人くらいなら余裕だよ。
あのときは、途中で起きたダルマスが恥ずかしがって教室に戻ったんだっけ。かわいい思い出よの。
「ならアティーアちゃんは、オレオレが運ぼう」
気絶したままのクレアちゃんを、ウーラスト先生が持ち上げる。こちらもお姫様抱っこだ。
美形エルフとかわいい女の子……うん、絵になるな。
……そういえばクレアちゃん、ダークエルフに対してはあの様子だったけど、エルフに対してはどうなんだろう。
以前までなら、受け入れていたけどなぁ。
エルフ族の立場は曖昧なところがあるけど、師匠の活躍のおかげでエルフに関しては当たりが和らいでいるらしい。
だから師匠が尊敬されてるし、ウーラスト先生も受け入れられている。
「……」
でも、ルリーちゃんとの一件があって……クレアは、エルフ族自体に思うところが出てきても、不思議じゃあない。
もしそうなったら……嫌だな。
ウーラスト先生はその可能性に気づいているのか、いないのか。
そそくさと歩き出してしまったのを見て、私もまたついていく。
歩いていく先には、ぽつんと佇む一つの扉。
不思議な光景だけど、会場に来たときのものと同じだとわかる。なので、歩みに迷いはない。
「わぁ……」
扉をくぐると、その先は建物の中。先ほどまでいた、小屋の中だ。
扉をくぐるだけでどこでも行けるなんて。どこでも扉だ。
とりあえず、ルリーちゃんとクレアちゃんをベッドに寝かせる。
今のクレアちゃんが起きていたら、隣り合って寝るなんてすごく嫌がりそうだけど……そこは仕方ないと割り切ってほしい。
「二人とも、ぐっすりだね」
「ほんとに」
凄まじい決闘の影響だろう、二人ともすやすやと眠っている。
こうしていると、二人とも普通の女の子だ。……いや、周りがなんて言おうと、私にとっては二人とも普通の女の子だ。
さて、二人の決闘は引き分けという形で決着がついた。それは、二人の要求は果たされないということ。
ルリーちゃんがこの国を出ていかなくてよくなったのは嬉しいけど、クレアちゃんとの話し合いの場がなくなってしまった。
「はぁ、どうしよ……」
「おー……とりあえず、紅茶でも淹れようかの」
「とりあえず!?」
ジルさんはのんびりした様子で、キッチンに向かう。それをウーラスト先生が追い、二人で作業していく。
紅茶かぁ……生徒会じゃ、リリアーナ先輩が紅茶係だったな。私も手伝わせてもらって、しばらくしてから淹れたりもしてたけど。
懐かしいなぁ……この場で淹れようとは思わないけど。
「まあ、クレアくんもルリーくんも眠ったままだし、ボクたちが気を張っていても仕方がないよ」
「それは……そうだけど」
ナタリアちゃんの言うこともまた、もっともだ。
私がいくら騒いだところで、状況が変わるわけではない。
ということで……ひとまず落ち着くために、淹れてくれた紅茶を飲むことにする。
みんなで席に座り、カップに淹れられた紅茶を一口飲む。
あぁ……紅茶がうめぇ。
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